はじめに

スマートシティについて書いてくれ.とくに,ぼくの地元である横浜の事例などがあると良いというオファーをいただいた.正直,横浜がスマートシティとして頭抜けて先進的かと言われれば,けっしてそんなことはない.ぼくが関わり,また,見聞きしてきた他都市でも先進的なところは多い.しかし,そこであえて言いたいのはスマートシティと一言でいうが,その中身はさまざまであるべきだし,むしろ,どこの都市も確信を持って自身が最高のスマートシティだと言えるような状態には達していない,というのが現状だろう.そんな状況でどの都市にとっても他都市の事例は参考にはなるだろうが,そのまま適用できるようなものはほとんど無いということだ.

本稿の執筆をひきうけたのは,この機会に改めて横浜でのスマートシティのあり方を考え,その過程でスマートシティを進める背景にあるべきロジックモデルを少し整理して検討してみたいと思ったからである.おそらく,そのロジックモデルはメタレベルで他都市にも適用できるようなものになるべきだが,ここで結論がでるとも思わない.みなさん,そして,仲間達との日頃の議論を通じて継続して発展させていければ幸いである.

それと,予め断っておくが,本稿の中で「都市」という言葉の使い方がうまく定まっていないところがある.都市の主役は間違いなく市民であるが,都市のカラーは首長の舵取り,そして,議会や行政機関の差配で大きく変化する.都市について考えるということは,市民の暮らしとそれに対する政治や行政機関のあり方を考えるということなのである.また,都市という概念は,他にも,水道,電気,交通網などのインフラ,経済活動などを含むこともある.さらに,景観や環境を含むこともできる.ぼくのつたない文章力を棚に上げてお願いしたいのは,「都市」という言葉は非常に多義的であるので,コンテキストとともにうまく解釈していただきたいということである.

さて,横浜でのスマートシティを考える前に,少し横浜の歴史的な背景を振り返っておこう.

港ヨコハマの成り立ち,そして,現在

横浜といえば,港ヨコハマである.開港都市として外国文化を取り込み,文明開化の中心であった.開港以来,船での渡航が一般的であった時代において,ヨコハマは世界に向けた日本の玄関口として数多くの人々を世界に送り出し,また,日本に迎え入れてきた.経済面では地政学のおかげで,開港以来貿易で大きく稼いだ.戦後の高度経済成長では京浜工業地帯,メガシティ東京のベッドタウンとして,基礎自治体としては日本最多人口を誇るまでに発展した.現在,海から望むその姿は,かつて日本一の高さを誇ったランドマークタワーからつづくビルの稜線があって,その傍らには巨大な観覧車がゆっくりと回りながら時間を刻んでいる.海に張り出した埠頭には赤レンガや大さん橋といったヨコハマの新旧を象徴する建築が浮かび,ベイブリッジの下を大型客船が優雅に行き来する.散歩のBGMは海鳥の鳴き声と汽笛の音.まさに,港ヨコハマの景色だ.

このような,現代の都市横浜の風景を形作っている,みなとみらい,ベイブリッジ,地下鉄,高速道路であるが,実は,いずれも昭和40年代からはじまった6大事業と呼ばれる巨大都市開発プロジェクトの成果である.(他に,金沢区の工業団地開発,港北ニュータウンの開発がある).そして,この6大事業だが半世紀以上を経ていよいよフィナーレをむかえようとしている. 交通の面では市営地下鉄ブルーラインの開業が1972年,みなとみらい線の開業が2004年,市営地下鉄グリーンラインの開業が2008年.高速道路網はここ数年で港北インターを起点に湾岸羽田方面,東名青葉方面がつながった.みなとみらいの開発はほとんどの街区において具体的な開発計画が定まり,ここ数年が最後の建築ラッシュとなっている.要するに,いま,ぼくらが目にしている都市横浜の姿は,実は,半世紀前に描かれたもので,それがようやく完成されようとしているということである.そして,その間,時代は移ろい,高度経済成長からバブルを経て,増え続けた横浜の人口も減少方向に傾きつつある.生産年齢人口の減少,高齢者人口の増加,産業面では海外の都市と比べて相対的に競争力が低下している.そんな,現在,まさに次の半世紀に向けてなにをするべきかが問いかけられている.

横浜のスマートシティの歴史

世界のスマートシティの取り組みに共通する目的の一つが「社会の持続可能性を高める」ということであり,気候変動や環境の改善や保護が大きな関心領域である.横浜市におけるスマートシティ的取り組みを改めて振り返ると「環境」をキーワードに特筆すべき取り組みが多いことに気づかされる.

2003年には「ヨコハマはG30(ジーサンジュウ)」がスタートした.これは,2010年度までに燃やすゴミを2001年度比で30%削減しようというキャンペーンで,ゴミの分別化,草の根での啓蒙活動などを展開し,5年前倒しで目標を達成し,2010年には42%減という目標を大幅に上回る結果を達成している.

2008年には国から環境モデル都市に認定され,2010年には次世代エネルギー・社会システム実証地域に選定され,スマートグリッドを基盤とする新しい社会インフラの構築を目指した実証実験を行っている (信時 2012).スマートグリッドとは家庭やオフィスビルに専用のハードを導入し,それぞれをネットワークすることで,電力の供需給を効率化する仕組みである.

2013年から2015年にかけては,横浜市と日産自動車が共同で超小型モビリティによるワンウェイ型のカーシェアリングサービスの社会実験を行っている.低炭素社会における環境配慮型の次世代モビリティというコンセプトである.この,「チョイモビ」と名付けられたこの二人乗り電気自動車は,みなとみらい,関内エリアを中心に期間中最大70台程が稼働した.利用するには専用のスマートフォンアプリを利用して駐車中の車を予約,車に乗りこむところで専用のICカードでチェックインする.降車時は同じくアプリでチェックアウトする.このサービスを利用するには事前の登録申請,運転講習が必要であるなど,なにかと利用までのハードルが高かったが,登録者1万3,383人,延べ利用者数1万920人という実績が報告されている (原 2017).ちなみに,ぼくも期間中になんどか利用した. こうやって,横浜のこの15年あまりを改めて振り返ってみると,市民を巻き込んだゴミの分別を題材としたエコキャンペーン,ITを駆使したスマートグリッド,そして,小型シェアモビリティといまでも,古さを感じない先進的な取り組みがあったことがわかる.しかし,こうした優れた事例があったにもかかわらず,根付かず発展していかないもどかしさを一市民としては感じてきた.次に紹介するオープンデータの取り組みも同様だ.

オープンガバメントとオープンデータ

オープンガバメントとは,行政はその透明性を向上させ,市民と課題を共有し,ソリューションを共に考え,共に実践するというコンセプトである.2009年にアメリカのオバマ前大統領がオープンガバメント推進に関する覚書にサインをしてから本格的にスタートし,民主主義による先進国には概ね認められており,その進め方に差はあれ,着実に広まっている.ぼくもそのコンセプトに共感し,多くの仲間とともに,日本で,そして,地元横浜でオープンガバメントを推進する活動をさまざま展開してきた.その甲斐あってと思いたいが,日本でも政府のデジタル戦略や関連する法制度が整備されてきている.横浜では関連各条例が制定されたり,オープンデータに関する取り組みがはじまったり,また,それらを推進するための体制が整備されるなどしている.

オープンガバメントはスマートシティとも深い関係がある.中でもオープンデータの推進や共創型社会の実現に向けての取り組みはスマートシティの実現にとって不可欠だ.オープンデータは行政機関が保持しているデータを機械で扱い易い形式で公開し,自由な二次利用を促す施策である.データの扱いに長けた市民や企業がそうしたデータを活用することで,行政機関にはない発想や技術を用いて新たな価値を創造する.スマートシティを推進する各国各都市の行政機関では行政分野において,民間との共創型でオープンイノベーションを進めるうえで,オープンデータをはじめとするIT基盤が重要な役割を果たすと考えられており,「都市OS」といったコンセプトも掲げられている.

横浜市では全国でも早い段階で「横浜市オープンデータの推進に関する指針」を策定.その中で,

  1. 行政の透明性・信頼性の向上
  2. 公的データの共有及び協働による地域課題の解決
  3. 横浜経済の活性化
  4. 行政における業務の高度化・効率化

に取り組むとしている (関口 2017)

その後,2018年度にはオープンデータカタログサイトを公開した(https://data.city.yokohama.lg.jp/).しかし,2020年現在では公開データセット数は伸び悩み,公開データの質,各区各局で取り組みに足並みがそろわないなど,その進捗は芳しくない.

「都市OS」の最も重要な機能の一つがマルチステークホルダーによるデータ共有または統合である.そして,それを実現するためには各ステークホルダーが生成するデータの状態がとても重要となる.データの状態によっては,データを共有/統合しようとした際のコストに大きく差が生じ,また,状態によっては共有/統合を断念せざるを得ない残念なケースもある.

ここでいう,データの状態とは,データの形式や構造そして解釈可能性(データ作成側の意図するとおりに,データを受け取った側が解釈できるようなデータのつくりかどうか.また,ドキュメントを整備するなど外部的な手段によって解釈可能性を担保することもできる.)ということになる.この状態に関して技術的な到達レベルにはいくつか段階があり,またリファレンスもあるが,良く言われるのは,紙をスキャンしたPDFが,もっとも最低レベル.逆に,最高レベルは広く普及している公開スキーマに準拠して生成されたJSON等の構造化データであり,プログラミング言語でそのまま読み込んで扱うことができる状態を指す.

この到達レベルの違いがどういった意味を持つのか,エンジニアであれば身をもって理解しているので,当たり前のことに感じてしまうのだが,非エンジニアにはなかなか理解されない.たとえば,エクセルファイルをなぜわざわざCSVに加工する必要があるのかがわからない.行政機関のように,従前よりアナログ・紙文化の中で業務をこなしてきた組織では,公開データといえば,紙に印刷された帳票データや,同じく紙に印刷された複数の次元を複雑かつ綺麗にレイアウトした統計表のことを指してきた.人が読みやすいことが優先され,機械処理のことまで意識する必要はなかったのである.そうした状況の中で機械処理を前提としたオープンデータを公開するということは,ときに余計な業務が増えることにもなりかねない.いや,おそらく,ほとんどのケースで人向けのデータ公開は継続され,わざわざ機械処理を意識したデータも別途作成することになる.機械可読性を本質的に理解していないのであれば,その仕事の意義もわからないので,業務に対する意欲は上がらない.そんな状態なので,「残念なオープンデータ」が増えるのである.毎年一度のシビックテックのイベントでは「オープンデータ供養寺」というトークセッションが企画されている.そこでは,そんな残念なオープンデータをつぎつぎに紹介しては改善方法を指摘するといった趣向だ.

こうした,残念な状態は横浜市に限ったことではない.また,日本に限ったことでもないのだが,それでも,世界各国の都市では「データガバナンス」という概念を構築して,組織の中にチーフ・データ・オフィサー(データ最高責任者)を置き,各部門には担当者を置いて連携を密にするなどの運用がされている.横浜市もこの春からチーフ・データ・オフィサーが就任しており,今後のオープンデータの進展に期待したい.

コロナウイルス感染症COVID-19とシビックテック

さて,ここまで少し脱線しつつだが,横浜市のスマートシティの取り組みを振り返ってきた.ここからは,横浜市が目指すべきスマートシティの姿を描いてみたい.

シビックテックという言葉をご存知だろうか.自分たちのITスキルを自分たちの社会のために役立てることを目的とした活動をシビックテックと言う.

いまだ,世界に甚大な被害をもたらしている新型コロナウイルスによるパンデミックだが,東京都は3月3日にCOVID-19に関連する情報を発信するウェブサイト「新型コロナウイルス感染症対策サイト」(https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/)を公開した.このサイトだが,行政機関によるウェブサイトとしては異例の早さで立ち上がった.友人で某市職員の話によれば,某市で同じことをやろうとしたならば,内部調整で1ヶ月,契約などの手続きで1ヶ月,立ち上げで1ヶ月,計3ヶ月でも難しいかもしれないということだ.また,同サイトはシンプルながら効果的に情報を伝えるという,使い勝手の点でも従来の行政機関による仕事とは一線を画している.

実は,このサイト立ち上げの背景には,これからのスマートシティのあり方を考えるヒントが隠されている.

このサイトを立ち上げるにあたって,東京都副知事の宮坂氏の呼びかけでプロジェクトチームが発足.東京都のアドバイザーであり,Code for Japan の代表である関氏を中心にSNSを通じた呼びかけに応じた有志のエンジニアも参加した.そして,彼らによってあっというまにサイトは作られ公開された(誤解の無いように書いておくと,コアで動いているエンジニアには対価が支払われている).サイトの公開直後にはソースコードがGitHubに公開された(https://github.com/tokyo-metropolitan-gov/covid19).GitHubとは開発したソフトウェアのソースコードを公開するためのリポジトリサービスで,誰でも無料で利用できる.GitHubには不特定多数の人によるコラボレーションを支援する機能が複数備わっていて,日々刻々とソフトウェアの修正や改善,機能追加の提案が寄せられている.

ソフトウェアをオープンソースにすることのメリットは,不特定多数の人によるコラボレーションによってソフトウェアを進化させることができる以外にもある.実は,東京都によるサイト立ち上げから1週間もたたずに,GitHubからソースコードを入手した有志が北海道版の情報サイトを立ち上げている.原稿執筆時点で台湾やサンフランシスコを含む国内外50以上の姉妹サイトが立ち上がっており,おそらく,この原稿が世に出る頃にはもっと多くの地域のサイトが立ち上がっていると思われる.

横浜市ではCOVID-19の影響によって思うように営業ができなくなった市内の飲食店を対象に,デリバリーとテイクアウト情報を収集しオープンデータとして公開した.ぼくが代表を務める横浜のシビックテック団体であるコード・フォー・ヨコハマでは横浜市がこれらの情報を収集するにあたって,ウェブフォームの設計に対してアドバイスしている.さらに,このデータを活用して広く情報提供するウェブサイト“YOKOHAMA to Go”を開発公開した(https://to-go.yokohama/).YOKOHAMA to GoのソースコードはオープンソースとしてGitHub (https://github.com/Code4Yokohama/yokohama-to-go) に公開しているが,このソースコードは“Code for Shinjuku”が独自にサイトを構築するのに活用してくれている.

これらの一連の事例で活躍しているシビックテックコミュニティであるが,シビックテックの活動に注目が集まったのは今回がはじめてではない.2010年のハイチの津波でも,2011年の東日本大震災でも,2016年の熊本地震でも,同様にシビックテックが活動をしている.シビックテックコミュニティの特徴は行政機関や企業といった組織の原理とは違う動きをするところにある.彼・彼女らは社会的な規範の中で個々人の判断で行動する.一人一人の小さなアクションがウェブを通じて増幅拡散され,やがて,大きなうねりとなっていく.そして,やはりウェブを通じて成果は集約され大きなインパクトが生み出されるのである.

現在,多くの自治体が財政難にあり,生産年齢人口の減少,高齢化率の増加によって,今後さらに財政が厳しくなることが予想されている.市民の働き方や生活はさまざまで,価値観も多様化した.それぞれが抱える課題にも違いがある.そのような状況下で行政運営にも変化が求められている.画一的なサービスを遍くすべての市民に平等に提供するのではなく,市民一人一人の事情にフィットした行政サービスが必要とされているのである.スマートシティの具体的なゴールの一つはまさにそこにある.

とはいえ,そう簡単なことではない.どうすればそんなことが可能となるのか.ここでは,シビックテックと行政機関の連携を提案したい.コード・フォー・ジャパンでは「ともに考えともにつくる」という考え方を標榜しており,自分達で解決できることは積極的に実践していこうという人の集まりがシビックテックコミュニティである.そして,彼・彼女らが必要とするのは,チャンスとデータである.行政機関に対してお願いしたいことは,さまざまな課題をオープンに議論し,データをはじめ役に立ちそうな材料はどんどんオープンにしてもらいたいということである.それが,彼・彼女らにはチャンスとなる.行政機関においては,なんでもかんでも組織内で解決しようとしないで,もっと,シビックテックを頼ってもらいたい.そして,できれば中に入って一緒に活動してもらいたい.行政職員が上でも下でもなく,同じ都市に住む同じ市民として,地域のため社会のために一緒に知恵を出しあい手を動かすことでしか実現できないことがあるはずだ.

スマートシティにおいて都市OSやオープンデータがなぜ必要かといえば,市民が主体的に活動するためのインフラとして必要なのである.あくまでも,主役は市民である.都市OSをはじめとするテクノロジーは意欲や能力のある個々の市民の力を集結させレバレッジして大きな成果を生み出す強力なツールとなるのである.

都市とオープンイノベーション

かつては埋め立て地でなにもなかったみなとみらいだが,現在では高層ビルが建ち並ぶ.ほとんどの街区で計画が決まり,目下,最後の建築ラッシュを迎えている.

日産自動車のグローバル本社を皮切りに,富士ゼロックス,資生堂,京急電鉄,ソニー,村田製作所,LGなど,大企業の集積が進んでおり,とくに,こうした企業ではR&D機能をみなとみらいに設置するケースが多い.横浜市はこれをオープンイノベーションの起爆剤にしたいと考えている.

オープンイノベーションといえば,旧態依然とする行政機関や大企業など,自らを変革していく力が弱まった組織にとって,生き残りを賭けた最後の主戦場である.彼らの狙いは,発想力,最新テクノロジーを自由に使いこなす能力,常に変化する社会への高い順応性,機動性,これらを備えたベンチャー企業やスタートアップ企業だ.

少し皮肉を込めて書いてみたが,異なる特性を備えた企業や人材が協業することで,新しい価値を産み出そうという取り組みがオープンイノベーションである.

組織が大きくなると人材が同質化し,経営層の高齢化により柔軟な発想ができない.または,変化することをリスクと考える向きもあり,思い切った意志決定ができない.オーバーヘッドがかさみ小回りが効かない,など,硬直化が進む.そういうわけで,ベンチャー企業等との協業が望まれるのである.ベンチャー企業等にとっても悪い話ばかりではない.大企業のブランド,資金力,サプライチェーン,販路などを活かして,事業を大きく発展できる可能性があるからである.

オープンイノベーションにおいてステークホルダー全員にとってウィンウィンの成果が出せるかどうかは,うまいマッチングができるかどうかにかかっている.これは,結婚と同じで上手くいくときもあれば,上手くいかないこともある.しかし,付き合ってみないことには相手のこともわからない.そんなわけで,大企業がわざわざコワーキングオフィスに入居したり,自らにコミュニティスペースを運営してイベントに使わせたりなどしているのだ.要するに,良質な出会いの場に期待しているというわけである.

大企業とベンチャー企業等など企業間の交流,そして,人と人との交流,そうした交流に端を発するプロジェクトが次々に事業として大きく発展していく.人材の流動性がたかまり,独立起業する人も増える.地域全体として生産付加価値が増し,雇用がうまれ,所得が増し,地域経済が活性化する.これが,横浜市の描くみなとみらいから関内外エリアにかけた新産業クラスター戦略とも言える取り組みのアウトラインである.

このようなシナリオは,10年以上前に米の都市経済学者リチャード・フロリダの著書「クリエイティブ・クラスの世紀」の中で描かれている(Florida 2007).クリエイティブクラス(知識産業とその担い手)が集積することで地域における生産活動の付加価値があがる.クリエイティブ・クラスは可処分所得が多いので,そうした人たちの消費購買力にひっぱられ,地元の産業全体が活気づくという構造だ.

みなとみらいでは前述のとおり,すでに,大企業の集積が進んでおり,複数の大学が同エリアに進出することを発表している.横浜市の次の仕事は,オープンイノベーションに必要となる,みなとみらいの大企業とベンチャー企業等のコラボレーションの機会をうまくコーディネートすること,先進的な事業を実験的に展開するためのフィールドを提供すること,ベンチャー企業の経営を支援する財政制度を整えること,そして,新しく生まれた成果を国内外に向けて発信することである.横浜市ではこうした取り組みを進めるにあたって,経済局を中心にYOXOというプロジェクトをスタートしている.旧市庁舎のすぐ近くにYOXO BOXというスペースをオープンさせ,定期的にセミナーを開催したり,イベントに利用させたりしている.ネットワーキングの拠点にしたいとの考えだ.市民の立場からのぞむのは,ぜひ,場の提供に留まらず,横浜市自らがオープンイノベーションの中心に立って,動いてもらいたいということだ.形だけ整えるのではなく,具体的なプロジェクトや具体的なマッチングを設定して,それらが成功するように,プロデューサーのごとく立ち振る舞いができるかどうかを問いたいと思う.一つずつ成功事例を積み重ねていくことがいま一番必要とされていることである.担当する人材には高い能力と専門性が必要となると思うが,外部人材を積極的に登用するなど,柔軟に取り組んでもらいたい.

アフターコロナとスマートシティ

都市はヒトとモノとサービスを大規模に集積させることで価値の移動(トランザクション)の頻度を高め,大量消費のプラットフォームとなった.オフィスビルは集積の象徴である.複数のテナントが入居し,大勢のオフィスワーカーを一箇所に集めることで,管理の効率化,コミュニケーションの効率化,資材のシェアによる効率化,移動の効率化など,あらゆる側面効率を追い求めてきた.人々はより条件の良い働き口を求めて,情報を求めて,効率を求めて,ときには刺激を求めて,都市に集まる.これは,自然なことであり,6,500年以上前に都市が形成されはじめた古代から変わらない人類の営みなのであろう.

横浜は東京圏と呼ばれる圏域にふくまれ,日々東京に通勤する人々も多い.横浜駅にはJR,東急電鉄,京浜急行が乗り入れ,都内と接続している.おおよそ,渋谷まで30分,新宿まで35分,品川まで20分,東京まで30分,いずれも乗り換えなしで移動できる.一般的に労働者にとって通勤時間は短い方が歓迎されるので,地価は東京からの沿線距離と相関がある.もちろん,東京からの距離だけが都市の価値のメジャーではないが,東京に近いということは横浜市の人口が370万人にまで膨らんだ大きな要因の一つであろう.さらに,横浜には従前より大小さまざまな企業や営業所が集積している.そして,前述のとおり,みなとみらいには大企業の集積も進んでいる.東京からの完全なる自立は難しいにしても,横浜の労働環境は一層充実してきている.

このように労働環境を充実させ,あらゆるヒト,モノ,コトの集積効果は都市の価値を高め,大きく発展に寄与してきた.しかし,そうした固定化された考え方を改める必要がでてきたのかもしれない.COVID-19によるパンデミックである.

COVID-19によるパンデミックに見舞われた世界の都市ではロックダウンが断行された.日本も緊急事態宣言が発令され,首都圏を中心に外出自粛が要請された.人々は在宅ワークすることを強いられ,買い物も通販で済ませている.外食に行かないかわりに,Uber Eatsなどデリバリーを利用して食事を運んでもらっている.こどもたちもパソコンやタブレットに向かって授業を受けている.ぼくが副代表を務める横浜市内の会社は社員数十名と小さな規模の会社だが,事業内容がITなこともあり,完全テレワーク,クライアントとの打ち合わせもウェブ会議に移行した.フェイスブックページには,オフィスに電話をかけてもらっても出られないかもしれないので悪しからずとお知らせを出した.取引先企業もかなりの割合でテレワークに移行しているようで,東京丸の内で働く知人の話ではいつもは賑やかなオフィス街も今は閑散としているらしい.町には相変わらず人の暮らしはあるが,都心部からは人が消えたのである.

すでに述べたように,都市は働く場所を大量かつ高密度に供給することで発展してきた.オフィスビルを建て,労働者を集約し,経済をまわしてきた.しかし,COVID-19の影響で生じた「人がいない都市」では超高層オフィスビルはなんの役にたつのだろうか.

超高層オフィスビルで働いている人々の多くは普段から打ち合わせの合間にパソコンに向かって業務をこなしており,そうした業態であれば,テレワークに移行したとしてもさほど影響がない.オフィスワーカーがいなくなれば,オフィスビルが不要になるだけでなく,飲食店をはじめとする周辺の商業など,都市全体にわたって連鎖的に影響が広がる.

実は,コロナ前から人口過密による都市部の衛生状態の悪化,環境の悪化など,弊害があることもわかっている.前項で述べた,クリエイティブ・クラスも行きすぎた集積の結果,サンフランシスコやシリコンバレーなどでは異常かつ急激な物価上昇による軋轢が問題となっている.グローバルテック企業に高給で雇われる人たちが物価をひきあげるが,ついてこられない人々は家を失い,街を追われるケースもあるようだ.

都市と人々との間にある強い引力は働き方によって生じている.しかし,テレワークを選択する人々が大多数となれば,その引力も徐々に弱まるはずである.むしろ,反動で分散化の方向に進むことさえ考えられる.これまで,あらゆる業務を物理的に集積することで効率化をはかってきたが,こんどは,オンライン化することによって,よりいっそうの効率化を目指すことになる.代表的なものは役所での手続きの類だ.すでにいくつかの自治体では,住民手続きのオンライン化の取り組みがはじまっている.これまではなにか用事があれば,役所に赴き,整理番号をとり,待合で番号が呼ばれるまで待つ.必要とあれば,別の窓口にまわされて,そこで別の書類に記入させられる.そうしたことを数回繰り返してやっと手続きが完了する.出生届けや引っ越し手続きなどでそうした経験をした人も多いと思うが,そう遠くない将来,役所に足を運ぶことなく,スマホのみであらゆる手続きが完了できるようになる.注意しなければならないのが,役所の用意する手続きアプリの出来が悪いと,こうした変革の気運に水を差すことになりかねないことだ.いっそのこと,APIを開放して民間企業のビジネスとしてユーザー体験を極めた手続きアプリを開発してもらう方向に促す方が良いケースもあるだろう.スタートアップ企業である「グラファー」ではオンラインで法人登記簿謄本・印鑑証明書が取得できるサービスの提供をはじめている.今後の大きな変化に備えてすでに動きはじめているのであろう.

オンラインに移行するサービスは役所の手続きだけではない.現時点でもインターネット通販が十分に発展しているので消費活動の大部分は既にオンラインへ移行が可能な状態である.文化や芸術,エンターテインメントの分野でもオンラインの活用方法を模索している.博物館ではコレクションの高解像度画像や3Dモデルを公開,バーチャルツアーを企画している.ミュージシャンはオンラインでのセッションやライブ配信に取り組んでいる.こうした取り組みはモバイル通信で5Gの環境整備が進められている中で,VRやMR技術が応用されていくだろう.医療や介護の分野は最後まで残るだろうが,それでも可能なところから遠隔医療に移行しており,AIやIoTデバイスの活用もまた進んでいる.

物理的な場所や対面が必要なケースは限定的になり,また,稀少になる.日常的な暮らしの中心は都心部から郊外部へと移るので,都心部は非日常の需要に向けて,オンライン化が難しい都心部ならではのフィジカルな体験を売りにするようになるだろう.レストランでの食事やサービス,エンターテインメントなどはいくらインターネット環境が整備されたとしても,そこでしか得ることのできない体験がある.また,ヨーロッパの都市の多くがそうであるように古い街並みや歴史的資産を活かすというのも一つのシナリオだ.

仕事がテレワーク中心になり,あらゆるサービスがオンラインへ移行すると,居住の選択が圧倒的に自由になる.海を望む潮風の香る町.山の麓の自然豊かな町.歴史的な古い街並みの残る町.もちろん,都会的な刺激が必要だと思うなら引き続き都心に住んだって良い.各々が理想の暮らしを思い描き,それを実現すればよく,もはや,職場からの距離を気にする必要はない.

こうした変化に対して,都市のブランディング戦略も否応なしに路線の変更が迫られる.みなとみらいのシンボルである高層ビル群が描くスカイスクレイパーだが,あと数年もすればノスタルジーを覚える対象にすらなるかもしれない.都心部より,郊外部での環境を重視した暮らし,町における商業やコミュニティー活動の充実といった,これまでも注力してきた取り組みをさらに進めるだけでなく,ITを活用してテコ入れすることが求められる可能性は大きい.そのためには,ITインフラを充実させ,行政と企業が中心となって地域社会のデジタルシフトを推進すること,そして,シビックテックに端尾をみたデジタルによる市民活動の充実などが,これからのまちづくりや働き方に関わる重要な政策となる.こうした政策が上手くまわっている都市こそ,人々に選ばれる都市となるのかもしれない.

バルセロナ市はスマートシティの代表格として知られている.ぼくは2015年からもう足かけ5年になるが,神戸市とバルセロナ市が共催しているデータビジュアライゼーションのワークショップの事業に関わっている.その間,毎年現地に赴き,スマートシティやオープンガバメントをテーマにバルセロナ市役所や諸機関の人々との議論を交えながら多くを学ぶ機会に恵まれた.また,バルセロナ以外のヨーロッパの都市も見て回ることもできた.EU諸国では移動はもちろん,交易の自由度も高く,都市間競争が熾烈を極めている.いずれの都市もあの手この手で競争力を高めることに腐心しており,とくに生活の質の向上はスマートシティ推進の大きな目的となっている.環境配慮型のまちづくりを掲げる都市も多い.たとえば,ウォーカブル・シティーもトレンドの一つだ.自転車やその他のスローモビリティーの使用を推奨し,渋滞,ヒートアイランド,大気汚染といった都市の環境問題に対処していく狙いがある.こうした流れは地球規模での持続可能な開発目標(SDGs)ともリンクし,今後より一層進められていくものと考えられる.

横浜は横浜駅から,みなとみらい,桜木町,関内,山下町,元町まで,いわゆる臨海都心部に企業,商業,観光施設の多くが集積しており,勿論,電車やバスは走っているが,もっと小回りの効くパーソナルモビリティーがあっても良い.加えて,アフターコロナではパーソナルモビリティーの有用性が別の角度ら評価される可能性もある.三密を避けられるということは勿論だが,人々が活動する場が都心部から郊外部へと比重が移った場合,徒歩を拡張するパーソナルモビリティーでの移動範囲を想定することで,柔軟かつ多様な生活様式を考えることが可能となる.バルセロナやアムステルダムでは広範に渡って自転車専用道路が整備されているが,近年パリの市内でも急速に自転車専用道路の整備が進んでいる.こうした自転車専用道路は自転車以外にも電動キックスクーターやセグウェイ(のような乗り物)でも利用できる.残念ながら横浜はここで紹介しているような都市と比べると,自転車専用道路の整備は不十分だし,日本の道路交通法下では動力付きの乗り物を公道で気軽に乗ることはできない.

スマートシティはスマートシティズンが作る

世界の都市は変革の時を迎えている.本稿で繰り返し述べてきたように,「まちづくり」が対峙する諸処の課題は複雑さと難解さが増しており,さらに,COVID-19の影響によって,暮らし方,働き方をはじめ,あらゆる側面から社会のあり方を再考せざるを得ない状況となっている.本稿を執筆している今はCOVID-19拡大第一波のピークをすぎ,緊急事態宣言が一部解除され,ぼくも周辺の様子からすこしずつ日常を取り戻そうという雰囲気を感じることができている.しかし,政府からの要請による「新しい生活様式」に従おうという向きもあろうが,それとは関係なく,ITを活用することによる便利な暮らしや働き方など,新しい価値に気が付いた市民が,コロナ前の状態に完全に戻ることはしないだろう.

都市は新しい社会への対応を余儀なくされる.それを突き動かすのはそこに暮らす市民である.あくまでも,都市のあり方を考え,それをつくるのは市民なのである.

いつの時代も人々はその時代の最新テクノロジーをうまく使いながらイノベーションを起こし,文明を発展させてきた.江戸末期からしばらくは日本においてイノベーションの中心にあった横浜だが,いまは,イノベーションを求めて答えのない道を模索しているように感じる.政治や行政の現場には最新テクノロジーに理解のある人材が足りていないが,スマートな都市はスマートな市民が作るのであり,また,スマートな都市でスマートに暮らし,働くのもスマートな市民なのである.都市はそうしたスマートな人々を一人でも多く惹きつけなければならない.都市にはより一層のオープンネス,チャレンジ精神,そして,テクノロジーに対する信頼と理解が求められる.これらは,現代における都市の品格と言ってもよい.これらの姿勢を突き詰めることこそが,スマートな市民を惹きつけ,スマートシティを実現する近道となるのだろう.

参考文献

Florida, R.L.( 2007).井口典夫(訳).クリエイティブ・クラスの世紀――新時代の国、都市、人材の条件. ダイアモンド社.

関口 昌幸(2017).横浜市のオープンデータの取組みについて. 都市とガバナンス,28,52-59, http://www.toshi.or.jp/app-def/wp/wp-content/uploads/2017/10/reportg28_4_2.pdf,last accessed on May. 29, 2020.

信時 正人(2012).スマートシティから環境未来都市へ,環境モデル都市横浜の挑戦.日本不動産学会誌, 26(1),92-97,  https://www.jstage.jst.go.jp/article/jares/26/1/26_92/_pdf/-char/en,last accessed on May. 29, 2020.

原 加代子(2017).ワンウェイ・カーシェアリング 「チョイモビ・ヨコハマ」実証実験と今後の展開.LATSS Review, 42(1), 57-61.https://www.iatss.or.jp/common/pdf/publication/iatss-review/42-1-06.pdf,last accessed on May. 29, 2020.

著者紹介

小林 巌生 
情報アーキテクト.まちづくり×ICTをテーマに活動.オープンデータ関連技術研究開発およびその普及活動を通じて,政府や自治体,公共機関のオープンデータ施策の支援を行う.テクノロジー活用で地域の課題解決を目指す活動 Code for YOKOKOHAMA を立ち上げ,同代表を務める.他,インフォ・ラウンジ株式会社副社長,特定非営利活動法人リンクト・オープン・データ・イニシアティブ副理事長,一般社団法人オープン&ビッグデータ活用・地域創生推進機構委員.

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