はじめに

本稿は,宇宙空間における新たな産業創出を目指す民間企業と,国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)との共創活動に焦点を当てる.JAXAは,公的研究開発機関であり,本共創活動において,国の政策に基づき研究開発を先導し,その成果を民間の事業創出に活用する.
モルガン・スタンレー社によると,宇宙産業は成長領域で,全世界の市場規模は,この10年間で約1.5倍に成長し,2020年時点で約40兆円(宇宙輸送,衛星等の官需,放送,地上設備が主要需要),2040年代には100兆円規模(通信コンステレーション,波及効果としてのIoT,位置情報利活用拡大等)と予測されている(KEARNEY 2021).民間宇宙産業創出を先駆的に進める米国では,例えば国際宇宙ステーション(ISS)への物資補給サービスを,民間企業2社がNASAと民間の技術・資金を糾合し,従来のNASA主導開発方式と比べ,短期・低予算で開発完了を実現している(Zapata, E. 2017).NASAは,新規企業を政策的に育成・強化し,サービス調達する形にパラダイムシフトする動きがある.
一方,日本の宇宙産業の現在の市場規模は約1.2兆円で,我が国の宇宙基本計画では,2030年代早期の倍増化(1.2兆円→2.4兆円)を政府目標として掲げている.従来の宇宙活動は,研究開発・科学が主領域であったため,産業創出の技術的難易度は依然として高いものの,宇宙スタートアップが新規参入を果たし,地方自治体が宇宙産業創出に関する新規予算を確保する等,宇宙利用の開始を伺う状況にある.これらの活動を促進し,連携していく取り組みが,JAXA等に一層期待されている.
上記に対する一方策として,JAXAでは,公的機関による研究開発の促進と,民間企業による新規宇宙事業創出を同時に実現する共創活動を進めている.本活動を成功に導くためには,価値共創に関する研究の知見も活用し,公的研究機関と民間による共創活動が機能する仕組みを確立することが重要である.これにより,限られた資源を有効活用し,産業・科学技術基盤を強化しながら,宇宙産業創出による経済成長とイノベーション実現を目指す取り組みへの発展が期待され,公的研究機関と民間との新たな価値共創となり得る.
本稿では,上記観点で,JAXAにおける民間との共創プログラム「J-SPARC」を紹介した上で,価値共創研究の視点も踏まえ,新たな技術開発を先導するJAXA,新たな宇宙産業創出を目指す民間企業,さらにその先にいる企業パートナーや顧客を含めた,複数企業をまたぐ組織間(フロントステージ,バックステージ)の共創活動に焦点を当て,具体事例を取り上げて考察する.

民間宇宙ビジネス創出に向けた取り組み

本章では,JAXAによる新事業創出に関するこれまでの主要な取り組みについて紹介する.
JAXAは,宇宙事業創出への参加の敷居を下げるべく,2004年4月に,JAXAとの共同研究を通して新たな事業創出を目指す「オープンラボ」制度を新設した(現在は募集終了).当初は民間等から技術提案が主であったが,制度の見直しにより,徐々に事業提案が増え,宇宙下着の技術を応用して汗のニオイや加齢臭を消臭する素材を用いたアンダーウェア,宇宙服研究で得た高冷却効率性能を応用した冷却下着,低層風擾乱アドバイザリシステム技術を活用した空港等における低層風情報提供システム等,民間企業による商品化,実証を実現した.
また,2014年には,「科学技術イノベーション総合戦略2014」未来創造に向けたイノベーションの懸け橋という国の方針が示され,公的研究機関の強み,地域の特性を生かしたイノベーションハブ形成への取り組みが求められることとなり,JAXAは,2015年4月に「宇宙探査イノベーションハブ」を新設し,異分野の人材・知識を集め,宇宙探査におけるGame Changingを実現する技術開発を開始した.2020年4月には,株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所との共同研究成果に基づき,ISS「きぼう」日本実験棟に設置した小型光通信実験装置と地上局間の双方向光通信リンク確立,Ethernet経由での高精細度画像データ伝送に世界で初めて成功する等,宇宙探査の在り方を変えると同時に地上技術に革命を起こす取り組みを進めている.
また,上記活動と並行して,JAXAが主導して開発した事業を,民間へ移管し,更なる宇宙利用拡大を目指す取り組みも進めている.我が国の基幹ロケットH2Aの民営化(2003年に三菱重工株式会社に民営化し,2006年より衛星打上げ輸送サービスを開始),ISS「きぼう」日本実験棟からの超小型衛星放出サービスの民営化(2018年に,Space BD株式会社と三井物産の2社を選定),「きぼう」船外における軌道上利用サービス提供事業の民営化(2019年に,Space BD株式会社を選定),高品質タンパク質結晶生成実験にかかる利用サービス提供事業の民営化(2021年に,Space BD株式会社を選定)等が,その好例である.
上記活動に加えて,JAXAは,公的研究機関の研究開発の促進と民間宇宙産業の創出を同時に導く新たなプログラムとして,2018年6月に,宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)を開始した.本プログラムについては3項で説明する.
2020年には,国家政策として,官民一体による新たな宇宙産業創出・成長の必要性が謳われ,民間宇宙ビジネス創出に向けた我が国の産業振興策が整理された.本振興策と,これに連動したJAXA新事業創出施策一覧を図1に記す.

図1 民間宇宙ビジネス創出に向けたJAXAの取り組み
(宇宙政策委員会・第30回宇宙民生利用部会(2020年2月20日)資料を基にJAXA作成)

宇宙ビジネス共創活動:J-SPARC

本章では,宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)について説明する.

J-SPARC概要

J-SPARCは,宇宙ベンチャー育成のための新たな支援パッケージ(2018年3月・5府省)記載の「JAXAと民間企業とのパートナーシップ型の技術開発・実証を行う」施策として,2018年5月に始動した.
J-SPARCは,宇宙ビジネス創出を目指す民間企業等から,事業アイデアや参入コミットメントを得て,民間・JAXAの双方がリソースを持ち寄り(JAXAから事業化を目指す民間企業等への直接的な資金提供無し),共同で事業コンセプトを検討し,またJAXAによる出口志向の技術開発を進めながら,共同で事業共同実証を進める,民間企業等の事業創出を目指す研究開発プログラムである(図2).
J-SPARCの共創的プロセスと,JAXAが主導して開発した後に事業を民間移管する段階的プロセス(従来からのプロセス)との違いを図3に整理する.

図2 J-SPARCプログラム概要
図3 宇宙産業創出に向けた段階的プロセスと共創的プロセス
(RFI:Request For Information,RFP:Request For Proposal)

共創領域と各共創プロジェクト

J-SPARCでは,「新しいプレイヤーの宇宙分野への参入」「新しい宇宙関連事業の創出」「技術革新・イノベーション創出」を目指し,主に3つの領域で共創活動を展開している(図4).また,JAXAは,限られたリソースで効率的に成果を創出すべく,個別プロジェクトへの取り組みに加え,複数企業の事業創出に有効な共通基盤的活動(共通技術開発や設備整備等)やコンソシアム活動も進めている.
2018年5月のJ-SPARC始動以降,民間企業等から300件以上の問い合わせがあり,2022年度は20件以上の共創活動を進めている(延べ34件).表1に,J-SPARC共創中の事業・企業一覧(2022年3月時点)を記す.このうち,NO.13,18,20,21の4件は,共創活動を経て,民間企業独自の事業化・収益化活動へ移行した.
始動から4年がたち,最近では,実証機会の拡充を含む事業共同実証活動及び事業の社会実装化に,より一層注力している.また,J-SPARCの制度設計や企画運営アプローチが,新しいオープンイノベーションのための共創活動の好事例として注目があり,複数の研究開発法人等からの問い合わせもきている.

図4 J-SPARCの主要な共創領域・テーマ
表1  J-SPARC共創中の事業・企業及び事業化移行済み事業一覧(2022年3月時.過去の共創事業を除く)

J-SPARC共創活動の特徴

J-SPARCは,JAXA研究開発活動や,その成果利用を起点として事業化を検討するアプローチではなく,①民間企業等による独自の事業コンセプト提案を起点とする,②本提案実現における技術課題(=JAXAの役割)を識別し,民間宇宙産業の創出とJAXA研究開発力の強化の2つを両立させる(結果として,国の政策実現に貢献する),といったアプローチをとるため,ユニークであり,難しい点といえる.時には,JAXAと民間で,JAXAの成果や技術基盤に対する活用方法や考え方が異なり,従来と異なる想定外の新しい活用方法の可能性を検討するケースも発生する.また,民間企業との共創活動を通して,JAXA研究開発活動の一層の加速,成果の社会実装化も求められる.
これらの実行にあたり,J-SPARCプログラムでは,JAXA新事業促進部に所属するメンバーを中心とした14名が,事業共創プロデューサーとして活動し,JAXAの研究開発を担う各部門の共創メンバー総勢230名超とともに,事業化のフロントステージにたつ民間企業の事業開発担当者と対話しながら,JAXA研究開発と民間宇宙産業創出においてシナジーを生み出す共創活動を展開している.

JAXAと民間企業との共創事例

本章では,表1に示した,民間企業による事業化へ移行した案件(4案件)の中からNO.13の「KIBO宇宙放送局事業」をとりあげ,事業共創活動における組織間の連携について考察する.
なお,本事業着手に先立ち,JAXAは,ISSが飛行する地球近傍の宇宙空間(地球低軌道)を民間事業者等による持続的かつ事業規模の大きい経済活動の場として発展させていくことを目指し,2018年6月に,ISSでの事業共創機会のお知らせを発出した.JAXAが運用・利用しているISS「きぼう」日本実験棟を中心とした有人宇宙拠点等を活用した,民間企業独自の事業アイデア提案を幅広く受け付けた.そして,事業アイデアの具現化に向け,JAXAが提供可能な宇宙利用機会として,人材,施設設備のアセットに加え,10年以上にわたるISSの開発運用・有人宇宙活動を通じて培ったJAXAの技術力,経験,多様な国内外ネットワークなども提供し,提案者である民間企業等と伴走しながら,コンセプト共創,技術開発・実証へと取り組んでいく体制を整えた.

対象とする共創事業

本KIBO宇宙放送局事業は,株式会社バスキュール(バスキュール社)が,地上400km上空を秒速8kmで周回するISS「きぼう」日本実験棟の船内に開設した,宇宙と地上を双方向ライブでつなぐ,世界唯一の宇宙放送局の運営事業である.ISSに長期滞在する宇宙飛行士や,短期滞在の民間宇宙旅行者とともに,宇宙に設置されたディスプレイを介して宇宙と地上でリアルタイムにコミュニケーションをしたり,またその状況を配信したりすることが可能なサービスである.

図5 KIBO宇宙放送局のシステム概要

共創活動の分担

本事業の開発・事業における主要プレイヤーと役割を図6に示す.
バスキュール社は,事業アイデアを発案してJAXAに提案後,ISS日本実験棟「きぼう」の機器等を活用して,ISSと地上との通信回線制約を考慮したデータ通信プロトコル,短時間で起動可能な双方向通信用専用アプリケーションを独自に開発し,「KIBO宇宙放送局」という事業プラットフォームを立ち上げた.また,同社は一般顧客向けに,本プラットフォーム上で機能するコンテンツやサービスを開発・提供する企業を呼び込み,事業計画立案,企画・製作,コンテンツ開発を担った.本事業の開発及び事業実施に必要な資金も,バスキュール社が担っている.
一方,JAXAは,バスキュール社と共に事業コンセプト検討を進め,「きぼう」が保有する様々な機能の活用方法・機能の更なる拡充方法について検討・実施し,地上のスタジオからISS「きぼう」にある機器の遠隔操作の実現に必要な安全評価を担うと共に,民間単独事業の実現に向けて,各種技術や事業の協同実証を担った.なお,実際の事業実施に必要な利用リソースや実施機会の提供,各種準備作業,軌道上機器の設置及び運用作業は有償で実施した.さらにJAXAは国際パートナーであるNASA等との調整も担った.
JAXAは公的研究開発機関であるため,国庫を用いて行うJAXAの共創活動は,(バスキュール社から有償受託で受ける作業を除き)「きぼう」日本実験棟の共通的な機能の拡充や,JAXAにとっての技術開発機会とならなければならない.すなわち,共創活動におけるJAXAの成果は,本バスキュール社の事業に加え,JAXA自身も含めた多様な用途に活用できることが必須となる.また,民間企業が自ら事業へ投資する,世界初の新しいサービス,新しい価値の実現に向けたスピード感をもった取り組みに対し,JAXAも組織間の連携を取りながら,タイムリーに役割を果たす必要がある.

図6 KIBO宇宙放送局における共創活動の分担

共創フレームワーク

価値共創研究において,Javier Marcos-Cuevas等(2016)は,B2Bを主たる対象として,価値共創の実践及び価値共創に必要な能力に関し,理論的かつ経験的な根拠に基づく実践的フレームワークを提案している.本フレームワークは,Service Logic(Grönroos,2006,2008)に基づき,共創活動を行う当事者間が,持続的で意図的に関与しながら,3つの包括的な次元が顕著に存在するとことを示している(表2).これらは,必ずしも時系列的に発生せず,同時に行われることもあれば(LinkingとMaterializing等),継続的に行われることもある(Institutionalizing等).Linking,Materializing,Institutionalizingの役割は次のとおりである.
1)Linking
連係を促進し,ネットワークを動員する.継続的に,知識やアイデアの共有と循環を促進する.
2)Materializing
共創された提供価値の要素を実証し,成果物を創造する.
3)Institutionalizing
創出価値を獲得・保持するための制度化・構造化を行う.

表2 Types of Co-Creation Practices(Javier Marcos-Cuevas等, 2016)

J-SPARCプログラムにおける各プロジェクトでは,企業からの事業提案に基づき対話を開始し,事業コンセプト共創,事業協同実証,事業化という流れ(図2)を基本としており,これは表2で示す共創フレームワークのプロセスと類似するものである.
次に,KIBO宇宙放送局事業を対象事例とし,本共創フレームワークを用いて,JAXAと民間企業が,持続的で意図的に関与をしながら,共創活動を実践し,本共創活動の出口である研究開発の促進及び民間事業実現までどのように導かれるか,また,各プレイヤーはどのような役割を果たすのかを,公的研究開発機関と民間企業等との共創活動の特徴も踏まえながら評価を試みる.

KIBO宇宙放送局事業における共創活動

1)Phase1:Linking (2019年1月~対話)
2019年1月,バスキュール社からの事業アイデア提案に基づき,JAXAで,宇宙利用拡大・産業振興業務を担う新事業促進部において,事業開発を担当するプロデューサーが主体となり,対話を開始した.このフェーズでは,事業アイデアを理解し,双方のコンピタンス・リソース統合により,実現可能と思われる事業構想,持続的かつ規模の大きな事業にするためのアイデア等について協議を進めた.そして,ISS「きぼう」開発・運用を担うJAXA関連部門メンバーとも協議を開始し,地球低軌道における新たな事業創出という政策を実現し,JAXAの研究開発機会となる事業アイデア検討を継続した.本フェーズでは,双方の目標設定,今後の共創活動の定義及び共創活動に関する覚書の締結までを実施した.
2)Phase2:Materializing(1)(2019年11月~事業コンセプト共創)
このフェーズでは,双方の知見・ネットワークを活用し,民間企業の構想を実現し,「きぼう」の新たな使用価値を創出するため,具体的なシステム設計及び試行を繰り返しながら,事業コンセプトを固めた.
本来,宇宙の実験室であるISS「きぼう」において,新たな民間独自の事業創出・商業活動化に取り組むためには,本活動のJAXAとしての意味合いを各担当者が十分理解しておく必要があった.そして,JAXA研究開発基盤の高度化機会,また「きぼう」の利用拡大機会と位置付け,JAXAとして共創活動に積極的に取り組む体制を整えた上で,民間企業の事業化における課題のギャップを埋めるべく,システム検討を進めていくことが重要であった.事業化に向けた具体的な課題としては,収益性の高い事業の創出,事業の安定化,企画の柔軟な変更等があげられ,これらの課題を解決するために,JAXAは,①映像伝送における通信のUplink機能の大拡充(通常のISS運用ではDownlinkは大容量であるが,Uplinkについては限られた用途のみに活用),②JAXA外部からの遠隔操作機能の実現(有人安全施設であるISSにおけるセキュリティの観点から,これまではJAXA設備からの操作に限定),③各種計画立案・変更の柔軟性(通常は運用計画を事前に確定させ,直前の柔軟な変更は実施していない)等,JAXAの通常の運用方法との相違点・課題を,民間企業との対話を通して一つ一つ対応していくことが求められた.こうした要件の下,図5に示す新しい通信システムの構築に取り組んだ結果,通信ネットワーク不通事象が発生するなど,トラブルも多く,共創活動に参加するメンバーやNASAとも調整しながらの対応は苦難の連続であった.
しかし,本フェーズの途中から,JAXA共創メンバーにも,徐々に本活動の意義や目的が浸透してきた.バスキュール社の意図も理解した上で,JAXA今日メンバー自らの強みや経験を,JAXAの外における民間事業創出という新たな活動,新たな価値づくりに活用できるワクワク感も相まって,多様な発想・アイデアが出されるようになった.その結果として,事業コンセプト検討活動が大きく加速し,本事業プラットフォーム開発が一気に進んだ.JAXAとバスキュール社の共創メンバーも固定され,JAXA新事業促進部のプロデューサー抜きでも,バスキュール社とJAXAの研究開発を担う共創メンバーとの活動が自走しはじめた.双方が期待する役割も明確になり,自然と持続的で意図的に関与し続ける体制が確立された.2020年8月には,ISS「きぼう」の事業プラットフォームと,地上にある民間スタジオが接続し,初の技術実証にも成功した.
3)Phase3:Materializing(2)(2020年11月~事業協同実証)
このフェーズでは,Twitter Japan社をはじめ,バスキュール社の先にいる民間パートナーも具体化し,Phase2までに技術実証した事業プラットフォームを活用した企画作りが進んだ.2020年12月に実施した事業協同実証では,本KIBO宇宙放送局から放送されたコンテンツの閲覧数が,世界各国(50か国超)から555万人超え,コンテンツの良さがグローバル性を引き出すことを示した.企業側は,コロナ禍でISS「きぼう」を軸に,世界を繋いだ番組を実現すると共に,企業側は,収益化・事業化の見通しを得た.また,JAXA側も,新しい民間事業者との共創を通して,「きぼう」の有償利用拡大,新しいISS「きぼう」の利活用促進へとつながることを理解した.
4)Phase4:Institutionalizing(2022年4月~事業化)
2021年2月,JAXAによる本民間事業サービスの利用が実施された.2021年9月には文部科学省や全国の小中学校等との連携も含めた新たな民間パートナーによる有償利用が開始され,2021年12月にはISSへの日本人民間宇宙旅行者によるISS上での有償利用が開始される等,本事業の定着化が進んでいった.なお本事業は,2021年2月に,日本最大級のオープンイノベーションプラットフォームAUBAを運営するeiicon companyによる,経営層向けオンラインカンファレンス「Japan Open Innovation Fes 2020→21(JOIF)」が実施した「COLLABORATION BATTLE 2021」のオーディエンス賞(最高位)に選出された.
本共創における重要な点は,JAXAが,国の戦略も踏まえつつ,官民の共通的な基盤を整備しながら,企業の個別事業アイデアに向き合うことで,「きぼう」の保有する機能や能力を,JAXA外部のリソース・資金を糾合しながら高度化していったことである.図7に,上記で示した本事業化に向けた活動及び将来展望を示す.

図7 「KIBO宇宙放送局」事業化に向けた活動と展望

成果のまとめ

本事業の共創活動を通して得た成果を,以下にまとめる.
1)ISS「きぼう」日本実験棟への民間事業プラットフォーム構築によるB2Cビジネスの収益化
・宇宙実験の場である「きぼう」に民間事業プラットフォームを構築することで,ネット×デザインの力も活用して,本プラットフォーム上に,様々なプレイヤーがグローバルB2C事業を展開・収益化.斬新な新ビジネスモデルを実証することができた.
2)民間企業(バスキュール社)における技術の獲得
・転送プロトコル及び双方向ライブ番組配信システム等の技術検証,ならびに等身大地球へのAR等を活用した双方向ライブ通信技術実証を実現(本2件の特許を申請中)することができた.
3)JAXAにおける技術の獲得
・ISS通信環境制約のもとでの双方向通信実現に向けた通信ネットワーク高度化,ならびに高いセキュリティ制約のもとでのJAXA外部からISS「きぼう」内の機器等の遠隔操作技術を獲得することができた.
4)事業の拡大・将来展開の可能性
・一過性に終わらない持続的な宇宙事業を実現し,将来の地球低軌道の多様な利用を見据えた「きぼう」民間利用拡大の可能性の示唆を得ることができた.
・本KIBO宇宙放送局事業における共創モデルを,他の新事業創出活動に対して横展開する基盤ができた.

おわりに

本稿では,世界及び日本国内の宇宙産業をとりまく状況を俯瞰した上で,我が国の新しい民間宇宙産業創出に向けたJAXAの取り組みを紹介した.また,すでに事業化に至った案件の事例分析に基づき,Javier Marcos-Cuevas等(2016)の共創フレームワークを活用し,独自の事業アイデアを保有して事業化に参入する民間企業等と対話しながら,
・JAXA研究開発基盤の高度化,技術基盤の利用拡大
・JAXAでは思いもよらない新しい宇宙産業の創出
・我が国の宇宙産業への貢献
を実現する共創活動について評価した.
今回,対象とした事例は,J-SPARC開始から4年以内で事業化に至った,比較的Early Small型の事業共創事例であるが,JAXA主導型ではなく,JAXAと民間企業との新たな共創型による取り組みの仕組みであることが特徴である.この仕組みは,今後の多様な民間宇宙事業の創出,将来のJAXA自身の事業創出においても適用することが可能である.引き続き,表1に示したJ-SPARC各個別プロジェクトの事業化を一つ一つ実現しつつ,JAXAと民間との共創フレームワークの仕組みの高度化に向けて挑戦していきたい.

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著者紹介

高田 真一

国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構 新事業促進部
参事/J-SPARCプロデューサ
東京大学大学院工学系研究科 航空宇宙工学専攻で修士号取得後,JAXA入社.ロケットエンジン開発,宇宙船「こうのとり」開発・運用,米国ヒューストン駐在員事務所にてNASA等との国際調整業務を経て,現在は,民間事業者等との新たな事業共創活動を複数進めている.

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