はじめに
2021年3月9日(火),10日(水)の2日間にわたり,サービス学会第9回国内大会が完全オンライン形式で開催された.2020年3月の第8回国内大会が,COVID-19の急拡大の影響を受けて急遽オンライン開催となったのに対して,第9回大会はかなり早い段階から完全オンライン形式での開催を決定し,それに向けて準備を進めてきた.集客サービスのオンライン化という点では,この国内大会運営そのものがサービス学の実践側面を持っていたと言える.そこで,例年の開催報告と異なり,オンライン開催設計と運営方法にフォーカスした開催報告とした.オンライン開催としてなにを考え,どう設計し,それがどうであったかを記録して残し,会員の皆さんと共有しておきたいと考えたためである.
大会のテーマは,必然的に「With/Afterコロナ社会を支えるサービス学」と設定された.オンライン開催のみということで参加者数が伸び悩むことが懸念されたが,結果的に参加者数201名(招待講演者含む)で,対面形式の従来の国内大会に遜色ない規模となった.口頭発表32件,ポスター発表27件の一般講演があり,そのほかに5つのオーガナイズドセッションが企画され22件の講演があった.また,このほかにCOVID-19に絡む基調講演3件,特別講演1件が企画された.完全オンライン形式ではあったが,学会賞の授賞式も実施され,懇親会も行われた.
オンライン開催設計
オンライン形式の開催決定まで
第9回国内大会は,当初,大会長を務める平田貞代先生の所属である芝浦工業大学・豊洲キャンパスでの開催を想定していた.しかしながら,2020年5月になった段階でもCOVID-19の勢いが収まらず,芝浦工業大学より「2020年度の一切の学内イベント中止」のアナウンスが出た.これに伴い,国内大会の開催場所を変えるか,それとも完全オンライン形式での開催に切り替えるかが理事会で議論された.すでに国内外でも学術カンファレンスのオンライン開催が数多く実施され,さまざまなテレビ会議システムが活用され始めていた.そのシステムの機能も日進月歩であったし,なにより,それを業務や研究に活用する機会が急増し,利用者側のテレビ会議リテラシーが著しく向上し始めていた.オンライン開催でも,やり方次第では,国内大会の機能や役割を十分に果たせるものと考えられた.このようなことから,7月のサービス学会理事会にて完全オンライン開催とすることが決定された.
テレビ会議システムの選択のポイント
Zoom,WebEx,Teamsなど,さまざまなテレビ会議システムが活用され始めていた.テレビ会議システムの機能(音質,画質,ユーザビリティ,ブレイクアウトルーム機能)もさることながら,多くの参加者が使い慣れているかどうか,また,参加者の過半を占める企業会員にとって利用可能であること(いくつかのテレビ会議システムは,セキュリティ上の問題で企業ネットワークからは使用できない状況であった)もシステム選考のポイントとなった.大きな課題がポスターセッションと懇親会であった.ポスター会場を歩いて巡りながら意見交換をするポスターセッションでは,「ポスターの前に人が群がっている」「そこで声高に議論がなされている」という雰囲気も重要であると認識していた.懇親会では,空間で人と人とが邂逅し,そこで情報交換がなされ,さらにそこに人が寄ってきて話題が拡がっていくという「場の機能」が再現できるかどうかがポイントとなった.
口頭発表
一般口頭発表と基調講演,特別講演については,他の学会やシンポジウムなどでも実績があるZoomを選定した.Zoomについては,2020年初の段階ではセキュリティ問題で使用禁止となる企業や大学も少なくなかったが,度重なるアップデートを通じてこれらの課題も解決に向かいつつあった.プレナリーセッションでも200名程度という規模であり,音質や画質の点でもZoomで問題ないと判断した.一方で,質疑応答をどのようにするかについては,いくつかの方策が議論された.挙手ボタン利用,勝手にミュートを解除して発言する方法,チャット機能を活用する方法に加え,slackなどの別のコミュニケーションツールを併用する方法などが候補に挙がった.一部のIT系カンファレンスでは,slackを併用して好評を得ていたという情報もあった.本学会の企業会員がslackへの社内ネットワークからのアクセスが禁止されているケースがあり得ること,社会科学系の会員には複数のITシステムを併用する方法は分かりにくいのではないか,という議論がなされ,今回はslackなどの別のコミュニケーションツール併用は見送られた.
ポスターセッション・懇親会
ポスターセッションと懇親会については,REMO,oViceという会議システムが候補に挙がった.いずれも,参加者が仮想的な「場(部屋の平面図のような)」に入り,そこで机や小部屋に集まってコミュニケーションしたり,仮想的な場で近接している人と話をしたりする仕組みになっている.Zoomのように仮想会議室に直接入るインタフェースではなく,仮想の「場」の中に人が集まっている部屋やエリアが見えていて,そこに出向くというインタフェースである.広く利用されている会議システムではないため,参加者が使い慣れていないし,社内ネットワークからの利用が認められていないことも懸念された.また,参加者が多くなった場合に,音声帯域不足で音質が劣化するという技術的課題も認められた.そこで,実行委員会メンバーが先行する別のシンポジウムやカンファレンスで試用して,ユーザビリティや音質などを検証するということを行った.この結果として,oViceを選定した.しかしながら,企業会員の利用可否の問題が残ったことから,ポスターセッションはZoomのブレイクアウトルーム機能を活用して実施することとした.幸いにも大会前のZoomの最新アップデートで,参加者自身が勝手に(管理者権限がなくても)複数のブレイクアウトルームを出入りできる機能が加わっていた.これを活用し,1つのポスターセッション会議室にポスター件数の分だけブレイクアウトルームを生成することとした.ポスターセッション会議室に入った参加者は,ブレイクアウトルームを一覧し,どの部屋にどれくらいの参加者(氏名も見える)がいるのかを見回した上で,興味のあるポスターの部屋に参加できる.
以上のことから,oViceは懇親会並びに大会中の雑談部屋として活用することとした.後述する表彰式もZoom会議室で開催し,そのあとoVice懇親会場に移動して貰う形式とした.なお,oVice懇親会場は表彰式の頃からオープンしてあり,Zoom会議室の状況を中継するようにした.
大会準備と運営
物理的な会場がないということは,大会準備や運営において,いままでとは勝手が違うものであった.まず,会場での受付が存在しない.事前に送られてきたZoom会議室のURLをクリックして,いきなり会議室に入室いただくことになる.これは,当日支払いや参加申込を受付で処理できないと言うことを意味している.例年,(特に古株の会員が)事前登録せずに当日会場受付に来て,その場で参加費を払うという件数がそれなりにあったことから,今回は「当日,受付での参加登録ができません.事前登録をお願いします」というアナウンスを会員,理事向けに行った.テレビ会議システムの利用トラブルに対応する委員を割り当てるとともに,各会場(Zoom会議室)に1名の学生スタッフを割り当てた.大会運営側はslackを活用して,頻繁に状況報告と情報交換を行うようにした.
完全オンライン開催によって,どの程度の参加者数になるのかが見通せなかったが,概ね例年の8割程度にはなるだろうという予測のもと,経費試算を行って参加費を決定した.物理的な会議室経費が発生しない.また,ポスター掲示の準備や撤去,案内板の設置などの会場作業がないことから学生スタッフ数も少なめになりその経費も少なくなる.基調講演においても旅費を計上する必要はなく,ZoomやoViceの契約料が増えたとしても,総じて経費は小さくなると見込まれた.これらを積算して試算し,参加費は例年よりやや低いレベルで設定した.
開催報告
基調講演,特別講演
COVID-19によって,多くのサービス業は甚大なダメージを受けた.飲食,観光,宿泊,運輸などは特に大きな影響を受けた.そのような中でサービス学になにができるか,なにをすべきか,それを考えることを第9回国内大会のテーマに据え「With/Afterコロナ社会を支えるサービス学」とした.3つの基調講演と1つの特別講演も,このテーマに沿って検討した.第一は苦境にあえぐサービス業自身のアクションとして,ロイヤルホールディングス株式会社の菊地唯夫 代表取締役会長から「外食産業の持続的成長に向けて 〜ポストコロナをにらんで〜」という基調講演をいただいた.第二は政策的アクションとして,経済産業省 商務・サービスグループ サービス政策課の浅野大介 課長から「コロナ禍とサービスイノベーション」と題して基調講演をいただいた.第三にはコロナ禍で変化するライフスタイルや社会に対応した新しいサービスの兆しとして,avatarin 株式会社 代表取締役 CEOの深堀昂 氏より「瞬間移動サービス『アバターイン』が描く未来」として講演いただいた.さらに,自治体と地域観光の取り組みについて,特別講演として中貝宗治 豊岡市長より「豊岡の挑戦 〜 Local & Global 〜」をお話しいただき,さらに,同市内の城崎温泉観光協会長である高宮浩之氏より「城崎温泉 新型コロナ対策」についてお話しいただいた.
口頭発表
口頭発表の演題数は32件で,例年よりやや少なめであった.これは,完全オンライン形式のため参加を見合わせた人がいたことも一因であろうが,サービス現場実証が行えないなどサービス研究そのものへのCOVID-19の影響もあったものと思われる.一般講演では「価値共創」「サービス測定・数理的方法」「サービスデザイン」「サービスエコシステム」「製造業のサービス化・持続可能性」「業界事例研究・サービス教育」「観光システム・ツーリズム」に関するセッションが設けられた.価値共創やデザイン,サービス工学的なトピックに関する演題が多く集まったことは,当学会の特徴と傾向をよく表している.オーガナイズドセッションは,企画募集に対して提案された5つのセッションが実施された.「パーソナル・データのサービス・エコシステム」「北欧学派のサービス研究とサービス概念」「S-Dロジック研究の進展」「サービスの国際標準」に加え「サービス学会研究支援 COVID-19対応研究」の研究成果中間報告会が行われた.COVID-19対応研究は,サービス学会が「2020年に勃発し全世界を巻き込んだコロナウィルス感染症COVID-19により甚大な影響を受けたサービス産業の正常化と新たな持続的発展に貢献するためのサービス研究」として公募したものである. 2件の選考テーマについて,進捗報告が行われた.
例年のリアル会場における口頭発表でも,1つのセッションの途中で他のセッションに移動する参加者が見られたが,会場移動が瞬時に行えるオンライン会場では,そのような移動が多くなったように見受けられた.質疑応答は,チャットと声で行われたが,例年のリアルな口頭発表に劣らず活発な議論がなされていた.
ポスター発表
ポスター発表は27件で,例年並みであった.査読によって,あるいは,発表者自身によって,ポスター発表によるインタラクティブな議論が有益であると判断された演題である.会場規模の制約がないため27件をシングルセッションで発表いただくことも可能であったが,ポスター発表者がお互いに議論できるよう,演題を2分割して2日間に分けてセッションを開催した.前述した通り,Zoomのブレイクアウトルーム機能を活用して開催した.いわゆる1枚のポスターを使って説明した講演者もおられたし,数枚のスライド形式で説明した講演者もいた.多くのポスタープレゼンテーションでは,発表の終わりを待たずに聴衆から質問が入り,その場で活発な議論が始まっていた.参加者からは,従来の(リアルな)ポスターセッションよりも密な議論ができたという声もあった.
表彰式と懇親会
COVID-19の感染拡大によって,急遽,遠隔開催となった第8回大阪大会では表彰式を執り行うことができなかった.今回は,当初からオンライン開催として計画したことから,表彰式自体もオンライン形式で開催すべく準備を進めた.大会のプレナリーセッション(会長挨拶,出版理事からの報告)に続いて,基調講演などと同じZoom会議室で表彰式を行った.第8回大会で表彰できなかった第7回大会分も含めて,過去2回分の表彰を行った.表彰状はあらかじめPDFで用意され,それを画面提示しながら会長(授与者)が読み上げ,受賞者に(仮想的に)手渡された.賞の選考に当たった大会長と会長,受賞者の集合写真もZoomのカメラ画像を並べて撮影した(図1).このあと,表彰式参加者全員が並んだ(?)集合写真も同じ要領で撮影した.顔画像掲載の同意をとるのが大変なので,集合写真はここには掲載しない.
その後,会議室をZoomからoViceに移し,オンラインでの懇親会を行った.図2のような仮想懇親会場に入ると,参加者は名前付きのアイコンになり会場内を(マウス操作で)自在に移動できる.声が届く範囲が一定範囲に限定されており,そばに近づいた人(アイコン)にしか声が届かない.したがって,会場内にいくつかの雑談クラスタが自然とできあがる.線で繋がっているのは画面を共有し合っている雑談クラスタで,それ以外のクラスタでは声のみが共有されている.図中右上の雑談クラスタは線で繋がっていて,そのクラスタでは左下のように顔を見ながら情報交換していたことになる.Zoomの表彰式の参加者全員がoVice懇親会に移行したわけではなかった.やはり,oViceという使い慣れない会議システムには,一定の心理ハードル,もしくは,セキュリティハードルがあったかと思われる.一方で,懇親会に参加した方々からは,期待以上に相互交流を愉しむことができたという感想をいただけた.事前期待が低かったからなのか,オンライン懇親会システムが奏功したからなのかまでは分からない.
おわりに
実行委員は,今回のオンラインの開催を通じて,学会サービスとしての「国内大会の持つ機能と役割」を再考することとなった.国内大会は,お互いの1年間の研究成果を報告し議論し合うというだけの場ではない.さまざまな触れあいがあり,セッション会場だけに限らない情報交換の場としての機能や役割がある.そして,参加者の多くは最新の研究情報を知るだけでなく,他の参加者との交流や情報交換を期待して会場に足を運んでいたものと思われる.オンライン形式という制約の中で,そのような国内大会の機能と役割をいかに実現するか,さらに進んで,オンラインならではの拡張ができないか,というのが実行委員会での議論であり,挑戦であった.その挑戦がどの程度達成できたのか,評価は参加者各位に委ねたい.ただ,実行委員会が懸念したほどのテクニカルトラブルは無く,危殆なく開催できたことは,参加者の皆さんのオンラインシステムに対するリテラシーが高まっていることとオンライン開催に対する共創的な参加意識の賜であったと理解している.裏方でオンライン開催を支えていただいた実行委員,プログラム委員各位に御礼申し上げるとともに,オンライン大会を一緒に作り上げていただいた登壇者,参加者の皆さまに改めて御礼申し上げたい.
著者紹介
持丸 正明
1993年,慶應義塾大学大学院博士課程 生体医工学専攻修了.博士(工学).同年,工業技術院生命工学工業技術研究所 入所.2001年,改組により,産業技術総合研究所 デジタルヒューマン研究ラボ 副ラボ長.2018年より,人間拡張研究センター センター長(現職).専門は人間工学,バイオメカニクス,サービス工学.現在,ISO TC 324および PC329国際議長.消費者安全調査委員会・委員長代理.