顧客である生活者のコーヒーライフをサポートする事業を展開しているPostCoffee(ポストコーヒー)は,サービスの基本,いわゆる顧客中心(Customer-focused)といわれる考え方を実践している.経営学やマーケティング研究において,マーケティング志向や顧客志向などの議論が展開されてきたが,これらの議論はあくまでも顧客のニーズとウォンツを吸い上げ,多くの顧客に販売できる製品(グッズやサービス商品)を開発することをゴールにしている.一方で,北欧学派のサービス研究において,顧客中心(Customer-focused)が意味するのは,サービスの受け手としての顧客が価値創造の主役であり,サービスの与え手としての企業がそれを支援・促進する役割を担うということである.PostCoffeeはまさにこのようなサービスの考え方から事業展開している企業であるといえる.

そこで本稿では,北欧学派の重鎮,グルンルース(Grönroos)が提示したSロジック(Service logic)の考え方*1にもとづき,以下にあるような2つの視点からPostCoffeeのビジネスについてみていく.

(1)ビジネスの基盤は顧客の価値創造

「ライフスタイルを進化させる」をミッションに,「コーヒーをもっと美味しく,スマートに」をビジョンにしているPostCoffeeは,サービスを開始した当初からビジネスの焦点が個々の顧客のコーヒーライフを豊かにすることに置かれている.その手法は,常に新しい製品を開発し,顧客に刺激を与え続けるというものではなく,顧客のコーヒーライフをより充実させるために,顧客の生活世界に入り込み,価値創造者である顧客(生活者)と共に成長し,彼らと価値共創を行うものである.生活者はPostCoffeeとの相互作用的なやり取りを通じて,少しずつコーヒーに関する知識を深め,自分に最もふさわしい味や組み合わせ方を知り,自らのコーヒーライフを創造するスペシャリストへと成長していく.

「コーヒー」のスペシャリストといったら,コーヒー豆の産地や種類,豆の焙煎や挽き方など豊富な知識を有する人が連想されるが,これはあくまでもコーヒーというグッズを中心に考えるものである.一方で,「コーヒーライフ」のスペシャリストは生活者自身である.なぜならば,コーヒーに関わる生活をどのように享受するか,どのように他のアクター(コーヒーの生産者・販売者・情報提供者)からリソース(知識やスキル)を得るか,どのような利用文脈でコーヒーと関われば価値が生まれるか,これらのことを決めるのは生活者だからである.PostCoffeeに関する資料や創業者の方へのインタビューから受けた印象は,同社のスタンスが「知識を教えてあげる」という,いわゆる企業中心のものではないということである.つまり,顧客にとってコーヒーライフを始めるきっかけとなったり,もっと楽しめる方法に気づいたりと,顧客が自分の好みを知り,自身により多く向き合うという,まさに生活者が中心となるようなスタンスを同社はとっている.要するに,PostCoffeeは生活者をコーヒーライフの主役として捉え,コーヒーライフをサポートするための一連のリソースの提供や,コーヒーライフをもっと楽しむための提案をしているのである.

(2)プロセスとしてのサービスの提案と提供

コーヒーライフをサポートするためのリソースを提供しようとするPostCoffeeは,ユニークなサービスを創出している.世界15カ国,約30種類前後のシングルオリジンのスペシャルティコーヒーを取り扱い,情報技術(AI)を駆使して個々の顧客の分析(コーヒー診断)を行い,およそ15万通りの提案を用意している.生活者のコーヒーライフには,グッズとしてのコーヒーは勿論であるが,その利用文脈がもっと重要である.そのため,コーヒーボックスにはコーヒーと一緒にアレンジレシピやシーズンごとの特集などが掲載されたマガジン,クッキーやコースター,ドリッパーなどの関連商品もセットで提供している.また,顧客の体験に目を向け,パッケージからコーヒーの香りを漂わせるとともに,顧客の体験をレビューできる場も用意している.すなわち,コーヒーというグッズを「コーヒーライフをサポートする」というサービスに織り込んで提供している.言い換えれば,サービスを提供するプロセスの中にグッズが位置づけられているのであり,それは同社がPostCoffeeであることの由縁といえる.さらに,ここでいう「プロセス」は前述したような,生活者視点からみたコーヒーの入手・利用や体験を他人とシェアするという一連の流れだけではなく,長い時間軸の中で生活者のコーヒーライフを捉えることも意味している.

生活者のコーヒーライフにおけるポジションは,PostCoffeeと出会うタイミングによってそれぞれである.コーヒーが好きだが,普段,主にスーパーなどで売っているコーヒーしか飲んでいないAさん,コーヒーに関心があって,少しこだわりがあるが,よく飲んでいるコーヒー以外の味はあまり知らないBさん,コーヒーを飲むことを日常生活の重要な一部分として位置づけ,日々コーヒーに関する情報を収集しているCさん,など,これからコーヒーライフをスタートしようとする人もいれば,すでに楽しいコーヒーライフを送っている人もいる.彼らの共通点はPostCoffeeを自身のコーヒーライフに取り込んでいることである.

PostCoffeeは様々な個人としての生活者に,なかなか入手しにくいスペシャルティコーヒーの組み合わせを,コーヒー診断のもとで,サブスクリプションサービスを通して提案している.さらにフィードバック機能によって,コーヒーの組み合わせが好みにより近づくような仕組みとなっている.生活者の好みに最も合致するコーヒーの味のみならず,コーヒーライフをより豊かにするあらゆる術を生活者と共に発見し,磨き上げていくところにPostCoffeeのビジネスがある.サブスクリプションサービスは定期的に生活者に新たな提案をすることを可能にし,生活者にとって,新しい味と出会い,自分への理解を深めるチャンスでもある.時間の経過とともに,生活者がコーヒーライフを楽しむ上で必要となる知識やスキルが豊富になり,コーヒーライフにおけるポジションがスペシャリストに近づいていく.しかし,そうした生活者に対しては,単にコーヒーの組み合わせを提案するだけでは決して十分とはいえない.PostCoffeeは2021年から日本国内外のトップロースターらと提携し,世界中の有名なローカルロースターのコーヒー豆を手に入れることのできるプラットフォーム事業を新たに展開する.これは,生活者に向けた15万通りの提案を遙かに超え,生活者にこれまでにない新たなコーヒー世界の扉を開くものであり,好みや利用文脈に合わせて自分でコーヒー豆を選択するチャンスを提供することになる.このように,PostCoffeeは生活者の成長に合わせ,自身のビジネスそのものもリニューアルしている.

昨年来のコロナ禍で,生活者は自宅にいる時間が増え,これまで以上に自分に向き合うことが多くなった.そうした中,PostCoffeeの利用登録者は,急速な勢いで増加しており,人々のコーヒーライフをサポートすることで,こころ豊かな生活の実現に貢献している.ところで,本稿が依拠してきたSロジックによれば,ビジネスの基盤は顧客の価値創造を支援・促進することにあるとされており,PostCoffeeが手掛ける「人々のコーヒーラーフをサポートする事業」は,コーヒーライフに価値を見出す創造的な顧客に様々なサポートをするビジネスそのものである.したがって,同社のビジネスは,Sロジックの成功事例として高く評価することができる.

著者紹介

張 婧

金沢大学人間社会研究域講師.博士(マネジメント).2016年広島大学社会科学研究科博士課程後期修了.岡山理科大学経営学部専任講師を経て,2021年4月より現職.サービス理論,生活者の価値創造プロセスの解明,価値創造をサポートする企業活動に関する研究に従事.

村松 潤一

岡山理科大学経営学部教授.広島大学大学院社会科学研究科教授を経て,2017年4月より現職.博士(経営学,東北大学),広島大学名誉教授.プロセスとして捉えるサービス概念にもとづいたマーケティング研究の成果として,価値共創マーケティングという新たな概念を提唱.


*1 北欧学派のサービス研究およびSロジックについては,以下の参考文献に詳しい.
村松潤一 (2017). 価値共創マーケティングの対象領域と理論的基盤―サービスを基軸とした新たなマーケティング―, マーケティングジャーナル, 37(2): 6–24.
村松潤一, 大藪亮 編著 (2021). 北欧学派のマーケティング研究: 市場を超えたサービス関係によるアプローチ,白桃書房.

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