はじめに
フレスタは広島県を中心に,岡山県と山口県で事業を展開している食品スーパーである.広島県は,他の県に比べて県民の健康寿命*1が短いという大きな課題を抱えている.これを受け,地元に深く根ざしたフレスタは,2014年にヘルシスト(最上級の健康)スーパーマーケットというスローガンを打ち出した.
現在では,健康食品を数多く取り揃えるだけではなく,健康増進に関する各種サービスも展開している.その中,特に注目されているのは,自社のポイントカード「スマイルカード」と栄養管理のスマホアプリ「SIRU+」*2を連動させることによって,スーパーでの購買履歴から食の栄養バランスを可視化し,個々の顧客の健康ニーズにマッチした商品を提案する健康増進サービスである.
高齢化やデジタル化により,「Retail as a Service」が進んでいる日本のスーパー業界では,健康増進サービスを開発・提供し,地域住民の健康を促進することが,より一層求められるようになっている.
本記事では,フレスタがどのように顧客やメーカーなどのステークホルダーを巻き込んで地域住民のヘルスケアに取り組んでいるのかといった点に関してサービス学の価値共創の観点から,株式会社フレスタホールディングス取締役山城浩壮氏にインタビューを行った内容を紹介する.なお,インタビューの実施日は2024年2月29日である.
インタビュー
ヘルシストスーパーになった背景
胡:フレスタは,ヘルシストスーパーとしてよく知られています.まず,フレスタがヘルシストスーパーになった背景についてお伺い致します.
山城浩壮氏(以下,敬称略):
弊社がヘルシストスーパーマーケットという目標を掲げたのは2014年です.世界で最も早く高齢化が進む日本にあって,地域の皆様の健康寿命を本気で考えるお店になりたい. そして,「フレスタのある街は,みんなが健康になる」と言っていただける未来をめざしますという「フレスタウン構想」を掲げました.まずは広島県の健康寿命の延伸というところに取り組みたいと考え,食というのは,もともと健康に関係性が強いので,地域の皆さんの健康を司るものとしては,そこを第一に考えていくべきだと思いました.
そして,健康経営をするために,現在は健康というカテゴリーの商品開発だけでなく,シルタスさんとの連携による健康増進サービスなども提供しています.それ以外に,従業員の健康管理にも注力しています.やはりお客さんに健康というものをうたう前に,まず自分たちが健康にならないといけない.健康的でない方が売るものやサービスが本当に健康なのか,ということもあるので,まずは自分たちから健康になろうと考えています.現在,健康宣言という形で,名札に一年間の目標(ダイエット何キロとか,野菜や魚をたくさん食べるとか)を書いて,一年経ってからその目標実現はどうだったのか.そういうことは,毎年テーマを変えて従業員全員でやっています.
栄養管理アプリを運営するシルタス株式会社との連携のきっかけ
胡:栄養管理のスマホアプリ「SIRU+」を運営するシルタス株式会社との連携のきっかけについてお伺い致します.
山城:「地域の健康を手伝いたい」という思いが私たちと一緒でした.最初は,シルタスさんから,「生活者の健康を守りたいという思いからアプリを開発した」という話を聞いておりました.食というものは,健康には非常に重要性があります.スーパーは生鮮食品を中心に買うお客さんが大多数です.お客さんにアプリを利用してもらえば,スーパーで買うそういった食材データを蓄積していくことが可能です.それによって,個々のお客さんがどういった栄養素が足りないかとか,どういった栄養素を過剰に摂取しているかとか,というのをアプリ内で可視化できる.そうすると,「あ,自分が今こういう栄養素が足りていないかな.こういうものをより食べた方がいいなあ」という形で健康管理をより簡単にしてもらうことができる.そういうアプリ開発の話でした.
私たちもヘルシストスーパーマーケットという目標を掲げたので,まさに地域の方の健康を守りたいという思想に共感し,「では,連携してみましょう」と弊社のポイントカードとシルタスのアプリ「SIRU+」を連動させました.
胡:なるほど.サービス学の中で,顧客や他業界の業者などを巻き込んでより良い価値を一緒に作り出す,いわゆる価値共創がここ数年大きなテーマになってきています.先ほどのお話を聞いて,フレスタさんは,その通りだな,デジタル化を通じて,顧客やそのほかの利害関係者,例えばシルタスさんのようなIT企業,食品メーカーなどと一緒に「ヘルスケア」という価値を創造されているんだなと感じました.
「地域のヘルシスト」という価値を共創するためには
(1)顧客を巻き込む―レコメンド商品の無料配布とポイ活の楽しさ
胡:地域の健康という価値を作り出すために,やはり第一歩として顧客を巻き込むことが大事ですね.
山城:そうですね.どんなに素晴らしいアプリであっても,使ってもらわなければ意味がないです.
胡:最初は,どのように顧客に「SIRU+」アプリをダウンロードして使い始めてもらうのでしょうか?
山城:導入当初は,店舗限定でダウンロード連携キャンペーンを数か月間行っていました.横川本店でスタートした際に,「SIRU+」アプリをダウンロードしてスマイルカード*3と連携したお客さんには,毎回の買物に5倍ポイントにするという形での倍付サービスをしていました.
胡:なるほど.ポイント倍付でアプリのダウンロードを促進するんですね.では,ダウンロードした後に,どのように使い続けてもらうのでしょうか.たとえ使い始めても,長く使い続けないと,行動変容になかなかつながらないですね.そうなると,健康という価値が作れないですね.
山城:そうですね.お客さんがダウンロードしたとしても,使わないアプリはすぐ消されたりします.その課題を解決するために,2つの施策を考えて実行しました.
まずは,「SIRU+」アプリで提案する商品を「実質無料配布」となるクーポン施策です.「SIRU+」アプリでは,個々のお客さんの栄養状況によって足りない栄養素を補う商品を勧めます.メーカー様も巻き込んで,健康的な提案にご協力をいただきました.具体的に,アプリをダウンロードして連携されたお客さんに,アプリ内で提示するレコメンド商品を一つ購入いただくと,後日その購入いただいた金額分のポイントを付与するという「実質無料配布」というキャンペーンなどを試みました.
しかし,お客さんの行動変容を起こすには,提案商品の無料配布だけでは足りません.そこで,アプリのデザインもシルタスさんに改善してもらいました.具体的に,私たちがシルタスさんと協議し,「毎日アプリを開くときは,どんな時なのか」というところから入りました.「ゲーム性があった方がいいんじゃないか」と考えて,「SIRU+」ポイントというアプリの独自のポイント制度を作ってもらいました.アプリ内のレコメンド商品に「SIRU+」ポイントが掲載されてそれを購入すると,どんどん「SIRU+」ポイントがたまっていくというシステムです.アプリ内でそのポイントがたまると,「SIRU+」の1万ポイントとフレスタの会員カードのポイントと交換できます.そうすると,お客さんがアプリを利用して健康管理することで,ポイ活のような喜びを感じられ,利用し続けられるではないかという話があって,機能実装されたという経緯があります.
胡:なるほど.やはり何らかのインセンティブを与え(不足している栄養素を含む商品を無料配布したり,ポイ活のような楽しさを感じさせたり),毎日アプリを開いて自分の栄養状況やそれに合わせたレコメンド商品をチェックする習慣をつけさせるのが非常に大事ですね.
山城:そうですね.健康なものばかりが売れているかというと,そうでもないですし,健康によいとわかっていても,行動できないのが人間だと思っています.例えば,ハンバーガーやシュガーが体に悪いということは分かっているのに,食べてしまいますよね.健康以外に,おいしさであったり,楽しさであったり,子供の喜ぶ顔であったりと,色々な要素を含めることによって,健康増進サービスの継続利用や行動変容につなげられると思います.
行動変容というのは,いろんな要素が絡んで生じるものだと思います.アプリを開いてもらう,使ってもらう,それを使ってフレスタに来てもらうというようなものって何があるかなと思い,その1つがポイ活なのではないかと思います.我々が持っているサービスとして,そこと連携できるのはポイントです.
正直,健康だけの軸だと人間の行動変容には直接つながらないというのは私たちにとってもずっと課題でしたので,お客さんがどういったものに反応して,どういったことによって行動を変えてくれるのかを,日々仮説を立てながら施策を行い検証しています.
(2)エコシステムの構築
胡:広島県から支援はあるのでしょうか?おそらく県も健康寿命の問題に悩んでいますよね.医療費の増大などにつながりますので.
山城:そうですね.広島県は健康寿命に積極的に取り組んでいます.シルタスさんが申請して広島県から補助金*4をいただいていたんです.
胡:先ほど,メーカー様も巻き込んだというお話がありました.具体的に,どのようなメーカーさんをどのように巻き込んだのかを教えていただけますでしょうか?
山城:私たちがいくつか健康的な商品を持つメーカー様に絞ってアプローチしました.それらのメーカー様に,「シルタスさんとこういう取り組みをするので,ご協力いただけないでしょうか」と声を掛けました.
胡:なるほど.やはり先ほどおっしゃった通り,顧客に還元して健康という価値を提供するためには,仕入先であるメーカーも小売代理店である自分も儲けられるようなwin-win関係を構築することが大切ですね.
(3)他の小売業者の巻き込み―データ共有とサービスの質向上を目指す
胡:健康的な商品を持つメーカーさん以外に,他の小売業者の巻き込みについてはどう考えられていますか?
山城:地域住民の健康増進はフレスタとシルタスだけでするべきものではないので,他社様も同じように買い物データを共有できれば,一番いいと思います.例えば,お客さんがフレスタだけで買い物するとしたら,「SIRU+」が非常に有効なアプリになり,より正確に健康管理できるようになります.しかし,実際にお客さんは私たちの店だけでなく,他の店でも買い物します.やはり一つのスーパーだけだと,お客さんの食生活に関するすべてのデータを蓄積できないんです.一つの限定的なスーパーではなく,地域におけるすべてのスーパーマーケットの買い物データが一つのデータとしてまとまって,お客さんは自分の栄養状況がある程度目安として見られるということになった時には,本当に強くなるという気がします.そういう意味で,色々な連携スーパーを増やす必要があると思います.
胡:なかなか難しいですね.スーパー以外に,コンビニの巻き込みは考えていますでしょうか.一人暮らしの多忙なサラリーマンの場合,食品スーパーだけでの購買履歴から,顧客の全体的な栄養状況を把握しにくいような気がします.例えば,平日はコンビニのお弁当などを食べて,土日だけ食品スーパーで買い物して自炊するというパターンが多いと思います.
山城:現時点ではまだ考えていません.技術的な課題があり,「SIRU+」のカテゴリーはそもそも生鮮食材がメインなので,コンビニさんの惣菜の栄養成分は現在分析できません.また,同じ惣菜であっても,その栄養成分はコンビニ各社違います.そのため,生鮮食品の比率が低いコンビニさんとか,ドラッグストアさんとかは難しいと思います.色々探れば探るほど,課題は出てきますね.
でも,私たちは,地域の健康増進というのは,一朝一夕にはできることではないと最初から分かっていますので,「地域を健康にしたい」と同じ志を持つシルタスさんと手を組んで地道に努力を重ねて行こうと思っています.微力ですが,まずは小さな動きからやりましょうという気持ちです.
今後の展望について
胡:やはり地域全体の健康増進は,時間がかかりますよね.顧客の意識の変化とか,ほかの小売業者の巻き込みとか,自治体とのより密接な連携とか,いずれも時間や労力を要します.では,最後に,今後の展望についてお伺い致します.
山城:私たちにとっては,デジタル化が非常に重要になっています.高齢化が進む中で既存のお客さんにいかにより良い価値を提供し,長く健康でいてもらうのかが大きな課題です.その課題解決のために,「SIRU+」アプリと連携してお客さんのデータを蓄積するといったデジタル化の努力を通じて,来店したお客さんがどのような健康ニーズを持っているかを分析しつつ,スーパーに置いてある商品の品揃えを改善したり,健康増進サービスの質を向上させたりすることが大事だと思います.
ゴールとしては,我々の商圏内のお客さんが健康的な生活を送れるように,食やアプリといったツールによってお手伝いができればと思っています.そのために,シルタスさんといろいろな打ち合わせをしながら,アプリをより良いものにブラッシュアップにしていけばいいなあと思っています.私たちもいろいろなアイディアを出しながら提案をし続けますし,お客さんからのご意見も聞き入れて,コミュニケーションを取っていきたいと思います.
胡:なるほど.デジタル技術を活用して「ヘルシストスーパー」という戦略をとり続けて,地域の方々によりよいヘルスケアを提供することですね.素晴らしいと思います.
インタビュー後記
健康づくりは難しいことである.健康になると,いろいろな喜びやメリットがある.とはいえ,食事などに気を配って健康生活を送ることに非常に負担を感じて結局やめる人も多い.そのジレンマを解消するために,健康づくりの負担をシェアし,社会的にも健康増進をサポートして健康になることのコスト(栄養管理の手間や時間,心理的な負担など)を下げて,利益をコストが下回るようにしていく必要がある.
その中,重要なのは,地域の健康増進という共通の目標を掲げて,食生活に深く関わる他のスーパー,メーカー,自治体政府などを巻き込む仕組みを作ることである.そうすると,顧客が健康に気をつけながら暮らすためのコストが下がるので,顧客満足やロイヤリティが高まり,結果的にスーパーの売上の向上につながる.スーパーの売上が上がることでメーカーの売り上げにも寄与し,メーカーにとってもプラスに働く.そして,スーパーやメーカーが安定経営を維持するための資金を獲得できれば,次の健康サービスの進化に投資できて,さらに顧客に還元できる.最終的に顧客の健康維持が容易になってきて,その先に地域の医療費の削減ができ,社会全体の負担の軽減につながる.このような持続可能な好循環を形成するときに,「真」の価値共創が実現できると思う.
そういう意味で,顧客,自治体やメーカーを巻き込んで広島県の健康寿命延伸に取り組んでいるフレスタは,すでに食品スーパーの枠を超えて,健康インフラとして地域の方々の健康を支える先駆者だと言える.ヘルシストスーパーであるフレスタのさらなる進化を期待したい.
識者紹介
山城 浩壮
株式会社フレスタホールディングス取締役.
著者紹介
胡 怡
広島経済大学経営学部経営学科助教.博士(経営学).
デジタル技術を活用したサービスやヘルスケアサービスに関心.
脚注
- 厚生労働省によると,健康寿命とは,「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」である.
- IT企業であるシルタス株式会社が開発・運営する栄養管理のスマホアプリである.
- フレスタのポイントカードである.
- シルタス株式会社は,提案した「健康管理アプリ「SIRU+」を用いたニューノーマル時代のヘルスケアサービスの在り方」というプロジェクトが,2021年に広島県事業ひろしまサンドボックス「D-EGGS PROJECT」として採択され,県から補助金をもらった.