AIやIoT,ロボット技術の進展,コロナウィルス感染症COVID-19(以下,COVID-19)をはじめとした社会の急激な変化に伴い,人々の価値観や行動に変化が起こっている.そこで,サービソロジー(以下,本誌)では「新しい時代のホスピタリティ」という特集を始めることにした.
本誌でホスピタリティを主軸に扱う特集は「ロボットホスピタリティ」に続いて2回目となる.これはホスピタリティがサービスにおいて重要な要素であることを現しているからにほかならない.この特集で扱う業界は,飲食サービス宿泊サービス,介護サービスなどの対人接客が基本となるホスピタリティ産業を中心としつつ,その他の業界も視野に入れる.
労働集約型のビジネスモデルが一般的なホスピタリティ産業は,人材不足によるサービス品質の低下やCOVID-19の感染拡大による対人接触機会の激減に伴うサービスの提供過程の変更を余儀なくされている.この流れの中でホスピタリティのあり方がどのように変化するのか(しないのか)を,この特集で読者とともに議論を深めたいと考えている.
ホスピタリティは,「歓待」,あるいは「おもてなし」と訳される.定義については複数の研究者が述べており,たとえば次のようなものがある.日本ホスピタリティ推進協会は「主人が客人のために行なう行動に対して,それを受ける客人も感謝の気持ちを持ち,客人が喜びを感じていることが主人に伝わること」とし*1,主人と客人の間で行き交うものとしている.佐々木,徳江(2009)は「人間同士の関係性において,より高次元の関係性を築くべく『相互』に持つ『精神』や『心構え』であり,それに伴って応用的に行われる『行為』も含む」と定義づけている.他の定義を含めて言えることは,客人に心地良くなってもらいたいという主人の内面から生み出される精神,あるいはその精神を基にした行為といえる.
このようなホスピタリティはサービスにとっても重要な要素として捉えられている.サービスは提供者と受容者による資源統合プロセスであり,受容者は価値創造者(Grönroos 2000),あるいは提供者との価値共創者(学術会議2017)となるからだ.また,Intangibility(無形性),Heterogeneity(異質性),Inseparability(不可分性),Perishability(消滅性)というサービス財の特性からみても,同じサービスを提供しても受容者ごとに知覚価値が異なることは論を待たない.受容者によって価値を創造,あるいは提供者と共創してもらうためにサービスへ積極的に参加してもらうことが必要となり,ホスピタリティのあるサービスによって受容者に心地良い状態になってもらう方がより良い価値が創られると考えられる.受容者に心地良い状態になってもらうために,さまざまな業界,とりわけホスピタリティ産業ではホスピタリティを積極的に取り入れてきた.従業員がホスピタリティを持って顧客に接することで, 結果的に顧客の満足度向上やロイヤルティ向上に寄与するからだ.サービス提供者である従業員が顧客に対してホスピタリティのある接客をするために,従業員が顧客との良い関係を構築できるようにホスピタリティ・マネジメントを行っている企業も多い.
ホスピタリティ産業を取り巻く環境は常に変化している.例えば,日本は観光立国を目指し,2020年度に訪日外国人旅行者4,000万人の実現に向けて,ビザの緩和をはじめとしたさまざまな施策を講じてきた.その結果,ホスピタリティ産業においても顧客は増加するものの,文化的背景の違いから宿泊施設や飲食店での顧客とのトラブルや近隣住民からの苦情が目立つようになった.また,人口減少によるサービス人材の不足の課題やそれに伴うサービス品質の低下も指摘されている.
このような状況において,ホスピタリティ産業はITを活用した業務の自動化をすすめることでこの課題の解消に取り組んでいる.例えば,飲食店では卓上に設置した端末から注文を受け取るシステムはかなり浸透している.介護施設においては,介護支援ロボットにより介護者の業務負担軽減をはかる取り組みがすすんでいる.これらのほかにも,近年の拡張現実(AR)の発展により,物理的な環境での交流だけでなく,デジタル上の環境を通した仮想ロボットと顧客のインタラクションについても研究がすすんでいる.本誌「ロボットホスピタリティ」特集では,この点にフォーカスした記事を取り上げている.例えば,大和(2020)は,人間のことを十分に理解できていなければ,ロボットによるホスピタリティのあるサービスはできないと指摘すると同時に,ホスピタリティに必要となる人間を理解することの困難さ,現在の技術水準でのサービス提供の困難さについて触れている.その上で,ペットロボットやセラピーロボットの具体例を挙げながら,ロボットによるホスピタリティのあるサービス提供の可能性を示している.しかしながら,このような取り組みはごく少数で,サービス提供の業務効率向上を中心に捉えて,人からITやロボットに置き換えただけのホスピタリティのないサービス提供に陥っているものが少なくない.また,倫理の観点から問題を指摘する声もある.藤崎(2020)は,ロボットとホスピタリティについて倫理面からフォーカスし,軍事や政治を織り交ぜながら問題を提起している.
さらには,COVID-19の世界的流行による社会の劇的な変化である.不要と考える外出を減らし,必要な外出の際は,その間マスクを着用することが当たり前となった.このことが対人接触機会の減少,すなわちITやロボットの導入を加速させている.サービス・エンカウンターのIT化・ロボット化はもはや当たり前になりつつある.その一方で,先述の課題は増すばかりである.
社会が大きく変化する流れの中で,ホスピタリティの捉え方はどのように変化するのか,しないのか.また,この点をサービス提供者と受容者,あるいは社会の視点で観ると何が異なるのか.新しい時代のホスピタリティについて,読者とともに一年間議論を深めていきたい.

参考文献

Grönroos, C (2000). Service Management and Marketing: A Customer Relationship Approach. Chichester: John Wiley.
日本学術会議(2017).大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準 サービス学分野(PDF).http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-h170908.pdf,last accessed on Dec. 5,2017.
佐々木茂,徳江順一郎(2009).ホスピタリティ研究の潮流と今後の課題,産業研究,44(2).
大和 信夫(2020).ロボットとホスピタリティについて考える,サービソロジー,7(4),113-116.
藤崎 圭一郎(2020).道徳の顕れとしてのロボット,サービソロジー,7(4),117-121.
日本ホスピタリティ推進協会ホームページ.https://hospitality-jhma.org/wordpress/,last accessed on Apr. 12,2021.

著者紹介

丹野 愼太郎

(株)マーケティング・エクセレンス コンサルタント.同志社大学工学部卒業,2013年同志社ビジネススクール修了(経営学修士).産業ガスメーカー勤務,産業技術総合研究所を経て現職.製造業のサービス化に関する研究等に従事.

増田 央

京都大学経営管理大学院特定講師.博士(経済学).京都大学大学院修了後,北陸先端科学技術大学院大学を経て,現職.サービスのデジタル化の影響に着目した,サービス工学,経営学,マーケティング,観光に関する研究に従事.

平本 毅

京都府立大学文学部和食文化学科准教授. 博士(社会学).立命館大学大学院社会学研究科博士課程後期課程修了後,京都大学経営管理大学院特定講師などを経て,2020年より現職.主として接客場面の会話分析研究に従事.

中村 聡太

KAKERU コンサルタント.明治大学政治経済学部卒業,明治大学グローバル・ビジネス研究科修了(経営管理修士).消費財メーカー勤務を経て,商業施設開発に従事.2019年に個人事業KAKERUを立上げ,小売業を中心にマーケティング支援を行う.

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  • *1 ここでは接客・接遇の場面を想定して,狭義の定義を示している.

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