静岡で始まった農業物流の社会課題を解決するサービス「やさいバス」.物流とECが一体となったユニークなサービスは,地域の農産物の地産地消を実現する事業として静岡から全国に展開中だ.ここではそのサービスの特徴とサービスデザインの実践を2回の記事でお伝えする.

青果物流の課題

静岡で採れた野菜が,数百キロ離れた東京の大田市場を経由してまた静岡に戻りスーパーの店頭に並んでいる.この話を最初に聞いたとき,思わず本当ですか?と聞き返してしまった.こうしたことは野菜をはじめとした青果流通において特別なことではなく,日常的に起こっていることのようだ.「規格品」としての画一的な野菜を大量につくり,流通が大量に購入し,大きな市場を経由して小売に行き渡っていく.スーパーに行くといつも同じ種類の野菜を品切れになることなく買えるのはこうした大規模流通システムのおかげだ.

一方で,その陰で生じている問題も大きい.生産地から遠く離れた大きな市場を通じた流通は,結果としていわゆるフードマイレージを増大させる.静岡で採れた野菜が東京の市場を経由して静岡に戻ってくるまでに4日もかかることもあるという.その結果野菜の鮮度は低下し,静岡で採れた野菜を静岡で消費しているにも関わらず,消費者は新鮮な野菜を手に入れることができないという皮肉な状況が起こっている.長距離輸送は過剰なCO2排出を伴い,サステナビリティの観点でも大きな問題だと言える.

物流課題を解決するサービス「やさいバス」

近代的な大規模流通システムは,利便性という価値をもたらしたのは間違いない,しかし,その利便性のための犠牲にしているものは大きい.この課題に向き合うために,静岡県で生まれたサービスが「やさいバス」だ.やさいバスは,野菜をはじめとした青果の地産地消を担う地域の共同物流サービスだ.「バス」と「バス停」に見立てた,共同配送トラックと地域のスポットを使って,青果の生産者と小売や飲食事業者などの需要者を地域の中で直接つなぐBtoBサービスだ.

やさいバスでは,エリアごとに設定された巡回ルートに従って,トラックが「バス停」であるスポットを巡回し,産品をピックアップしたり降ろしたりする.この物流網と連動するECサイトがあり,利用者はECサイトで注文し,巡回物流網を通じて品物が運ばれてくるという仕組みだ.

通常のECサイトでは物流は外部の宅配事業者が担うことが多いが,やさいバスはECと専用の巡回物流網が一緒になったユニークなサービスである.通常のECと異なるのは,発送場所から直接利用者のところに届けるのではなく,発送者である生産者も受領者である需要者も,最寄りの「バス停」を通じたやりとりとなる点である.このことによって,通常の宅配事業者の半分から3分の1程度のコストで配送することができることがやさいバスの最大のメリットだ.

やさいバスのUXデザイン

やさいバスのユーザーエクスペリエンスの流れは次のようになる.農家は収穫可能な産品をやさいバスのECサイトに商品として掲載する.やさいバスのサイトには,それぞれの農家が登録した多様な野菜が色とりどりと並んでいる.スーパーに並んでいるおなじみの野菜もあるが,中には初めて見かける珍しいものも多くリストアップされている.

これらの商品を見た小売のバイヤーや飲食事業者は,ECサイトを通じて商品を発注し,受け取り場所となる最寄りの「バス停」を登録する.「バス停」はやさいバスのトラックが定期巡回する専用スポットだ.農家の軒先や,直売所,小売店の空きスペース,新聞販売店など様々なスペースがボランティアで提供されている.生産地の周辺,中継地点,需要者が多くいる都市部に分散して配置されている.

商品の発注情報はシステムを通じて生産者の元に届き,生産者は指定された時間までに最寄りの「バス停」に商品を置く.受注情報は同時にトラックのドライバーにも伝達され,ドライバーは巡回ルートを回る中で,システムから指定のあった「バス停」で指定の荷物をピックアップし,別の「バス停」で荷物を降ろす.ドライバーがバス停に荷物を置いたタイミングでシステムから受領者に通知が届き,受領者はその「バス停」まで出向き荷物を受け取る.

やさいバスのサービスにはSNSのような機能も実装されている.受領者は,ECサイト上で生産者に「ありがとう」「美味しいね」といったスタンプを送ったり,個別のメッセージを送ることで生産者と受領者が直接コミュニケーションできるようになっている.

やさいバスのローンチ

やさいバスは,静岡に拠点を置く農業スタートアップ株式会社エムスクエア・ラボと地元静岡の物流企業である鈴与株式会社のジョイントベンチャーとして始まった.やさいバスのビジネスは,やさいバスの代表取締役である加藤百合子さんの,地産地消が実現しない青果流通に対する問題意識が起点になっている.

加藤さんは,この問題を地域の関係者とディスカッションするための協議会の設立をリード.行政,物流企業,流通企業,生産者,金融機関など数十の地元関係者が集まって協議会が始まった.この協議会において問題の背景が共有され,共同配送物流による解決の可能性が議論された.協議会後の事業の担い手として地元の大手物流企業である鈴与が手を挙げ,エムスクエア・ラボとのジョイントベンチャーとして起業,その後政府系農業ファンドである農林漁業成長産業化支援機構(A-FIVE)が資本参加した.

事業立ち上げ当初は,補助金なども活用しながら物流サービスを最初に整備.定期巡回ルートの設定と,物流トラックがルートを巡回し,産品を運ぶ実証実験を開始した.エムスクエア・ラボはそれまでにも青果の仲卸業を行っていたため,青果流通のノウハウを提供し,鈴与は物流に関するノウハウを提供しながら,お互いの得意分野を補完して事業の立ち上げを行った.

物流サービスが軌道に乗った後,本格的なサービスのローンチに向けて,EC部分の開発に着手した.ECのデザインと開発においては,サービスデザインの手法が活用され,関連する関係者との共創を通じて,物流,EC,SNSが一体となったユニークなサービスのデザインが行われた.やさいバスは2018年8月に静岡にてローンチ. その後,長野,茨城,神奈川,千葉などにエリア展開し,現在に至っている.

著者紹介

岩嵜博論

武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科教授.博士(経営科学).博報堂においてマーケティング,ブランディング,イノベーション,事業開発,投資などに従事した後,現職.イリノイ工科大学Institute of Design修士課程修了,京都大学経営管理大学院博士後期課程修了.ストラテジックデザイン,ビジネスデザインを専門として研究・教育活動に従事しながら,ビジネスデザイナーとしての実務を行っている.

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