コロナウィルス感染症 COVID-19は,様々なサービス業に対して「新しい日常」への対応という大きな課題を投げかけています.技術者と顧客が密な状況になる美容・エステティック関連サービスにおいても,「新しい日常」への対応は大変重要であり,対応を誤れば市場の縮小までも懸念されます.技術者と顧客が肌を触れ合うサービスの中で,安全にサービスを実施するにはどのような変化が必要かの対策を考えなければなりません.今後の各サービス提供者の個別の対応を考える際には,美容・エステティックの衛生管理分野での世界の現実と日本の現状の違いの理解が必要です.
戦後から1980年代にかけて,日本は美容・エステティック関連の技術を米国やヨーロッパから学びました.1990年代になるとHIVの感染拡大により,米国・ヨーロッパをはじめ多くの国・地域における美容・エステティック関連の衛生管理には決定的な転換がありました.特に,公衆衛生が日本のような高いレベルにない国々,そして多様なバックグラウンドの人々が生活する国では,サロンでの衛生管理に関して大きな変化が起こりました.医療などと同様に,美容・エステティックにおいても,サロンでのHIVの感染を防ぐという目的で様々な改良がなされました.反面,日本は世界と比べて衛生環境が良く,HIV感染者数も少ないこともあり,日本の美容・エステティックのサロンにおける衛生管理にはHIVによる大きな変化はなく,COVID-19以前であっても,衛生管理の実態には日本と米国・ヨーロッパとは大きな違いがありました.日本においては,サロンでの衛生管理の実態についても「ガラパゴス化」とも言える状況になっていました.法律的には国際的にも全く遜色ないものですが,サロンでの実態は残念ながら日本独自の基準になってしまいました.
これは,COVID-19によってもたらされた「新たな日常」の大きな変化の第一歩は,国際水準レベルの衛生管理にすることにより達成できるということを示唆しています.米国やヨーロッパのサロンの良い習慣を学び,参考にし,消毒の徹底と使い捨て用具の採用をすることが,「新たな日常」の第一歩です.
消毒
日本のヘアーサロンの多くでは,技術者は本革製のシザーケースにハサミやコームを収納していて,道具をそこで管理して,顧客から顧客の移動をしています.この移動の間には消毒が行われていない場合もあるのが現状です.一方,ヨーロッパの美容室では,多くのサロンで,顧客の目の前でケースから道具を取り出し,その顧客に使用するハサミやコーム類を,顧客の目の前でアルコール消毒します.消毒をおこなうという事実に加え,顧客の目の前で消毒するということに価値を置いています.これはわかりやすい一例ですが,同様にサロン内部や様々な用具の消毒について,根本的な違いがあります.
使い捨て
世界100カ国以上で販売されているフランスのエステティック化粧品メーカーの本社の研修所へ昨年訪れる機会がありました.エステティックの施術の中での拭き取りにはスポンジではなく,全て使い捨てのペーパータオルを使用していました.同じ化粧品を日本国内で使用している多くのサロンは,依然スポンジを洗浄・消毒して繰り返し使用しています.また,日本のエステティックサロンにおいては,使い捨てでないスリッパが見られる場合もあります.どちらも洗浄と消毒が正しく行われていれば,衛生的には問題はありませんが,「新しい日常」における接客サービスとしては,顧客がどのように判断するかも重要です.日本では,安価のビジネスホテルに行っても,使い捨ての歯ブラシが支給されます.これが当たり前であり,疑問は感じません.串揚げ屋で「二度づけ禁止」は理解されています.「歯ブラシ」に当たるもの,ソースの二度づけに当たるものが,「新しい日常」の美容・エステティックサロンでは何かを,精査する必要があるでしょう.
基本的な消毒の徹底と使い捨ての採用の他に,米国・ヨーロッパのサロンから学べることとして,「パーソナル」と「非接触」という2つがあります.
日本のビジネスホテルにおいては,使い捨て歯ブラシが無償で備わっているとの例を挙げましたが,米国やヨーロッパのホテルにおいては,歯ブラシが備わっているホテルは実は大変少数です.歯ブラシは自分のものを持っていく,という文化です.歯ブラシの硬さや形は多様であり,個人の好みがあり,自分のものを使用することに意味があるという考えかたです.様々なアレルギーや,多様な宗教・文化の顧客がいる中では,同様の考えで,顧客個人用の化粧品,タオル,シーツ,ガウン等を考えるのも必要かもしれません.
すでに10年以上前から,米国のCNNのニュースキャスターのメイクアップは全てエアブラシによって行われています.従来のブラシやスポンジ等は使われていません.これは衛生の理由と同時に,撮影機材の高性能化によって,高解像度の画面では従来のブラシの跡等が見えてしまい,これに耐えるメイクにはエアブラシが必要という事情がありました.現在の日本においても,画質の高度化は継続しており,今後の衛生面での配慮にくわえて,エアブラシ等の「非接触」の用具の可能性は大きいと考えられます.
COVID-19により,衛生に対して配慮しサービスを提供することが,その技術者やサロンの差別化として,顧客が価値を見いだす時代になりました.「新しい日常」においての衛生管理は,失敗すれば致命傷を負うだけではなく,成功すればそこに魅力を感じ顧客増加にもつながる「価値」にもなります.新しいものを発明しなくても,各国での良い衛生管理の実例について学んでいただき,今後の日本での理想的な衛生管理を導き出すことを期待しています.
著者紹介
久米 健市
1966年愛知県生まれ.シアトル大学経済学部卒業,ワシントン大学フォスター経営大学院MBA修了.
学校法人中日美容専門学校校長,一般社団法人日本エステティック協会理事長,特定非営利活動法人日本ネイリスト協会理事,公益財団法人日本エステティック研究財団常務理事,公益財団法人日本ネイリスト検定試験センター監事.