我々小売業は,生活を送る上での必需品を円滑に流通させ,市民生活の維持およびその質の向上を使命としている.中でも私が籍を置くドラッグストアは,それらとあわせて医薬品を取り扱う医療従事者の一端でもある.その一方,多くのスタッフが従事する「働く場」としての役割も担っている.

コロナウィルス感染症COVID-19により,小売業は突然の変容への対応が余儀なくされた.とりわけドラッグストアは衛生材の取り扱いにおいて代名詞的存在であったため,連日に渡り店舗の状況が報道されたことは皆様の記憶にも新しいかと思う.

まずは,突発的な品不足の問題である.そもそも原材料の供給と消費のバランスが崩れた不織布マスクはともかく,誤った情報が突然拡散した紙製品の欠品はいまだに尾を引いている.この原因は,想定以上の消費が起きたものの,もともと物流はドライバーの慢性的な不足から逼迫しており,かつ,紙製品はかさばるために,輸送量と店舗在庫が思うように増やせなかったことにある.製造と流通の各業界団体は躍起になって誤報の打ち消しに努めたが,どれほどに効果があったかはわからない.

次に従業員の就業問題である.小売業は一般にシフト交代制を採用し長時間に渡り営業することから,従事するスタッフの多くは柔軟な働き方に対応できるパートタイムやアルバイトの方々であり,多くの店舗で事実上の主力として店舗運営を維持している.今般の緊急事態宣言に伴う教育機関の休校措置に伴い,この方々が思うように働けなくなり,店舗運営に支障を来す事態も少なからず発生した.

最後に最大である点として,お客さまと従業員の健康問題である.前述のとおり,我々は市民生活のライフラインとして安定して商品を流通させることが第一であるため,営業時間の工夫や三密の回避など様々な対応を手探りですすめ,地域のお客さまの生活が維持できるように努めている.しかしながら,スタッフの健康問題はたいへん大きく,医療従事者としての我々自身の感染だけでなく,前述した二項に関連した心の疲弊を同時に減しなければならない.ときにSNSなどで小売業従事者と称した方々が,店頭で遭遇したこと(よしあしを含め)は,報道でもいくつか採り上げられる事態となった.これらはこの国における小売業従事者に,さらには業界の存在価値にも影響を及ぼすことにもなりかねない,危機的な状況である.

これまで小売業は,例えば働き手の不足には,AIを活用した自働発注やロボットの導入,物流の逼迫にはサプライチェーンの効率化やIoTの積極導入など,環境の変化にサービス・イノベーションとして多くを実現してきた.しかし,Eコマースが相当の割合になっても,リアルの小売業が一定に残る要因は,消費者が求めるサービスは両者で異なるもので,消費者は状況により都度選択するものだから,従来から併存は可能である.すなわち,消費者のニーズは変化しつつ,商売としての根幹はどのような状況であってもどうやらそれほど変わらない.

小売業の「差別化」は,高度経済成長時代は「よいものをより安く」であり,これはいまも間違っていない.しかし同時に,ライフラインとしての信頼を踏まえ,「より安定して」の責任を負っていることを考えると,サプライチェーンに脆弱性があったことは否定できない.BCPの観点からも,業界が市民生活をいかに支えるのか,ときに行政と話し合わなければならない.単純に「店で揃わないものはEコマースで」解決できるものではない.

小売業は,現状を見据えつつ「コロナ後」に備えなければならない.先を見れば,消費マインドは低迷せざるを得ないとの見解が多いようだ.そのような状況において我々ができることは,一つに,消費者の生活防衛に寄り添った営業をし続けられるか.二つ目に,在宅での生活を快適にする提案ができるか.そもそも「買い物」は手段であって目的はこれら2点にあるのだが,徹底的に価格を訴求するスタイルと,付加価値としてのソリューションを訴求するスタイルの二極化がこれまで以上に進みそうだ.最後に,小売業に関係するスタッフがどれだけ「ここで働く喜び」を感じてもらえるか.理念やビジョンをしっかり持ち,インナーブランディングを通じて単なる労働と対価に留まらないインセンティブを生むことも,モチベーションに重要な位置づけになり,ひいてはお客さまにその喜びが伝わるだろう.

これらは,「コロナ前」から存在していた課題であるが,「コロナ」においてより一層際立ち,「コロナ後」であっても課題そのものに変化が起きる可能性は低い.

つまり我々小売業は,COVID-19を契機としても,あくまでこれまでの変化の延長であると考えている.今回に限るものではなく,景気の変動など,我々がとうに通過してきたことの繰り返しでしかなく,今回はたまたまそれらの速度が速かっただけなのだ.どのような業態であれ,経済活動の行き着く先は,窓口となる小売業であり,商品を届ける物流業であり,これら一連のサービスである.サービスは人で成り立つことを忘れては,サービスの提供側は淘汰され,収束後も経済活動が戻ることはないだろう.

著者紹介

小沼 健一(おぬまけんいち)

ウエルシアホールディングス株式会社 グループ総務担当部長.
2014年より筑波大学サービス工学ビッグデータCoEに企業協力.

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