穏やかな内海に面する広島県は,長崎県とともに日本の船舶輸出の主力を担う造船の地であり,造船は戦前から地域の基幹産業であった.日本の造船業は1980年代には世界シェアの50%超を占めるガリバー産業であった.しかし,その生産量は2000年には韓国,2009年には中国に抜かれ,現在世界第3位の位置にある.このように日本の産業構造が変換する中,伝統の造船技術を転用して,廃棄物であったもみ殻を加工することで,燃料や苗床,家畜の敷料や飼料を生成し,また浄水の活性炭フィルターを生み出している株式会社トロムソ(以下,トロムソ)に着目する.トロムソは従業員7名の地場企業であるが,既存の事業の枠組みに縛られることなく,基盤技術を生かしながら持続可能なエコシステムの構築を志向して事業開拓を進める姿勢は,レガシーに縛られ経営環境変化への適応を難しく感じている日本企業に対して示唆が富んでいる.様々な関係者との相互作用を通したトロムソの価値共創に基づく経営を3つの視点で概観しながら,地場企業が世界に仕掛けるソーシャルインパクトの可能性を考察していく.

市場との相互作用を通して構築する価値共創のビジネスモデル

トロムソは,主に3種類のカウンターパートとの相互作用を通して,事業機会を拡げてきた.
第一は,農業従事者との相互作用である.上述のように2000年代造船をめぐる産業構造が変化する中,広島県尾道市因島造船加工業のハリソン産業因島の技術者は,これまで培ってきた造船技術を他分野で活用できないか,模索を続けてきた.地縁のコミュニティを通して,農業法人が米作のあと毎年排出されるもみ殻は,自然分解が進まずその処理に苦慮している,日本だけでも毎年250万トンのもみ殻が排出されているという実情を耳にした.同時にもみ殻自体が大変硬度が高い物質であり,粉砕しようとすると通常の鉄製の機械では10時間程度で機器が摩耗してしまう悩みも共有した.一方,造船業界に目を向けると,高硬度のもみ殻の粉砕にも耐える金属加工技術を蓄積していた.そこでハリソン産業因島の経営者であった橋本氏(初代トロムソ社長)をはじめ造船の技術をもつ定年退職した技師が集まり,農家の声に応える形で2006年株式会社トロムソを創業した.造船技術者と農業従事者とが試行錯誤した末,もみ殻を原料とする固形燃料製造装置が「グラインドミル」が開発された.グラインドミルにより生成される固形燃料モミガライトは,体積がもみ殻の1/10と大幅に圧縮されるため,輸送・保管にすぐれ,かつ燃焼時も窒素酸化物、硫黄酸化部物を排出せず,またCO2の排出カウントもされない再生可能エネルギーである.現在,グラインドミルは累計で約130台,農家に出荷されており,農家のビニールハウスや自家用発電,災害に備えた自治体の備蓄燃料として利用されている.こうしてトロムソはもみ殻の利活用を通し,日本の農村において環境負荷を軽減する新しいサービスのエコシステム構築を志向している.

第二は,紆余曲折を経て現在事業化に結び付いているアフリカの稲作文化圏の国々との相互作用である.2012年,トロムソがケニアからJICAの研修生6名を受け入れた際,稲作の国が多いアフリカでももみ殻は社会問題となっており,グラインドミルの活用のニーズが高いという声を聞いた.そこでトロムソはJICA事業に応募をした.2013年に案件調査を行い,2014年から17年にかけてJICA普及・実証事業とタンザニアで行った.タンザニアには,グラインドミルのスタンダードモデルとエコノミーモデルを導入し,固形燃料のモミガライトの販売促進を行った.しかし,タンザニアの既存燃料である薪と比べ価格が高い点,炭と比べ燃焼効率が悪い点,使い慣れていない商品への抵抗などの要因で十分に売れないまま,事業は終了した.伝統的な燃料である薪や炭を使用するということは,森林資源の伐採を意味する.モミガライトが生態系の保全に著しく寄与する優位点は,経済性や生産性を重視する当時のタンザニアでは十分に理解されなかった.

タンザニアの教訓から学んだトロムソは,アフリカに広がる稲作文化圏の大きさを認識し,もみ殻の再生技術であるモミガライトが,単に価格や燃焼効率のみでなく,農作物のリサイクル・生態系の保全という新しいエコシステム設計の視点からも評価される機会がないか,思考を巡らせていた.そこで,2018年に東京のUNIDO(国連工業開発機関)を訪問したところ,環境技術データベースに登録することを紹介された.これにより,海外から照会が格段に増え始めた.

こうした中,マダカスカルで,アロマテラピーの基本成分となるエッセンシャルオイル(精油,植物から抽出した天然素材で揮発性の芳香物質)等の製造を行っているドイツ企業のAS PRO SAVA Association社(以下,AS社)からグラインドミルに関する問い合わせが入った.植物から精油を抽出する際,大量の燃料を使用する.生物多様性に富んだ島国として有名なマダカスカルであるが,生活燃料や精油のような産業用途のための薪炭利用や農地の拡大を背景に森林伐採が深刻な問題となっていた.

一方,米を主食とするマダカスカルではもみ殻は安定的に供給できる状況にあった.また,発酵が進まず自然堆肥になりにくいもみ殻は,南国のマダカスカルでは腐敗が進み環境悪化の要因となっている実情も明らかになった.精油精製に使うボイラーの燃料を薪からモミガライトに置き換えることで,森林保全が可能となり,また窒素酸化物,硫黄酸化部物,二酸化炭素などの排出も抑えることができる.欧州を拠点におくAS社は,経済的な視点のみでなく,環境保全の観点からもモミガライトの効果に着目し具体的な検討に入った.2019年に横浜で開かれた第7回アフリカ開発会議(TICAD7)には,マダカスカル大統領夫妻がトロムソのブースを訪れるなど,マダカスカルとトロムソの相互理解が進み,グラインドミルの導入が実現することになった.同じく稲作文化のナイジェリアでは,日本政府による無償資金協力「経済社会開発計画」が後ろ盾となり,精米会社にグラインドミルが納入されることとなっている.

こうしてトロムソはエコシステム作りの理念を共有できるパートナーと共創し,アフリカの農村においても地域に欠かせない生態系を保全し,かつ環境負荷を軽減する新しいサービスの循環を作り出すソーシャルインパクトの実現を志向している.

図1 燃料としてのモミガライト活用
図2 燃料として進む森林伐採
図3 アフリカ各国で進む稲作
図4 未利用のまま廃棄されるもみ殻

第三は,社会インフラの拡充を企図するアジア諸国との相互作用である.トロムソは,多角化の一環として,モミガライトを炭化させたもみ殻成形炭(もみ殻の炭)を製造し,これを大手化学メーカーに供給している.これを当該メーカーが独特の微細構造をもつもみ殻活性炭に加工し,トロムソはもみ殻活性炭を買い戻しフィルターとして浄水器を開発している.市場で出回っているヤシ殻活性炭に比べ,もみ殻活性炭は除去能力が高く,飲料のコーラをろ過すると透明の液体なるほどの性能がある.また成分の一つであるシリカにより味がよくなる効能もある.トロムソはこの浄水器を,UNIDOが実施する「開発途上国の感染症予防に向けたSTePP技術の実証・移転による海外日本企業支援事業」に応募し,採択された.第1号の採用先はベトナムである.子どもは学校で1日1~1.5Lの水を吸水するが,水道水が飲料に適さないベトナムの小学校では,相応のコストをかけて必要量の飲料水を購入していた.高性能のもみ殻活性炭の浄水器を使用すれば,水道水が飲料に適した水に転化する.南部ソクチャン省の学校や病院などに対し,ビルトイン型の浄水器を200台導入したことで,子ども達や市民・医療関係者に清浄な水を安価なコストで提供できるようになった.試験プロジェクトの終了後は,トロムソはソクチャン省傘下の浄水センターと協力し,商業施設や一般家庭など向けに浄水器を導入する予定である.水資源に課題があるカンボジアに対しても,同様の取組みを行い,市民へのインフラ提供を進める計画である.

トロムソは,もみ殻の利活用で培った技術を基盤に化学メーカーやアジア諸国の自治体と共創し,農業分野を超えた飲料水提供の分野においても経済合理性と環境負荷軽減を同時に志向するサービスエコシステムを構築している.

図5 ベトナムの小学校
図6 活用が進む浄水器

もみでつなぐエコの輪,地産地消,持続可能なエネルギー

瀬戸内海の因島に拠点を置く地場企業のトロムソは,なぜ,このようにグローバルに展開できるのであろうか.同社が市場開発のプロセスで培ってきた,「もみでつなぐエコの輪」という無形資産としての企業理念に着目したい.既述したように,海の企業としての出自を持つトロムソは,産業構造の変化の中で,陸における新しい事業の開発を志向し,その過程で既存技術が従来廃棄されていたもみ殻の加工に寄与できることを発見した.そこから,トロムソはもみ米の2割を占めるもみ殻に着目し,これを起点とする事業を展開して行った(残りの8割は玄米).その中で,もみ殻関連の製品の多角化の可能性,稲作文化が人々の生活や生態系に与える影響の大きさ,稲作を基調とする国々がアジアばかりでなく,アフリカまで広がっている現実をトロムソは学んでいった.

もみ殻を起点とし,国内外の様々な関係者と共創し新たなサービスを作り出そうとするトロムソが実現しようとする社会的な価値は3つある.第1は,農家との共創を通したもみ殻の地産地消である.稲作を行う地域では,米の収穫と共に必ずもみ殻が生成される.各農家は,グラインドミルにより従来の廃棄物を燃料や家畜の飼料・敷料などにその場で変換できる.製品の移動を伴わず,既存の農業圏の中で従来,外から持ち込んでいたエネルギーや食材などの代替の役割を,もみ殻が果たす.自然への負荷を軽減する地産地消が,もみ殻の加工を通して可能となり新たなエコシステムを形成していく.

第2は,途上国の農家や先進国企業などとの共創を通した持続可能なエネルギーの普及である.多くのアフリカ諸国では,日常生活の煮炊きの調理の際,薪や炭を主な燃料として使用している.タンザニアの場合,年間約40万Haの森林が人々の燃料として,伐採・消滅している.計算上,約660台のグラインドミルが導入されれば,こうした森林の伐採を食い止めることができる.アフリカの農業文化には存在しなかったもみ殻利活用による循環経済のサイクルを環境保全の意識が高い先進国企業(ドイツ)との共創により実現できた.こうしたもみ殻の加工文化をアフリカ諸国に広く定着できれば,アフリカの生態系を保全する大きな原動力になる.

第3は雇用の創出である.もみ殻加工を基軸とする生活様式が一般化すれば,地域に様々な職が生まれる.グラインドミルの稼働,モミガライトの流通,すり潰しもみ殻を活用した家畜の敷料・飼料への加工・流通など雇用の裾野は大きい.マダカスカルやタンザニアでグラインドミルを導入した村では,このような新たな雇用形態が生まれている.

こうした自社技術をもとに稲作文化圏の関係者と共創することでもみ殻文化を伝播し,生態系の保全と新しい社会の仕組み作りを志向するトロムソの理念は,同社が蓄積してきた無形資産であり,稲作を営む世界の様々な地域の課題に寄り添いながら新しいソリューションを考案し提案する基盤となっている.もみ殻の利活用による産業化と社会問題の解決を同時に達成する「もみでつなぐエコの輪」という理念をトロムソは発展的に広めようとしている.

更なる社会と生態系への働きかけ 不断に追求する社会へのインパクト

トロムソは,これまでもみ殻加工の事業を拡大しながら,同時に稲作を営むアフリカ諸国の森林保全という生態系を維持するエコシステム作りを志向してきた.端緒についたばかりであるが,マダカスカルで製油事業を展開するドイツのAS社のように環境保全を重んじるパートナーが増えてくれば,稲作文化圏のアフリカ諸国の環境保全に対してより大きな社会的なインパクトを持ちうる.経済性合理性とともに,もみ殻の利活用による持続可能な社会を目指すアプローチの重要性を地域社会に啓蒙し,これが浸透することで地域の暮らしと生態系は大きく改善する可能性がある.

これまでの自然維持活動に加え,トロムソは,新たな事業の柱として,緑を育てる領域,自然を守るだけでなく再生させる分野に挑戦しようとしている.エコシステムの深化である.東レ株式会社は,トウモロコシなどの植物に含まれるデンプンを発酵して作られる乳酸を重合して製造するバイオポリマーで,紫外線に強く耐久性に優れているため植生に適しているPLA(ポリ乳酸繊維)を開発した.PLA繊維はトウモロコシの澱粉から作られた繊維で最終的に水と二酸化炭素に分解されるため,環境への悪影響もない.2022年,トロムソは東レからPLAを用いた砂漠化緑化の特許を取得した.PLAと自社で生成するバイオ炭を配合することにより,従来は農業不適格であった土地で農業を可能にする試みを計画している.これまでバイオ炭は土壌内において炭素を固定することで農作物の生育を促進するとともに,廃棄物であったもみ殻を活用するバイオ炭は高騰する化学肥料に比べ,経済的に魅力的な存在である.途上国で環境保全に取り組むトロムソの姿勢に共鳴した東レ,鳥取大学が技術協力をする形で進みだしたプロジェクトである.セネガル,ベトナムにおいて,実証実験が始まろうとしている.

トロムソは,今後大手企業から資本を受け入れ,自社の活動の幅と規模を拡大することを志向している.もみ殻を加工することで,代替の燃料,飼料・苗床,浄水器のフィルターとして活用することを,農家や市民が当たり前のライフスタイルとして受け入れる市場を作り,同時に持続可能な社会の枠組みを作るためには,グラインドミル・モミガライトなどトロムソの事業がより大きく成長する必要がある.トロムソの志を理解する資本とのパートナーシップの行方が期待される.

地場企業トロムソは,伝統の造船業で培った特殊技術をもみ殻加工という異種の農業分野に適用することで新たな事業・サービスを生み出し,日本の農家のみならず,アフリカ・アジア諸国の地域社会で新たなエコシステム作り挑戦している.もみ殻の利活用は,稲作文化圏の社会が経済発展と持続可能性を両立させる足掛かりとなる可能性がある.日本には,高度成長期に特殊な技術を蓄積している地場産業が多い.様々な市場や地域の関係者との相互作用を通じて,新たな価値・サービスを共創しているトロムソの活動は,伝統技術を有する日本の地場産業が注目するに値するのではないだろうか.

著者紹介

星田 剛

安田女子大学現代ビジネス学部教授.都市銀行において国内外の支店,イオングループにて国際ビジネス・新規事業立ち上げ・環境活動を中心に従事し,2019年4月より現職.

おすすめの記事