現在,世界中の学校の休校,自宅学習が相次いでいます.学校に行けない,授業がない,あってもオンラインで講義を聞くしかないということで,「学ぶ」という行為が中断される傾向にあります.そして,その中断はしょうがないことと思われているように思います.一方で,中断しない努力の結果,教室に集えない代わりに,教室で提供されていた授業をそのままオンラインに移行しているケースも見受けられます.私の知り合いの教員にも,授業をいかにオンラインに移行するか頭を悩ませている人もいます.大変な状況ではありますが,この機会に,改めて「教育を提供する」ということはどういうことかを考えてみてはどうでしょうか.例えば,教師が45分学生に話すこと,もしくは教室で提供するような授業をオンラインで提供することが,今求められている教育なのでしょうか.

コロナウィルス感染症COVID-19の影響下で,教育は明らかに揺らいでいます.学校における教育サービスの提供が中断され,サービスの価値が崩壊しています.教育というサービスの目的である「学び」が期待通りに提供されていないからです.これは,義務教育でも大学や専門学校のような教育も同様に思えます.

さて,この文脈では,学校教育は,国が提供する基本的なサービスの一つという前提を置いています.塾などの民間産業が提供する教育は別としても,学校教育を「サービス」と捉えることに,違和感を感じる方もいるかもしれません.しかしながら,文部科学省の資料にも,教育とは,主権者や社会の構成員として生活していく上で必要な知識や能力を身につける義務と,自由な個人が自己実現の手段を身につけることへのサービスと記載されています.私が生活と研究の拠点を構えるデンマークでも,教育は国民の義務であり,教師である公務員が提供する公共サービスであるという認識があります.つまり単なる知識の伝達ではなく,真摯に価値を提供すること,つまり,相手とのインタラクションを通した目的の達成が求められます.ここではひとまず,教育をサービスという視点から見てみたいと思います.

教育をサービスの視点から見てみると,学習者の目標達成させるためのサービスを提供するのが教育者の役割と考えられます.では,学習者が学ぶべきこと,つまり教育目標とはどのようなものなのでしょうか.最近では,教育目的に「生きる力」を身に付けるという項目も定められているようです.日本の中央教育審議会答申で提言された「生きる力」で提唱される*1,1) 自分で課題をみつけ,主体的に判断・行動し,よりよく課題を解決する能力を身につけること,2) 他人と協調して課題解決をすることは,デンマークでは,アクティブラーニングという観点で,70年代より実践されている学びの姿です.

デンマークでの教育は,70年代に,知識を伝達する一方通行の教育から,自律的に学ぶ手伝いをする教育に移行しました.もちろん大教室での授業もありますが,私が所属するロスキレ大学は,70年代にグループワークによる主体的な学びを提供し始めた先鋒的2大学の一つということもあり,多くの教育サービスの提供が,グループワークによって実施されています.アクティブラーニングについては,詳細は別の場所で詳しく述べています(デンマークのアクティブラーニング *サイトへ移動)ので,本項では割愛しますが,現代社会で,教員が学習者に提供する教育サービスは,自分で主体的に学ぶ(アクティブラーニング)ことの手伝いであり,グループワークという相互扶助を通して学ぶ際に,適切なアドバイスや問いかけをするグループメンバーの一人になることです.一つの教室に集まり,教師から知見の伝達を受けるのではなくて,自分から知識を求めてアクションを起こす学びの方法です.

私は大学教員の一人として長年教育サービスを提供していますが,今回のCOVID-19影響下で,遠隔でのサービス提供に対応することは,サービス提供者として必須でした.現在の混乱の中で,教育が提供できない,子供の教育がなおざりになっていると言われがちです.もちろん対面で対話できることに比べると,オンラインでのみの学習支援は困難だらけですが,教室が開けられないから教育が継続できないという言い訳は,本当に真実なのでしょうか.教育サービスは,自分で主体的に学ぶことを支援することである,と定義すると,今回のCOVID-19影響下でもできることはたくさんあるのではないでしょうか.

著者紹介

安岡 美佳

デンマーク・ロスキレ大学准教授/北欧研究所代表/国際大学GLOCOM 客員研究員/JETRO コンサルタント.専門はIT.北欧のデザイン手法(デザインシンキング,ユーザ調査,参加型デザインやデザインゲーム・リビングラボといった共創手法)を用い,ITやIoTなどの先端技術をベースに社会イノベーションを支援するプロジェクトを多数実施.著書に『リビングラボの手引き–実践家の経験から紡ぎ出した「リビングラボを成功に導くコツ」』,『37.5歳のいま思う、生き方、働き方』など.

  • *1  文部科学省(1996). 「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(第一次答申)」.
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