製造業のサービス化には多くの困難が伴う.本特集では,この困難を克服するために,サービス理論,サービスデザイン,デジタル化,サービス人材,人間行動,サービス生産性,ソーシャルインパクトといった,サービソロジーの21年度の研究テーマに沿って,以下のようなサービス化の成功要因を論じる記事を予定している.

(1)サービス化に必要なケイパビリティ
(2)「サービスエクセレンスの国際規格」からみたB2Bサービスの観点
(3)フロントステージとバックステージの連携
(4)デジタルトランスフォーメーションを実現する組織づくり
(5)COVID-19前後での製造業のサービス化の促進・阻害要因の変化

以下に,現時点で検討している,それぞれの記事の内容を簡単に紹介する.

(1)サービス化に必要なケイパビリティ

サービス化の過程において,製品の製造販売を主とする従来の製造業では重視されてこなかったケイパビリティを新たに獲得する必要があるといわれている(Kowalkowski,Ulaga,2017).では,サービス化に成功している企業は,こうしたケイパビリティをどのように獲得したのだろうか? コストを投じて新規に獲得したケースが考えられる一方,既存の製造・販売事業の仕組みの中に,サービス化の足掛かりになった要因はなかっただろうか? 本特集では,このような「足掛かり要因」に注目して事例を紹介したい.

(2)「サービスエクセレンスの国際規格」からみたB2Bサービスの観点

近年,サービスに直結するISOの技術委員会(TC)の設置が進んでおり,そのうち製造業のサービス化に関連する国際標準としては,ISO TC159(人間中心の組織管理)や,TC324(シェアリングエコノミー),ISO TC312(サービスエクセレンス)等があげられる.
ISO TC519におけるISO27501(2019)では,サービス・トライアングル(顧客,企業,従業員,および社会)で共創される価値を「機能」「知識」「感情」の3側面で捉え,価値共創を促進するための,経営者やマネージャーにむけた「人間中心の組織マネジメント」に関する規定が提示されている.
ISO TC312(サービスエクセレンス)では,「卓越した顧客体験とデライトをもたらす行為(エクセレントサービス)を実現するための源となる組織能力(サービスエクセレンス)」や「エクセレントサービスの設計」の規定が検討されている(Hara,Tsuru,Yasui,2020).ISO TC312は,主に,対人業務への適用に関して語られている傾向にあるが,その適用範囲には製造業も含まれるとされている.本特集では,ISO TC312の観点から製造業のサービス化(B2Bサービス)を議論し,「エクセレントサービス」と「一般的なサービス」とを比較した場合の,サービス設計や組織能力の相違点などについて言及する.

(3)フロントステージとバックステージの連携

新たなサービスを開発する際に,フロントステージで顧客と直接接してサービスを開発する部署と,バックステージでサービス・プラットフォームを開発する部署との間で,うまく連携が取れないことがある.例えば,フロントステージの担当者が顧客とのワークショップでデザインしたサービスの内容を,バックステージの担当者にきちんと伝えられていなかったり,バックステージの担当者が,フロントステージの担当者が考えているサービスの内容をよく知らないままに,サービス・プラットフォームをデザインしてしまったりする.B2B2CやG2B2Cなど複数企業をまたいで,フロントステージとバックステージの役割が分担されている場合には,さらに問題は大きくなる.成功している企業は,どのように組織間(フロントとバック)の連携を取りながら,新規サービス事業を立ち上げているのだろうか? 本特集では,ある国内企業の事例を取り上げて考察する.

(4)デジタルトランスフォーメーションを実現する組織づくり

IoTデバイスと組み合わせた顧客情報の集約とサービス化は,提供価値を最初から具体化することの難しさ,ITインフラの初期投資コストの正当化など,国内の製造業のサービス化が直面する一般的な問題の多くを共有する.加えて,ヘルスケアサービスは,個人の健康データの取得・蓄積から様々なサービス提供のノウハウ蓄積まで海外企業が先行している.
本特集では,コロナ禍において,デジタルトランスフォーメーション(DX)の加速の必要性が指摘される中,当初から,経営層からのビジョンの提示,マインドセットの変革,チャネルパートナーとの関係性構築など,サービス化に際して重要とされる様々な観点を考慮し,ヘルスケアサービスのDXを推進してきた国内企業の事例を紹介する.

(5)COVID-19前後での製造業のサービス化の促進・阻害要因の変化

2020年の春以降,COVID-19の感染拡大の影響でデジタル関連サービス需要が急速に拡大している.しかし,サービス化の本質は変わらないはずである.COVID-19の前後で,製造業のサービス化の促進・阻害要因にどのような変化があったのだろうか? また,製造業のサービス化の発展段階(4段階)*1の進展や必要とされる人材に,どのような変化があったのだろうか? 本特集では,製造業のサービス化コンソーシアム(運営:産業技術総合研究所,明治大学戸谷研究室)で毎年実施している,製造業のサービス化に関するアンケート定点調査から,その状況について紹介する.

参考文献

ISO 27501 (2019). The human-centred organization — Guidance for managers. https://www.iso.org/obp/ui#iso:std:iso:27501:ed-1:v1:en
Kowalkowski, C., Ulaga, W. (2017). Service Strategy in Action: A Practical Guide for Growing Your B2B Service and Solution Business, Service Strategy Press.
Hara, T., Tsuru, S., Yasui, S. (2020). Models of Designing Excellent Service Through Co-creation Environment, Serviceology for Services (7th International Conference, ICServ 2020), T. Takenaka et al (Eds.), CCIS 1189, pp.73-83, Springer.
コワルコウスキー C., ウラガ W., 戸谷圭子,持丸正明(著)(2020).B2Bのサービス化戦略 ― 製造業のチャレンジ,東洋経済新報社.
持丸正明,戸谷圭子(2018).製造業のサービス化に関するアンケート定点調査 サマリー報告書.https://unit.aist.go.jp/harc/servitization-conso/pdf/181213_summary.pdf

著者紹介

青砥 則和

日本電気(株)入社後,通信機器関連の事業部およびグループ会社にて,グローバルSCM改革,生産情報システムの開発に従事.現在,サクサ(株)経営戦略部所属.明治大学専門職大学院グローバルビジネス研究科修了.中小企業診断士.

緒方 啓史

(株)東芝.HCD-Net認定人間中心設計専門家.博士(工学).2013年東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了.2002年から2015年までアズビル(株)にて,高齢者にとっての製品・サービスの使いやすさの研究開発に従事.2015年から現職にて,福祉工学や認知工学を拠り所にサービスデザインや共創・協働のプロセス開発に従事.

沼田 絵梨子

日本電気株式会社 サービスプラットフォーム事業部所属.2011年早稲田大学大学院人間科学研究科修士課程修了.同社研究所にて,サービス設計プロセスの研究を経て,現在,社内のサービス標準化と人材育成に従事.

福田 賢一郎

産業技術総合研究所人工知能研究センター データ知識融合研究チーム 研究チーム長,博士(理学).2001年,東京大学大学院修了.2001年より現職.専門は知識表現.サービス・エコシステムの中で活動する人間に寄り添うAI,日常生活のモデル化,社会実装の研究に従事. 

・・・

  • 1.第1段階:製品販売につなげるサービス,第2段階:顧客との関係を維持するサービス,第3段階:顧客の製品使用価値向上につなげるサービス,第4段階:イノベーションにつなげるサービス(持丸,戸谷,2018)

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