私にとってコロナと言えばアルコール飲料だったのに,今では全く別の意味になってしまった.2019年末に突如として現れたコロナウィルス感染症COVID-19は,2020年の6月になっても依然として世界中で猛威を振るっており,一か所収まれば別の箇所でまた大流行し,世界全体で見たら収束する気配は無い.幸いなことに,日本では現在のところ諸外国と比較して特に人的被害は少ないが,グローバリズムの道を突き進み,世界中にサプライチェーンを構築してきた産業界・経済界はコロナ禍の影響をモロに受けている.

企業経営者や政治家,その他全ての意思決定者たちは,日々刻々と変わる状況を把握しつつ,今後の感染者数や死者数等の展開を予測し,影響を推定し,被害を最小限に抑える為に的確な指示を出し,さらにその結果を観察して次の施策を打つ,というループ(OODAループ*1)を,非常に高いストレスの中で繰り返していく必要がある.このような極限状態で常に冷静さを保ち正しい判断をする事は非常に困難であろう.テクノロジーによるサポートが必須であり,その最先端が人工知能(Artificial Intelligence:以下,AI)である.

現在は第3次AIブームと呼ばれている.コロナ前,とうとう電動ひげ剃りやエアコンにまでAIが搭載され,大企業は採用をAIに任せ,AIが描いた絵が高額で取引され,囲碁の世界チャンピオンがAIに敗北して泣き崩れた.人間の仕事を減らすためにある筈なのに,いずれは多くの人間の仕事がAIに奪われて大量の失業者が出るのではないか,などと真面目に議論されるなど,正にAI全盛期であった.「人工知能」という言葉には不思議な魅力・万能感がある.あらゆる分野の技術者を惹きつけてやまず,ビジネス層のウケも良く,人も資金も集まるのだ.過去に2回あったAIブームの時も全く同じだった.AIで世の中が劇的に変化するはずである,と誰もが感じていた.その中で発生したコロナ禍において,「コロナ対策にAIが活用出来ないのか?」という問いが発せられるのは自然なことだ.例えば,特定地域における感染者数の予測,クラスター発生場所の予測,感染者数を抑える事が出来る鉄道運航プランの立案,ワクチンや治療薬の開発や既存薬物の候補探索など,非常に多くの成果を期待されていることだろう.

しかし,AIには得手不得手がある.現在AIと呼ばれているものの多くはディープラーニング(深層学習:以下,DL)という技術を応用した技術の総称である.DLの登場で機械・コンピュータが出来ることは飛躍的に多くなった.それは子供でも出来るのに,コンピュータにやらせることが難しかった分野の課題である.例えば,写真に写ったものがなんであるか識別する,テレビゲームで人間を打ち負かす,人と自然に会話するなどの課題だ.しかし,そのような課題が出来るようになった=何でも出来る,というのは誤解である.今のAIに出来るのは,高度な知的推論や洞察ではなく,乱暴に言えば単なるデータの変換処理である.今までは変換することが難しかったデータ(というより,ほとんどが変換することが難しかったのだ)を上手に変換して,希望する形で出力することが出来るようになったのだ.例えば,画像を入力データとして,どこに何があるのか出力させる,などである.「さて,これが知能と言えるのだろうか?」という問いには諸説あり,「知能なのだ」という人もいれば,「いや単なる処理であり知能ではないのだ」という人もいる.しかし,大量の画像データがあれば学習して別の画像に何が写っているか識別するAIが出来上がることは確かだ.ゲームのルールと目標を設定すれば自動的に勝ち方を探索して強くなるAIもあるし,大量の会話データがあれば適切な返事を出力するようにもなる.

画像データも会話データも,コンピュータにとっては0と1の羅列に過ぎない.そのデータを何とか上手く処理して意味のある結果を出すために,処理の仕方(アルゴリズムやどのデータをどのように処理するか等)を,最初から最後まで人が作ってきた.複雑なデータになればなるほど,複雑な処理が必要となる.画像や音声,ゲームの盤面等は非常に複雑であるため,人間が全ての処理方式を考えてプログラミングすることは困難を極める.しかし,DLは大量のデータを用いて(同時に大量の計算資源も使うのだが),ほぼ自動で目的の出力を得るための方法を探すことが出来る.前述のように,人間よりも正確な識別が出来るDLや,上手く戦略を探索するようなDLが多数開発されている.DLが得意な課題は,

  • 大量のデジタルデータが存在する(画像データや時系列センサデータ等)
  • 目的が明確であるが判断基準は明示的ではない(例:犬と猫の区別や,良品不良品判定等)

という課題である.一方,DLでの置き換えを検討するべき課題は

  • 24時間365日の対応が必要である(疲れたり飽きたりしない)
  • 一定の基準で評価する必要がある(プログラムを変更しなければ一定の処理が続く)
  • 処理は速くなければならない(人間の脳よりCPUの方が処理は速い)

という性格の課題である.二つが成り立つならばDLを活用して人間を補助するか,置き換えられる可能性が高い.

Withコロナ時代(ワクチン開発が完了し,必要な質・量のワクチンが行きわたるまで)には,三密をさけつつ行動しなければならない.生産効率の向上を至上命題としてきた製造業にとっては,どれだけ短いラインに人を集めて作業出来るかが課題だったが,どれだけ人を密集させないで製造出来るか,という矛盾した課題が加わった.組立工程等は完全な自動化は難しいが,目視で実施している検査工程をAIに置き換えたり,製造装置の異常を予知するAIを導入して保守人員を減らす等の施策が考えられる.このような施策は今までも課題としては上がっていたが,コスト対効果の面で,「人間が実施すれば良い」とされていた.今回のコロナ禍により,このような課題の優先順位が上がっている.しかし,何は無くともデジタルデータが無ければAI活用に繋げることが出来ない.AIにとっては不幸中の幸いだが,三密を避けるための業務のリモート化が進むことにより,今まで得ることが難しかった多くの活動がオンライン化=デジタル化されている.このデータをしっかりと保存し,整理・解析し,AIに学習させることで,新しい価値創出に繋げることが出来るはずである.さらにそれが次の新しいデータの取得に繋がり,またそのデータで次のビジネスが立ち上がるまたはビジネスが拡充される,というエコシステムが構築される.Withコロナ時代ではあらゆる国々の経済活動停滞しているが,このエコシステム構築のためのスタートラインに一列に並んだ状態である.Afterコロナ時代を迎えたら,一斉にスタートすることになる.準備をしていた企業やサービスは急速に立ち上がってくると予測される.

Afterコロナ時代は,現在のコロナ禍が一旦終息し,次の感染症に備えながら新しい世界を目指していく時代である.Withコロナ時代を乗り切った企業には,大量の自社独自データ,他社と協力して集めたデータ,そしてその貴重なデータから生成された独自のAI,さらにそのAIを活用した新しいビジネスが生まれているだろう.我々はそのような活動を積極的に支援していきたい.その先には,あらゆる活動データのデジタル化により,AI関連技術革新も加速し,DLのまた先の技術が現れてくるだろう.それは,多くの人が人工知能と聞いて思い描くような人工知能に近いかもしれない.まずは今,皆さまと一緒に無事にWithコロナ時代を乗り切りAfterコロナ時代を迎え,次のAIに出会えることを期待したい.

著者紹介

佐藤 聡

1964年生まれ.東京都在住.人工知能活用戦略コンサルタント.connectome.design(コネクトーム・デザイン)株式会社/代表取締役,日本ディープラーニング協会/理事.東京理科大学機械工学部卒.2011年AIベンチャーに創業メンバーとして参画.以降,主に製造業におけるAI活用に取り組む.2018年より現職.AI関連技術・データの流通市場metabaseⓇ構築中.
会社HP https://www.connectome.design/

  • *1 OODAループ: 次の4つの過程の繰返し.Observe観察,Orient適応,Decide意思決定,Act行動,の4つの言葉の頭文字をとって,OODAと言う.呼び方はウーダ.
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