はじめに

昨今の新型コロナウィルス感染症の流行による社会的な制約を受ける状況下で,私たちはこれまで当たり前と思っていた自分たちのコミュニケーションおよびその手段の問い直しを迫られてきた.その結果,これまで手段と思っていなかったツールや技術に手を延ばし,そこに新たなコミュニケーションのかたちの可能性を見出している.特に興味深いのは,多様化するツールや技術の活用が,作業の効率や便利さのみならず,多様な人と人とのつながりをもたらしている点だ.
そこで,本稿では,インクルーシブデザインの実践として,障害者と共創するワークショップを仕掛けているPLAYWORKS(株)代表 タキザワケイタ氏へのインタビューを通して,立場の異なる人たちとの共創から「コミュニケーション手段の活用」を議論する意義について考えたい.

図1 タキザワ氏へのオンラインインタビューの様子

インクルーシブデザインについて

小早川 まず,タキザワさんが取り組まれているインクルーシブデザインについて教えてください.

タキザワ氏(以下,敬称略)インクルーシブデザインは,これまで製品やサービスのターゲットとして認識されていなかった人たちと一緒に,ゼロから新しい価値を共創していくアプローチです1).私の会社であるPLAYWORKS株式会社や,リーダーをつとめる一般社団法人PLAYERS(以下PLAYERS)では,視覚障害者や聴覚障害者,車いす利用者,義手使用者などの身体障害者をパートナーとして活動しています.

小早川 インクルーシブデザインのどのようなところに醍醐味を感じていらっしゃいますか?

タキザワ 障害者向けのサービスデザインを2年間ほど実践して感じていることとして,障害当事者は障害が原因でできないことを,健常者と同じようにできるようになりたいというウォンツが強く,無意識にマイナスをゼロにしようとします.もちろんそれもすごく大事なんですけれども,それでは,改善案で留まってしまうことが多い.
逆に,障害があるからこそ生み出せる価値だってあるんじゃないか,つまりマイナスをゼロに近づけようとするのではなく,マイナスからプラスを生み出す活動を障害当事者と共創,コ・デザイン(Co-design)したいと思いました.今日はこの考えに共感してくださった日本マイクロソフト(株)さんとのプロジェクトを紹介します.

最適なコミュニケーション手段をお互いに見つけていく共創ワークショップの実践

小早川 そのプロジェクトでは,具体的にどのようなことに取り組まれているのですか?

タキザワ 「聴覚障害者が熱狂するエンタメコンテンツを共創する」をテーマとしたワークショップを開催しました.先ほど言ったマイナスからゼロではなく,マイナスからプラスを生み出す試みです.
ワークショップでは6グループに分かれ,その中に一人ずつ聴覚障害者がリードユーザーとして参加しました.また,このワークショップの特徴のひとつは,メインファシリテーションをPLAYERSメンバーの聴覚障害者が担う点です.手話でおもむろにファシリテーションを始めるので,参加者はまず戸惑いますね.
1日のワークショップで午前と午後のフェーズに分かれています.まずは午前.集まった参加者は耳栓をして過ごします.そして,音がない中で「血液型で分かれましょう」や「誕生日順に並びましょう」,「出身地で地図をつくりましょう」といったワークを行います.また,各グループには様々なコミュニケーションツールを用意しておきます.テーブル全面のホワイトボードシートや音声認識で発話を文字に変えるアプリ,筆談ボード,議論をリアルタイムに視覚化するグラフィックレコーディングなどです.参加者は,様々な手段を駆使して,先ほどの音がないワークでの気づきを自分のチームのリードユーザー,つまり聴覚障害者にシェアをします.このように,まず強烈な疑似体験をしたうえで,自分のチームの当事者の方との心地よい最適なコミュニケーション手段をお互いに見つけてく.これがワークショップ前半のポイントです.

小早川 ワークショップに参加している人たちは,普段の自分にとって最適な手段のみでは,そこにいる他者とのコミュニケーションを図ることができないことに気づくわけですね.その気づきが,自分の当たり前と思っていた手段をそれぞれが手放して歩み寄る機会になっていると思いました.

タキザワ はい.午後は「障害が理由で諦めているけど,本当はチャレンジしたいこと」という聴覚障害者のやりたいことを叶えるアイデアを考案していきました.例えば「筆談をもっと楽しくしたい」や「アナウンサーになりたい」,「修学旅行の夜の恋バナに入りたい」などです.その願いをもとに考えたサービスや製品のアイデアをプレゼンテーションして,聴覚障害者が審査員を務めました.
このワークショップに参加した聴覚障害の大学生がワークショップ後のインタビューで次のように語っていました2)
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今日のワークショップに参加して一番思ったのが、素直に楽しいということでした.特に楽しかったのが,同じチームのメンバーでテーマについて話し合う時間がすごく楽しかったです.今までのワークショップでは,何か「自分の困難」について話し合うことが多かったんですけれども,頂いた意見に対して何か「自分の楽しさ」を追い求めるためには,ちょっと強い気持ちで「これは…ちょっとずれているな〜」だとか,そういうことを言いやすくて,自分でもちょっとびっくりしました.それによって,ちょっと今までより深い話ができて,お互いにすごく良い話し合いができて楽しいなと思いました.
―――――
聴覚障害者って,そもそもコミュニケーションに相当ハードルあるので,健常者と普通に対等に話せるってこと自体が稀なことです.彼の語りは,大人数の健常者とのチームの中で,それができたこと自体が嬉しかったということではないかと思います.
また,自分の課題やこうしてほしいという要望を,企業の人たちが一生懸命考えてくれるような時に,ちょっと違うと思っても申し訳ないから「違う」と言えないんだそうです.
でも,今回は本当に自分がやりたいことに対して,チーム内の関係性ができていたからこそ「強い気持ちで」言えたんだと.

小早川 そのような状況を作り出せた理由は何だと思いますか?

タキザワ 当事者が「本音を言ってもいいんだ」と思えるような場やプログラムをデザインできたからだと思います.この大学生の本人の「びっくり」という表現が面白いなと思っています.自分も言えた,言えた自分に驚いているんですね.これはすごく私自身も励みになりました.
小早川 そのような異なる立場の人たちがフラットな関係になることは,障害の有無に限らず結構難しいことですよね.どのようなことがきっかけになってそうした関係性の変化が起きるとお考えですか?

タキザワ そうですね.グループワークになると健常者同士で話してしまって,聴覚障害者が置いてきぼりになっている状況がよくみられます.そうした状況をいかに変えられるかが重要だと思います.
先ほどのワークショップでは,お菓子や飲み物を会場の後ろ側に用意していたんですよ.でも,まだ誰も取っていなかったので,聴覚障害のあるファシリテーターに「後ろにあるお菓子を食べていいよ」というのを手話で伝えてもらったんです.そうすると,そこにいる健常者たちは分からない.でも,チームの聴覚障害者は手話が分かるので,「お菓子がある」と伝えようとする.健常者たちは,その文脈がわからないので「なに言ってるの?」となるわけですが,初めて聴覚障害者から教えてもらうという体験をしたんです.

小早川 役割を転換させたということでしょうか?

タキザワ はい.そもそも,健常者は障害者に何かを教えることはあっても,教えてもらうという意識はありません.そこに,すでに無意識のバイアスがあるのだと思います.そのバイアスを取り除かない限りフラットな関係にはなれない.だから,あえて全く真逆の体験をつくってみたんです.

共創から生まれた成果:顔が見える筆談アプリ

小早川 ご紹介いただいた共創ワークショップでは,視覚障害者のやりたいことを叶えるアイデアをチームで考えることに取り組まれたとのことでした.その成果について教えてください.

タキザワ 成果のひとつに,お互いの顔を見ながら筆談ができる「WriteWith」というアプリケーションがあります3).これは,このワークショップで出たアイデアをもとに日本マイクロソフト社と共同開発したものです.コロナ禍における聴覚障害者のオンラインコミュニケーションツールとして実用化の要望を受けて2020年4月にプロジェクトを再始動しました4)

小早川 どのようなものか,簡単に教えてください.

タキザワ タブレットの画面に自分の顔と相手の顔が表示され,お互いに相手の顔を見ながら筆談することができるものです.また,文字認識機能や顔の表情を認識し,表情に対応したアイコンをリアルタイムに表示する機能があります.表情に合わせてアイコンがコロコロ変わるので,自分の表情も意識するようになる.また,相手のアイコンが笑顔になると嬉しくなったり,逆に怒ったアイコンになると気になったりして,新しいコミュニケーションが生まれます.
ワークショップで,そのアイデアを出したチームのモチベーションは,実は先ほどインタビューで自分の思いを語っていた大学生の男の子に関係があります.彼が,チームメンバーに“障害が理由で告白できなかった”という経験を伝えると,メンバーが「これはどうにかせねば!」と共感し,それがアイデア創出のモチベーションになったんですね.
詳しくヒアリングをしていくと,公の場での聴覚障害者のコミュニケーションは筆談しかないことがわかりました.私もですが,手話ができる方はまだ少ないです.しかし,筆談は紙とペンが必要ですし,急にお願いしても健常者は慣れてないため「字が汚いので」だとか「忙しいんで」といった理由を付けて断られてしまうそうです.また,役所などでは筆談ボードが用意されていますが,書いている時は相手の顔が下を向いているために表情が見えない.聴覚障害者は相手の表情や口の動きが見えないと,不安を感じてしまうそうです.また,筆談は書いて,見せて,読んで,書いて…のように,どうしても一方通行のやりとりになってしまうというのが,現状の課題でした.

小早川 この「WriteWith」は,健常者であっても使ってみたいですね.この「顔が見える」というアイデアは,どのようなことから発想されたのですか?

タキザワ 先ほどのワークショップで「何か面白いことを伝えようと筆談している時には,顔がニヤニヤしている」という発見がありました.面白いことを想像しながら書いてるからですね.しかし,書いたものを相手に渡す時には,もう真顔になってしまっている.そこから「喋るよりも書く時のほうが表情が豊かなのではないか?」という仮説を立て,書いている時にも顔が見える筆談アプリというアイデアに辿り着きました.

小早川 よくわかりました.これまでにプロトタイプを開発して,実際に聴覚障害者の方々に使ってもらうリサーチをされているそうですね.

タキザワ はい.プロトタイプの体験会に参加いただいた聴覚障害者からは「相手の表情から感情が伝わってくる」や「健聴者に“わからない”と素直に言える」というフィードバックをいただいています.リサーチでの一番の気づきは,相手の状況に合わせて手段を選べることの重要性でした.手話ができる人であれば手話でもいいんですよ.さらに口を読める,口話ができる人は喋ればいいし,それもできない人は筆談すればいい.そうしたコミュニケーション手段の選択肢があって,状況に応じて最適なもの選べることはすごく大事です.例えば「“分かんない”ボタンを作ってほしい」といったアイデアをもらったのですが,分からないことを気軽に伝えられる手段があることや,分からないと言ってもいいと思える状況をデザインすることの重要性に気付かされました.今回,それらが実現できたことで,聴覚障害者が健聴者と対等にコミュニケーションを楽しめるツールになったと思います.

図2 顔が見える筆談アプリ「WriteWith」

オンラインの価値

小早川 先ほどタキザワさんが仰っていた「コミュニケーション手段の選択肢があって,状況に応じて最適なもの選べる」ことは,障害者だけではなくコロナ禍で新たなコミュニケーション手段を模索する私たちにとって大切な視点と思いました.コロナ禍になって改めて気づいたことや取り組まれたことを教えてください.

タキザワ オンラインワークショップをトライ・アンド・エラーでやってみてすぐに,オンラインでリアルを再現しても駄目だということを直感しました.劣化版にしかならないからです.そこでまず最初に,これまでにリアルのワークショップの実践から培ってきた経験やノウハウを捨てました.それらはむしろバイアスになってしまうと考えたんです.そして,オンラインという条件や制約を受け入れた上で,どのように体験をデザインできるか? 目的達成のためにはどういう手段がいいのか? ということを,ゼロからデザインし直しました.
また,コロナ禍の間にいろいろなチャレンジして,どれだけオンラインの発明をできるかが重要と考えました.今後,リアルとオンラインのハイブリッドになった時に,ワークショップデザイナー,ファシリテーターに求められるスキルとして,相当難易度が上がるからです.つまり,リアルとオンラインそれぞれの良いところ,悪いところを熟知した上で,目的や内容に応じて最適に組み合わせたプログラムのデザインが求められるようになると.

小早川 タキザワさんの考えるオンラインワークショップの価値はどのようなところにありますか?

タキザワ 一番は,場所を問わないことですね.これは,これからの社会が共創や多様性を重視していくという意味でとても重要だと思います.例えば,ある化粧品のパフを作ってる会社があるのですが,そこで使っているのがマレーシアの天然ゴムなんです.おそらく,そのマレーシアで天然ゴムを作られている人は,最終製品であるパフが利用されているシーンを見たことがないかもしれない.逆のことも言えます.もし,そういうものづくりのプロセスの過程に関わっている人たちをオンラインでつないで対話をしたら,どんなことが起きるだろう?そんなことを考えています.また,視覚障害者とのワークショップをオンラインで実施する際にアイマスクをお送りして,自宅で視覚障害の疑似体験をやってもらうのですが,普段暮らしていて慣れているはずの家が,まったく使えなくなる.例えば,目隠しをして手を洗った際に「手は洗えたけどタオルが分からなかったので,そこら辺に落ちていた洗濯物で手を拭いた」という方がいました.これは,リアルなワークショップ会場では体験できないことです.

小早川 一気に視野が広がる面白いエピソードですね.最後に,目標や野望について教えてください.

タキザワ 今は,インクルーシブデザインにチャレンジしている最中なので,そこから商品やサービス化を実現して,新たな価値を世界中の人々に届けるところまでやりきりたいです.そのために,多様な障害当事者や企業,団体と共創しながら,インクルーシブデザインの体系化や普及活動も行っていきます.

小早川 今回,インクルーシブデザインの実践のお話を伺って,そのプロセスには人と人との関係をフラットに整えるための緻密な仕掛けが埋め込まれていることがわかりました.今後のタキザワさんのチャレンジが楽しみです.貴重なお話をありがとうございました.

おわりに

タキザワ氏へのインタビュー取材を担当した小早川の所感を記して,本稿のまとめとしたい.
タキザワ氏のお話の随所に,コミュニケーション手段とは与えられるものではなく,主体的に選びとるものだという意識が感じられた.そして,手段を選びとる動機は,自分とは異なる他者とつながり,共創しようとする活動に支えられている.その意味で,この主体性とは,自分の都合や価値観によるものではなく,コミュニケーションをとる相手の状況を推し量り,歩み寄りたいという思いと社会的な関係性の中から立ち上がるものだと考えられる.私たち一人ひとりが,主体的に手段を選びとり活用できる社会の実現においては,活用の目的である「人と人がつながること」の意味についての議論が不可欠であると感じた.

参考文献

1)ジュリア・カセム,平井康之,塩瀬隆之,森下静香 編著(2014).「インクルーシブデザイン 社会の課題を解決する参加型デザイン」,学芸出版社
2)D&I WORKSHOP 聴覚障害者が熱狂するエンタメコンテンツを共創する:記録映像 https://youtu.be/fX_PmYZB0ik(2022年1月31日アクセス)
3)顔が見える筆談アプリ「WriteWith」https://www.writewith.jp(2022年1月31日アクセス)
4)PLAYWORKS×Microsoft「聴覚障碍者のコミュニケーションを支援する」プロジェクト発表 https://keitatakizawa.themedia.jp/posts/8303425(2022年1月31日アクセス)

著者紹介

タキザワケイタ

PLAYWORKS Inc.代表
https://keitatakizawa.themedia.jp
インクルーシブデザイナー・サービスデザイナー・ワークショップデザイナー.新規事業・組織開発・人材育成など,企業が抱えるさまざまな問題を解決に取り組む.一般社団法人PLAYERS リーダー,筑波大学大学院 非常勤講師,九州大学ビジネス・スクール講師,青山学院大学 ワークショップデザイナー育成プログラム 講師

小早川真衣子

千葉工業大学 先進工学部
https://www.it-chiba.ac.jp/faculty/ae/admed/
2019年 東京藝術大学大学院美術研究科デザイン専攻修了.博士(美術).多摩美術大学 研究員,愛知淑徳大学コミュニティ・コラボレーションセンター 助教,産業技術総合研究所 人工知能研究センター 特別研究員を経て,2019年9月より千葉工業大学 先進工学部 知能メディア工学科 助教.産業技術総合研究所 人間拡張研究センター 外来研究員.社会的に展開するデザインの実践とその方法・方法論の研究に従事.

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