食と農林漁業分野において2020年は特別な年になる予定であった.それは東京オリンピック・バラリンピックの開催である.日本政府は農林水産物・食品の輸出および外国人観光客(インバウンド)の受け入れに力を入れており,東京オリンピック・パラリンピックは外国人観光客が日本を訪れて日本の食を楽しむ(インバウンド),自国へ帰った後にも日本食を食べる(輸出)のサイクルを作るのに絶好の機会であった.また,農林漁業においても,オリンピックの選手村への食材供給のためにGAP認証を取得する等の準備も進めていた.

それが2019年に発生したコロナウイルス感染症COVID-19によって東京オリンピック・パラリンピックは1年延期となった.それだけではない.3月は年度末であり,卒業シーズンに会社の人事異動,さらには春休みが重なり1年間において年末についで観光産業や外食産業にとっては書き入れ時であった.それが2月末から始まったイベントや外出自粛に始まり,さらには緊急事態宣言が発令されたことでゴールデンウイークがSTAYHOME週間に変わったことによって生きるか死ぬかという大打撃を被っている.まさに天国から地獄に突き落とされたのである.

一方で,食と農林漁業分野ではこのコロナ禍で生まれた課題を解決すべく様々なビジネスの芽が生まれ始めている.それが①食と農林漁業の人材マッチング,②新たな流通モデル,③消費者へのラストワンマイルの3点である.

まず「食と農林漁業の人材マッチング」であるが,今回のCOVID-19の影響を特に受けたのが外食産業および観光産業,イベント産業であり,この業界の人達は自粛によって働く場所が奪われてしまっている状況である.一方,農林漁業界では深刻な人手不足になっている.その理由は,COVID-19が世界中に感染拡大したことによって人の移動が制限され,外国人研修生が来日できないからである.農林水産省によるとその人数は約2,000人にも及ぶ.このミスマッチを解消すべく,地域内において外食企業や旅館の従業員・アルバイトを農林漁業分野で受け入れる取り組みが始まっている.この取り組みは非常に画期的である.なぜなら,日本,特に地方では人口減少および高齢化によって年々人手不足の問題が深刻になっており,このような人材交流が当たり前になれば,COVID-19収束後はさらに広域での人材交流が可能になり,農林漁業分野の活性化に繋がると考える.

図1 異業種と農林漁業界での人材マッチング

次に「新たな流通モデル」であるが,農林漁業分野においてもCOVID-19の影響を受けている生産者は多い.特に外食産業向けや地域のお土産店や道の駅,そして忘れてはならないのが休校によって販路がいきなりなくなった学校給食向けの生産者である.そこで立ち上がったのがEC業界である.まず「ポケマル」「食べチョク」といった注文を受けた後,生産者が直接消費者に商品を送るマーケットプレイス型の企業が,販路を失った生産者のためのキャンペーンを行っており,特に先述した両社への生産者の登録数は飛躍的に伸びていると聞く.またインターネット上やSNS上でもCOVID-19の影響を受けている生産者を応援するサイトやグループが増えており,自宅に籠っている消費者が生産者を応援できる仕組みづくりが活発化している.それだけではない.有機野菜や無添加食品の宅配スーパーの大手であるオイシックス・ラ・大地(株)(東京都)は元々,農作物の生産者から直接購入しているが,新たに塚田農場や四十八漁場を運営する(株)エー・ピーカンパニー(東京都)や,串カツ田中を運営する(株)串カツ田中HD(東京都)といった外食企業と連携し,外食企業で取り扱っている食材や料理の販売を始めたのである.これによって,外食企業に出荷していた生産者のみならず,自粛によって影響を受けている外食企業にとっても新たな流通および消費者の開拓に繋がる.

図2 新しい流通モデル

最後に「消費者へのラストワンマイル」である.COVID-19の影響によって時間差通勤およびテレワークの推奨,オンラインでの会議や飲み会,生活用品のインターネットでの購入など,日本人のライフスタイルは一変した.しかし,その中でなかなか変わらなかったのが日々の食材の買い出しであり,東京都の小池都知事はこういった買い物が感染拡大リスクになりうるとして「3日に1度」のお願いをしたり,入店規制を行うといった事態になっている.そこで新たに始まったのが「ドライブスルー八百屋」である.これは消費者が車で市場などに訪問し,購入した農産物を事業者がトランクに積み込むことで車から降りずに食材を購入できる仕組みになっている.また,もう一つ注目をしたいのが消費者へ個配をする新しいモデルである.飲食店への業務用野菜卸や八百屋を展開する司企業(株)(東京都)は,新聞配達店と連携し,新聞配達店の配達網を活用してその地域の消費者へ野菜を宅配するサービスを開始した.どちらも「3密」を防ぐという課題から生まれたモデルであり,特に後者は紙媒体での新聞購読が減少している新聞業界にとっても新たなビジネスチャンスにもなりうる.

図3 3蜜を避けるラストワンマイル

これまで述べてきた人材マッチング,業界を跨いだ販売連携,ドライブスルー,新聞配達網の活用などは,COVID-19から生じた歪みが生みだした新たなビジネスモデルである.逆を言えば,歴史に残るような未曾有の危機だからこそ,まだまだ新しいアイデアが生まれるチャンスでもあり,今こそ従来の発想から頭を切り換えることで,この危機を力を合わせてなんとか生き残ってもらいたい.

著者紹介

仲野真人
株式会社食農夢創 代表取締役
2005年 立教大学経済学部を卒業,野村證券(株)に入社.2011年 野村アグリプランニング&アドバイザリー(株)に出向.2019年4月 (株)食農夢創を設立し代表取締役に就任するとともに,明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科に入院.農林水産省から6次産業化エグゼクティブプランナー(2019度7名のみ)を拝命するとともに,上級農業経営アドバイザー,水産業経営アドバイザー,林業経営アドバイザーの3試験の合格(史上初)をはじめ,JGAP指導員やHACCPコーディネーター,食農体験ソムリエ,ハラル認証等,食・農林漁業分野において幅広い知見・ノウハウを有する.
株式会社食農夢創HP:https://shokunoumuso.jp/

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