はじめに
ヒトは非常に社会的な動物である.複数の集団に所属し,その集団において正しいコミュニケーションをしながら生きている.そんな非常に社会的な動物なヒトであるが,時に他者の視線や評価を気にすることに疲れてしまっている人も多いのかもしれない.そんな中,ネコという孤高の動物に癒しを求める人も多い.
現在日本では約894万匹のネコが飼育されているという(日本ペットフード協会,2021).これはイヌの約710万匹という数を大きく上回っており,その差は,さらに開いていくと予想されている.ネコは今や日本で一番求められている動物といっても過言はないのかもしれない.しかし,ネコはイヌよりもコミュニケーションがとりにくいと思っている人も多い.ネコは本当にコミュニケーションがとりにくい動物なのだろうか.我々がネコから学べることはあるのだろうか.本稿では,ネコの進化の歴史を概説した後に,ネコがどのようにヒトとコミュニケーションをとっているのか最新研究を概説し,その後我々がコミュニケーションを行う上でネコから学べることを考察する.
ネコとイヌの共生の歴史
ネコとヒトとの共生
ネコとヒトが共生を開始したのは,おおよそ1万年前といわれている.人類が狩猟採集時代からある一定の地域に定住し農耕を開始した後に,ネコの祖先種である単独性のリビアヤマネコ(Felis lybica)とヒトは出会った.農耕を開始すると,穀物を貯蔵する食料庫が必要となる.そうなると現れるのがネズミなどのげっ歯類である.彼らは手塩にかけて育てた食料を食べてしまう.ネコはそのような穀物庫に群がるネズミの捕食者としてヒトとの接点を持ったとされている(Driscoll Macdonald and O'Brien 2009).ヒト側からみても害獣であるネズミを捕食してくれるネコの存在はありがたく,ネコ側からしても獲物を簡単に捕まえることができるヒトの貯蔵庫は便利だった.ヒトとネコはこのようなwin-winの関係性を保ちながら共生を開始した.そのため,ヒトと共生してもネコはネコのままほとんど行動特性を変える必要がなかった.繁殖に関してもヒトが積極的に関与し出したのはここ数百年のことといわれており(Driscoll et al 2009),ネコの品種差がイヌの品種差ほど大きくないのはそのためである.
イヌとヒトとの共生
イヌの祖先種であるオオカミとヒトは農耕開始よりも前の狩猟採集時代から共生を開始した(Miklósi,2014).単独性で小さな獲物の狩りを行うリビアヤマネコとは対照的に,オオカミは社会性が高く,集団で大きな獲物の狩りを行う.そのようなイヌの性質を利用して,ヒトとイヌは共に狩りをし1つの集団として移動しながら生活をしていた(Miklósi,2014).
ネコとは対照的に,ヒトはイヌの繁殖に積極的に関与し様々な犬種を作ることになる(永澤・外池・菊水・藤田,2015).例えばそりをひくために品種改良されたシベリアンハスキーや,人の指示に従って羊をまとめあげるために品種改良された牧羊犬(シープドッグ,ボーダーコリーなど)がいる.現在でも,盲導犬や介助犬など人の生活の役に立っているイヌは多く存在する.
両者の違い
イヌで積極的な品種改良を行ったことは,犬種ごとの外見的な差異が大きいことにも表れている.ネコの最大種であるメインクーンと小さい品種であるマンチカンではあまり外見的な差はないが,セントバーナードとチワワは同じ"イヌ"とは思えないほど外見的な差異が大きい.
このように,イヌとネコは,現在2大伴侶動物として深く人間の社会に入り込んでいるが,その進化の歴史は大きく異なる.特に,祖先種の社会性や品種改良の有無は今日のイヌネコに大きな影響を与えている.ネコはそもそも単独性のリビアヤマネコを祖先種としているため,コミュニケーションをとるための社会的な行動レパートリーがイヌよりも少ない.このような点で,「ネコはイヌよりもコミュニケーションがとりにくい」というイメージができてしまっていると考えられる.さらにイヌの場合,目の上の筋肉の獲得により,オオカミにはできなかった上目遣いができるようになっているため(Kaminski Waller Diogo Hartstone-Rose and Burrows 2019),表情豊かに見えるが,ネコはそのような顔の筋肉の進化は報告されていないため,どこかポーカーフェイスに感じる人も多いのではないだろうか.
それでは,日本一飼育されているペットであるネコは異種であるヒトとどうやってコミュニケーションをとっているのだろう.次節ではネコがヒトの社会的手がかりから何を読み取っているか,それを踏まえて両者がどのようなコミュニケーションシグナルを利用しているのか,それは同種とは異なるのかといった観点から論じていく.
ネコとヒトの異種間コミュニケーション
ヒトの社会的シグナルの読み取り
指さしの理解
ネコはポーカーフェイスにみえて,ヒトのことを実はよく観察し,その社会的シグナルを読み取っていることがわかってきた.実際,動物病院に連れていく時のネコの察知能力に驚かされる人も多いだろう.私もその1人で,ネコにバレないように平然を装って動物病院の準備をしていても必ずバレてしまい,ベッドの下に籠城され連れ出すのに時間がかなりかかってしまうことがよくある.それだけネコはヒトの行動をいつも注意深く観察しているのだ.
最初に調べられたのが,ヒトの指さしの理解である(Miklósi Pongrácz Lakatos Topál and Csányi 2005).2つの不透明な容器のうちどちらかに餌が入っている状態で,ヒトが指さしをして社会的な手がかりを与えた際に,指さされたほうの容器を選択できるかといった課題で調べられる(図1).聞くと簡単そうに思えるのだが,実はこの課題,ヒトと最も遺伝的に近縁なチンパンジーは苦手であることがわかっている(Hare Brown Williamson and Tomasello 2002).他方,イヌやネコはこのようなヒトの社会的手がかりの読み取りに優れており,指さされた方の容器に向かうことができる.4つ足で生きる彼らにとって,2本の足と2本の手を持つ動物(人間)が出す手がかりに適切に反応できるのはヒトとの共生の進化の賜物なのかもしれない.
情動の理解
ネコはヒトの表情の読み取りもできるといわれている(e.g.,Galvan and Vonk 2016).例えば,飼い主が怒った顔をしているときよりも,笑った顔をしているときのほうが,ポジティブな行動が増えると報告されている(Galvan and Vonk 2016).さらに,感情的な音声(笑っている声/怒っている声)を再生した時に,ヒトの笑っている顔写真,怒っている顔写真を画面に呈示すると,対応する顔写真を見ることがわかっている(Quaranta d'Ingeo Amoruso and Siniscalchi 2020).これは,ネコにとって未知な人物の声と顔を用いて行われた実験であるため,ヒトの声色や表情をネコが読み取ることができる強い証拠である.
音声の理解
さらに,ネコはヒトの会話に対しても注意を向け,単語の意味などを学習している可能性が指摘されている.先行研究から,ネコが飼い主の声と知らない人の声の弁別ができることや(Saito and Shinozuka,2013),自らの名前と他個体の名前の違いがわかること(Saito Shinozuka Ito and Hasegawa,2019)が示されてきたが,最近の研究から,同居する他個体の名前を聞いたときに対応する個体の顔を予測することがわかった(Takagi et al 2022).この実験では,同居する他の個体Aの名前を再生した後に,個体Aの顔写真を画面に呈示するか(一致条件),個体Bの顔写真をネコの前に置いたモニターに呈示した(不一致条件)(図2).乳幼児の研究などにも使われる期待違反法による予測に従うと,もしネコが個体Aの名前と個体Aの顔を結び付けて学習しているのなら,個体Bが呈示される不一致の条件でネコの"期待"が裏切られるため,画面を見る時間が長くなると予測される.結果,予測通り家庭で飼育されるネコは不一致条件で長く画面を注視し,期待違反がみられた.このことから,ネコは飼い主が他個体とコミュニケーションをとっている様子を観察し,その個体の名前を学習した可能性が示唆された.他個体の名前を学習していても当該個体には特に餌がもらえるなどのメリットはないにも関わらず,このような学習が行われていたということは,ネコは我々が想像している以上に,人の会話を聞いている可能性がある.
コミュニケーションの取り方
ネコ-ネコ コミュニケーション
第2節でもふれたように,ネコの祖先種は単独性のリビアヤマネコである.単独性ということは,母親から離乳した後は基本的に1匹で生きていく.そのため,社会的シグナルの種類は乏しい.他個体に何かを伝える必要性がほとんどないからだ.それにも関わらず,ネコは集団行動ができる社会性を獲得している(Bradshaw,2016).餌や資源の質や量が一定以上ある環境で,ネコは集団で生活をすることができるのだ.
集団で生活を送るためにはある程度の秩序が必要だ.そのため,ネコは相互毛づくろい(allogrooming)やしっぽあげ(tail up)などの親和的なコミュニケーションを進化させてきたと考えられる(Bradshaw,2016).
ネコ-ヒト コミュニケーション
ネコ-ネコ コミュニケーションのなかの一部はヒトに対しても行われることがある.他方,ネコがヒトにしか行わないコミュニケーションも存在している.まずネコ-ヒト コミュニケーションの代表としてあげられるのは,「ニャー」という特徴的な鳴き声だ.実はこの鳴き声,大人になったネコ同士ではほとんど発せられない(Bradshaw and Cameron-Beaumont 2000).ネコはこの「ニャー」という鳴き声を用いて,ヒトに自分の要求を伝えているといわれている(Bradshaw and Cameron-Beaumont 2000).この「ニャー」という鳴き声は飼い主とネコ間で形成されていくものであり,飼い主-飼いネコのペアの間では,「ニャー」がどのような文脈で鳴かれたものか推定が可能である(Ellis Swindell and Burman 2015).
また,視線コミュニケーションもヒトに特異的に行うコミュニケーションとして知られている.一般的にネコ同士のコミュニケーションで目を合わせることは威嚇を意味するが(Bradshaw 2012),ヒトに対しては瞬きが親和的コミュニケーションになっているとする報告もある(Koyasu et al 2020).
ネコに学ぶコミュニケーション
イヌはヒトとの共生を始めてオオカミから形態的・行動的に大きく変化したのに対して,ネコはその変化量が少ない.ネコとヒトとの関係性の中で顕著なのは,お互いの存在自体にメリットがあり行動特性を変えることなく共生できたという点だ.ヒト同士のコミュニケーションでも同様のことがいえる.やはりお互いにとって利益があり,自分の行動を意識して変えることなく自然体で付き合える関係性がもっとも長く良好な関係を保つことができる.そのバランスが揺らいでしまわないように,日々気を付ける必要があるのではないだろうか.
ただし,ネコはただただ気ままに過ごしているわけではない.彼らは姿かたちの全く異なる我々ヒトの社会的シグナルを巧みに読み取り,ヒトに特化したコミュニケーションをとることで,我々と良好な関係性を築いてきた.いわばネコはネコ用,ヒト用コミュニケーションを使い分けているという点で,"バイリンガル"といっても過言ではない.我々も他者と円滑なコミュニケーションをとるためには,相手のことをまずよく知ることが重要だ.その情報により,時には相手によってコミュニケーションスタイルを柔軟に使い分けていくことが大切なのではないだろうか.無理はしない程度に相手に合わせたコミュニケーションをとるという絶妙なバランス感覚を我々人間はネコから学ぶべきなのかもしれない.
参考文献
Bradshaw, J. W. (2012). The behaviour of the domestic cat. Cabi.
Bradshaw, J. W. (2016). Sociality in cats: A comparative review. Journal of Veterinary Behavior, 11, 113-124.
Bradshaw, J., & Cameron-Beaumont, C. (2000). The signalling repertoire of the domestic cat and its undomesticated relatives. The Domestic Cat: The Biology of its Behaviour, 67-93.
Driscoll, C. A., Macdonald, D. W., & O'Brien, S. J. (2009). From wild animals to domestic pets, an evolutionary view of domestication. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 106, 9971-9978.
Galvan, M., & Vonk, J. (2016). Man's other best friend: Domestic cats (F. silvestris catus) and their discrimination of human emotion cues. Animal Cognition, 19, 193-205.
Hare, B., Brown, M., Williamson, C., & Tomasello, M. (2002). The domestication of social cognition in dogs. Science, 298, 1634-1636.
一般社団法人 ペットフード協会(2021)全国犬猫飼育実態調査 Retrieved from chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://petfood.or.jp/topics/img/211223.pdf(2022年8月22日 閲覧)
Kaminski, J., Waller, B. M., Diogo, R., Hartstone-Rose, A., & Burrows, A. M. (2019). Evolution of facial muscle anatomy in dogs. Proceedings of the National Academy of Sciences, 116, 14677-14681.
Koyasu, H., Goto, R., Takagi, S., Nakano, T., Nagasawa, M. & Kikusui, T. (2020). Mutual synchronization of eyeblinks between dogs/cats and humans. Current Zoology, 68, 229-232.
Miklósi, Á. (2014). Dog behaviour, evolution, and cognition. Oxford, UK: Oxford University Press.
Miklósi, Á, Pongrácz, P., Lakatos, G., Topál, J., & Csányi, V. (2005). A comparative study of the use of visual communicative signals in interactions between dogs (Canis familiaris) and humans and cats (Felis catus) and humans. Journal of Comparative Psychology, 119, 179-186.
永澤美保・外池亜紀子・菊水健史・藤田和生.(2015).ヒトに対するイヌの共感性.心理学評論,58,324-339.
Quaranta, A., d'Ingeo, S., Amoruso, R., & Siniscalchi, M. (2020). Emotion recognition in cats. Animals, 10, E1107.
Saito, A., & Shinozuka, K. (2013). Vocal recognition of owners by domestic cats (Felis catus). Animal Cognition, 16, 685-690.
Saito, A., Shinozuka, K., Ito, Y., & Hasegawa, T. (2019). Domestic cats (Felis catus) discriminate their names from other words. Scientific Reports, 9, 1-8.
Takagi, S., Saito, A., Arahori, M., Chijiiwa, H., Koyasu, H., Nagasawa, M., Kuroshima, H. (2022). Cats learn the names of their friend cats in their daily lives. Scientific Reports, 12, 1-9.
著者紹介
高木佐保
麻布大学特別研究員,日本学術振興会特別研究員(RPD).ネコ心理学者.2018年京都大学文学研究科行動文化学専攻修了.博士(文学).著書に「知りたい!ネコごころ」(岩波書店),「ネコはここまで考えている」(慶應義塾大学出版)などがある.