2020年2月29日,大阪市内のライブハウスで集団感染のニュースが流れてからは,ライブハウス全てが十把一絡げに感染源のような扱いを受けた.ジャズクラブの様な客と客の間に空間が確保されている場所もオールスタンディングで客がひしめき合うライブハウスと同様に公演の中止を余儀なくされた.演奏公演のみで生活している音楽家は少なく,その他の収入源である音楽教室や学校での指導も休校措置が施された為に収入を失った.営業自粛を強いられながらも家賃を払い続けなければならないライブハウスや音楽教室の中には閉店に追い込まれた所も少なくない.ライブハウス存続維持の為のクラウドファウンディングもよく見かけるが,クラウドファウンディングが乱立しているせいか目標達成金額の到達に苦戦している.

そんな状況下,それまで注目度が低かったライブ配信,オンラインセッション,オンラインレッスンなどに多くの音楽関係者が飛びついた.今までやった事ないから,慣れていないから,あるいは,対面でのやり取りが一番伝わるからと言って軽視されていたオンラインでの音楽活動が,外出自粛要請で必要に迫られたことによって浸透したのだ.ZOOMの利用者は爆発的に増え,Youtube,Facebook,インスタグラムなどのSNSやツイキャス,イチナナ,Pococha,Showroomなどの動画配信アプリなどを使ったライブ配信が日常で多々見られるようになった.

オンライン化によってメリットもあった.

ミュージシャンは演奏を全世界に届ける事ができる.オーディエンンスには物販サイトからチケットや投げ銭をクレジットカード支払いやコンビニ支払いなどで購入して貰い,ライブハウスやミュージシャンはそこから収入を得ることができる.Facebookはライブ配信に課金ができる新機能を発表している.

イベント主催側も動画配信に踏み切った.4月30日,ユネスコのインターナショナルジャズデイでは,神田淡路町の複合施設WATRERRASとブルーノート東京がタッグを組んだイベント「JAZZAUDITORIA」が「JAZZAUDITORIAONLINE」と称して,世界中の著名なミュージシャンの演奏を無料で配信した.動画の中にはミュージシャンが自宅から演奏しているものや過去に行われたリハーサル風景,またミュージシャンのオンライン飲み会などもあり,普段なら見られない一面を楽しむこともできた.5月23,24日に行われた国内最大級のジャズフェスティバルである「TOKYOJAZZ+plus」もYoutubeでの配信に変更し,ミュージシャンが自宅などで演奏している姿やオンラインセッション等の演奏を気軽に楽しめた.それ以外にもStayhomeの名の下,日常で世界中のミュージシャンが自宅から配信を行う様になり,良い音楽に触れる機会も増えた.

ライブ配信によってミュージシャンのライブへの関わり方も変わった.無観客とはいえ,配信中にリスナーからのコメントも見られるので孤独感は無い.リスナーもライブ中にコメントなどができるので,ライブ配信はリスナーと気持ちの面での距離は近い.無観客のせいか,ステージ上では見られなかったミュージシャンのリラックスした姿も垣間見えて親近感が持てる.この感覚はどこかラジオ番組に似た温かみもある.

オーディエンスの中には,ライブハウスは敷居が高くて入りづらそうだとか音楽そのもの分かりづらいとか言う人もいる.しかし,オンラインだったら敷居の高さなど関係ない.ライブがつまらないなと思っても,周りに気を使ってよそよそと店を出ることもしなくて良い.ライブ配信はアーカイブを残しているものが多いので,好きな時間に好きな様に楽しめ,移動時間も交通費もかからない.

オンライン化の限界もちろんある.

音楽会場全体の人間が体感していた「間」「息遣い」「音圧」「共鳴」などを失った.今まで目の前のオーディエンスに向かって演奏してきた身としては,突然ライブ配信に切り替わった時に少し違和感を感じた.同じ空間だから感じられたミュージシャンとオーディエンスの間にある目に見えないエネルギーのやり取りが感じにくくなってしまったからだ.音楽のレッスンもまた然り.対面でないと細かなニュアンスを伝えることは難しいので,オンラインでは課題を与えて生徒の進捗状況をチェックしたり,音楽理論を教える場と割り切る必要がある.

一度味わった便利さはなかなか抜けない.COVID-19が収束しても地震や台風などによる災害によってイベントが中止される際にオンラインで対応できるという選択肢もできた.ジャズ業界のオンライン化はこれからもっと幅広く多くの世代に浸透していくであろう.一方,コロナ渦によって生身の人間が放ったエネルギーを肌で味わい音を浴びる感覚がどれほど贅沢なものであったのかを思い知らされた.だから,生演奏を聴く文化は消えないと確信している.対面での生演奏を楽しめる日が一日も早く戻って来ることを願って止まない.

著者紹介

木村 秀子

ジャズピアニスト,作曲家.
5歳からピアノを始める.2008年中越大震災チャリティーCD「越後組曲」をリリース.朝日新聞,東京新聞,週刊金曜日などに掲載され話題となる.2017年セネガルのポップスターZaleSeck日本公演の音楽監督を務め2018年2月にセネガルのテレビに出演.2018年イタリアと日本の混成ユニット#11のCD「SharpEleven」をリリース.2019年モントリオールの音楽フェスティバルFestivaldemondeに出演.イタリアのFabioBottazzo(G),フランスのNathanBonin(Vn),スウェーデンのSarahRedel(Vo)など欧州のミュージシャンとの共演も積極的に行なっている.現在は東京や神奈川でジャズライブをする傍ら演奏の指導なども行なっている.
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