コロナウィルス感染症COVID-19対策に従事するすべての医療従事者の皆様に心からの感謝と敬意を表したいと思います.どの医療機関においても最善を尽くして患者の受け入れに当たっておられることと思います.多大なご尽力を頂いている一方,感染の疑いがある患者の搬送先が決まらず,円滑な医療が行えない事例が増えているという報道も耳にします.

こうした報道で思い出されるのは,サービソロジ―が創刊される直前の2013年頃に,「筑波大学サービスイノベーションプロジェクト」*1の一環として,鵜飼孝盛先生(現防衛大学校)とともに取り組ませて頂いた,筑波大学付属病院(以下、付属病院)における病床自動割当システム作成のための共同研究です.この取り組みは,COVID-19対策とは直接関係はありませんが,一般に病院が患者を受け入れる,すなわち具体的な病床を割り当てるあたって病院がどのような検討を行うか,そしてWithコロナ時代を迎えた今,医療資源・医療サービスの配分において,サービス学的視座が強く求められていることをお伝えできればと思います.

茨城県の南部に位置する附属病院は,県内唯一の特定機能病院であり,県南地域の中核的病院として機能しています.COVID-19への対応が続く現在も,予防対策を強化させながら高度医療の提供体制の担保に努めています.

病床自動割当システム作成の共同研究を始めた時期は,附属病院が病床数を増加させた時期に重なります.2005年のつくばエクスプレスの開業は県外から来院する患者数を増加させました.2012年には新棟「けやき棟」をオープンし,翌2013年には既存棟と合わせて約800 床の病床の管理と運営を目的とする「病床管理センター」を設置しました.

患者が入院を必要とする目的は多様で,期間や必要となる施術も異なりますが,どのような場合でも病床の確保が必要となります.また多くの場合,患者に治療を行うことを目的としているため,病床の確保のみならず,検査や手術などのプロセスとの連携も求められます.病床の割当には,治療・看護にあたる医師・看護師などの人的資源,検査室や手術室などの物的資源との調整が不可欠です.共同研究を始めた当時,病床の運用計画は「ベッドコントロール会議」で決定されていました.この会議は週に一度,実務の中枢を担う全病棟の医長や看護師長を含む関係者約50名が一堂に会し,午後一杯を掛けておおよそ以下の手順で作業を行っていました.

  1. 看護師長が病床管理表に患者の病棟間の転入・転出予定を紙に手書きし資料作成
  2. 診療科の担当医師が患者の退院予定を紙に手書きし資料作成
  3. 病棟毎に看護師長が1 週間分の空床予定案を作成
  4. 手術予定患者を抱える診療科の担当医師が当該診療科の入院待ち患者の入院を看護師長と交渉
  5. 看護師長は,病棟の空床予定,患者の重症度合,病室の男女の別,病棟で働くスタッフの勤務予定,間違いを避けるための同姓患者の同室忌避や,患者へのサービス品質を左右する疾病に応じた細々とした対応に至るまで,要因を瞬時に勘案し,経験に照らして入院可否を判断

そして不都合が生じた場合は,上記の手順を変更が必要な範囲で逆に辿り,修正ののち手順を繰り返します.

共同研究では,これらの作業のIT化を目指しました.約2年間,附属病院の病床管理委員会に出席させて頂き,病院関係者の皆様の多大なご協力の下,病床割当の手順と考慮する要件,ならびに病床割当に対する関係者の評価尺度の導出を行いました.その上で数理最適化を用いた病床割当のプロトタイプモデルを作成し,サンプルデータを用いてのモデルの検証まで行うことができました*2

私の専門分野である数理最適化は,病床割当案の作成には有効なモデルですが,案を実際に利用するためには,医師ならびに看護師が使いやすいユーザーインターフェースが不可欠です.このインターフェースの作成では,システムインテグレータとして定評のある現日鉄ソリューションズのシステム研究開発センターの皆様にご協力を頂きました*3

共同研究ではここまで進めることができたのですが,大変に残念ながら力及ばず,現時点に至るまで実際の運用にまでは至っていません.昨年末,本件に関して附属病院の関係者からお話を伺う機会がありましたが,その時点でも作業は経験・勘・紙に依存しているとのことでした.

これは付属病院での事例ですが,全国の病院を考えた場合,必ずしも特殊な事例ではないと考えます.日本の医療技術は極めて高く,診断における画像認識などAI技術の導入も進んでいると伺っていますが,サービス学的視座で見た病院の運営に関しては,未だ十分に活用されていない印象を持っています.COVID-19の拡大は,IT技術の導入が待ったなしの状態であることを改めて突き付けているのではないでしょうか.Withコロナの時代にふさわしい医療資源・医療サービスの最適配分を目指して,今こそ研究を行うべきであることを痛感し,進めて参りたいと思っています.

著者紹介

吉瀬 章子(よしせあきこ)

筑波大学システム情報系・教授,東京工業大学工学部卒業,同大学院理工学研究科で経営工学を専攻後,1990年工学博士.専門は「数理最適化モデルのアルゴリズムと応用」,
URL: https://researchmap.jp/read0018283/

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