「無形財」と呼ばれてきたように,サービスは高度に抽象的で捉えがたい存在だ.だから,その実体を少しでも捉えやすくするために,体系的で一貫した説明の枠組み —理論— をつくることが求められる.理論と,その構成要素である概念がなにもなければ,現場のどこにサービスを見出してよいかも,人がみてとるのは難しいだろう.サービスの理論と概念をつくり,それを身につければ,サービスが提供者と消費者の相互作用のうちに提供されるものであること(サービスエンカウンター),また物理的環境のなかで提供されるものであること(サービススケイプ),裏舞台で準備したものを表舞台で提供していること,その価値は提供者と消費者が共につくりあげるものであること(価値共創)などがみえてくるようになる.
こうした理論化ないし概念化の蓄積によって,サービスが,いま−ここの現場を超えた社会の広い範囲に跨る存在であることもみてわかるようになりつつある(ズーミングアウト).サービスを市場参加者間のネットワークとしてみたり,生態系(エコシステム)としてみたりといった具合である.近年のサービスドミナントロジック(以下SDL)の内容が,ほとんど社会の一般理論とでも呼べそうなものに近づいていっていることは,一社会学者である筆者にとっても興味深い(SDLの論者はSDLを理論とは呼ばないが).こうして,社会のあらゆるもののなかにサービスを見出すことができることがわかってくると,理論構築の仕事に取り組むのも,経済学者のみならず,より広範な分野の専門家たち—経営学者,人間工学者,心理学者,社会学者など—が手を携えて取り組む仕事になってくる.
SDLの登場以降,サービス研究のなかで理論的なアプローチが存在感を増している.理論と実証をつなぐ(マートン流の)中範囲の理論を構築する宣言もなされており(Vargo and Lusch 2017),経験的研究による検証との連携という意味でも,サービス理論への期待が高まっているといえよう.抽象的な議論に終始しないよう,現場の実践や事例,経験的研究に引きつけて論じることに留意しつつ,サービスを理論化する試みの動向を届けていきたい.
参考文献
Vargo, S. L., and Lusch, R. F. (2017). Service-dominant logic 2025. International Journal of Research in Marketing, 34(1) 46–67.
著者紹介
平本 毅
京都府立大学文学部和食文化学科准教授. 博士(社会学).立命館大学大学院社会学研究科博士課程後期課程修了後,京都大学経営管理大学院特定講師などを経て,2020年より現職.主として接客場面の会話分析研究に従事.