はじめに

これまでの企業や行政の組織の在り方を振り返ると,工業化以降,科学管理法や総合的品質マネジメント等の手法が主流であった.ここでは,特に品質と効率が重視され,現場レベルの業務内容は細かく定義されており,ソリューション等を検討する創造的な活動はあくまでマネジメント側で検討すべきものとされてきた(エイミー 2014).しかし,近年,デジタル技術の発展やDX,脱炭素社会実現に向けたGX等の進展に伴い,市民や顧客からのサービス要求が一段と高まっており,企業や行政では,新規サービスの創出や既存サービスの改善等への期待から,これまでの組織の在り方を見直し,新たな体験価値を生み出すサービスデザインの組織導入・浸透を加速している.たとえば,行政では,英国政府が2011年にGovernment Digital Serviceを立ち上げ,行政サービス全体のデジタル化を推進すると同時に,サービスデザインの考え方を省庁横断で普及させる取り組みを行っている(UK Cabinet Office. 2012)(Maude 2013).カナダでもCanadian Digital Serviceが中心となってサービスデザイン概念を導入し,行政手続きをユーザフレンドリーに改革している(Canadian Digital Service. 2025).国内でも,デジタル庁内にサービスデザインチームが発足し,生活者視点での行政サービス実現に向けてサービスデザインの考え方やプロセスを取り入れ,省庁内へのサービスデザインの普及を推進している(浅沼 and 大橋 2020).企業では,IBMが,デザイナーやエンジニア,営業職など多様な職種がサービスデザインを学習し,ユーザ価値を核としたプロセスの全社的な実践を推し進めている(Kelley and Kelley 2013).子供向け玩具で知られるLEGOは,公式アプリやテーマパークなどの体験価値が含まれたビジネスモデルへ移行する際に,サービスデザイン浸透を進め,社員が創造性を伸ばすための学習やコミュニケーションの場の整備を進めている(Robertson 2013)

サービスデザイン浸透に向けた課題

一方で,サービスデザインの組織浸透に向けた課題も指摘されている.長谷川(2018)は,特に初期フェーズにおいて,組織がサービスデザインに対して懐疑的で投資を獲得しづらい点を指摘している(長谷川 2018).また,伊藤(2018)は,サービスデザインの要素の1つである人間中心デザインについて,科学管理法等に基づく組織マネジメントがなされてきた組織において,浸透に向けた職場実践を促そうとすると,場合によっては不安や自我同一性の揺らぎ,従来型任務意識が強いが故の反発等の問題があり,学習意欲低下を招くリスクがあることを指摘している(伊藤 2018)

このように,行政や企業内では,新たな体験価値を生み出すべく,サービスデザインやその要素となる人間中心デザイン等の浸透に向けた取り組みが推し進められている.その実践には,サービスデザインの要素にあたる人間中心デザイン等の方法論やそれを担う人々のプロアクティブな姿勢が求められるが,従来のトップダウン型の管理体制による業務推進に慣れ親しんだ人々にとっては戸惑いも多く,必ずしもスムーズに受け入れられるとは限らない.従来とは異なる特性を持つサービスデザインを浸透・普及させていくことは容易ではない.

また,サービスデザインの浸透に向けた諸活動では,持続可能性の観点から,システムやツールを使いこなすだけでは不十分であり,組織構造やプロセス,習慣,日常業務,価値観,文化を含む組織体制全般の調整が必要であることが指摘されている(マーク他 2019).よって,組織内のサービスデザイン推進者は,こうした面にも配慮しながら,業務のフロントラインに立つ人々も含め組織内の多様な層の期待やニーズを鑑みて推進していると推察される.一方で,そうした推進者たちは手探りで進めていることも多く,自分たちが果たしている役割に無自覚であったり,サービスデザインの手法すら意識していなかったりする場合もあり(ダニエラ and アリソン 2019),推進者をはじめとする組織浸透にむけた取組やそれにまつわる知見は明文化されづらい側面があると推察される.

おわりに

以上のように,技術の進展に伴って新たな体験価値を生み出すサービスデザインの需要は高まっているが,組織浸透に向けた取組や知見は明文化されづらい状況にある.そこで本特集では,サービスデザインの考え方やアプローチを組織に浸透させていくような取組,デザインしたサービスそのものを組織に浸透させていくための取組等,サービスデザインの浸透と組織に関連する事例やトピックを取り上げる.これにより,企業や行政における推進者の方々をはじめとする,サービスデザインの組織浸透に関心がある方々にとって有益な情報を発信することを目指す.

参考文献

Canadian Digital Service. (2025). Service Design at CDS. Retrieved from https://digital.canada.ca/service-digital-toolkit/user-centred-design/service-design-at-cds/(2025/3/18アクセス)
Kelley, T. & Kelley, D. (2013). Creative Confidence: Unleashing the Creative Potential Within Us All. Crown Business.
Maude, F. (2013). Government Digital Strategy: December 2013 – GOV.UK. London: Cabinet Office.
Robertson, D. (2013). Brick by Brick: How LEGO Rewrote the Rules of Innovation and Conquered the Global Toy Industry. New York, NY: Crown Business.
UK Cabinet Office. (2012). Government Digital Strategy. London: Cabinet Office.
浅沼尚,大橋正司.(2020).デジタル庁における行政サービスデザインの始動,行政&情報システム.一般社団法人行政情報システム研究所,3-8.
伊藤昌子.(2018).職場への研修転移の促進―役割モデルの育成と人間中心デザインの訓練,産業教育学研究,48(1),11-18.
エイミー・C・エドモンド.(2014).チームが機能するとはどういうことか.英治出版,22-62.
ダニエラ・サンジョルジ,アリソン・プレンディヴィル.(2019).Designing for service.サウザンブックス社,72-87.
長谷川敦士.(2018).サービスデザイン企業導入の課題と解決.サービソロジー,5(1),12-19.
マーク・スティックドーン,アダム・ローレンス,マーカス・ホーメス,ヤコブ・シュナイダー.(2020).THIS IS SERVICE DESIGN DOING.ビー・エヌ・エヌ新社,487-509.

著者紹介

中村 優花
株式会社日立製作所研究開発グループデザインセンタ.HCD-Net 認定人間中心設計専門家.デザインリサーチを通じたHuman Centered Designによる製品・ソリューション開発やサービスデザイン手法研究に従事.

三竹 祐矢
東京大学人工物工学研究センター 助教.東京都立大学大学院修了後,2023年4月より現職.サービス工学,ライフサイクル工学の研究に従事.

小早川 真衣子
東京藝術大学大学院美術研究科デザイン専攻修了.博士(美術).多摩美術大学,愛知淑徳大学CCC,産業技術総合研究所人工知能研究センターを経て現職.デザインを社会的な実践にする方法と方法論の研究に従事.

東條 直也
Visiting Research Fellow, Helen Hamlyn Centre for Design, Royal College of Art.博士(工学).KDDI株式会社入社後,株式会社KDDI総合研究所を経て,2024年よりKDDIから現職に派遣.参加型のデザイン研究に従事.

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