すごいかも?

今年度も公立はこだて未来大学でプロジェクト学習(Project Based Learning)がスタートした.異なる学科やコースの学生がチームを構成し,実社会に根ざした解のない(あるいは解がひとつに定まらない)複雑な問題群に共同で取り組む,3年次通年の必修科目である(詳しくは美馬2018*1https://www.fun.ac.jp/project-learning).教員も数名からなるチームを組み,学生にプロジェクトのテーマを提案する.なかには南北海道の地域社会をフィールドにしたり,他の大学や企業と連携して開発を進めるようなプロジェクトもある.学生は提案されたテーマを吟味し,教員チームとの面談を経て各プロジェクトに配属される.プロジェクト学習は,公立はこだて未来大学における学びの根幹をなす科目である.

コロナ禍による全授業オンライン化という想定外の事態ではあったが,今のところ(これを書いている6月中旬の時点で),オンラインでのプロジェクト学習は大きな問題もなくスムーズに滑り出したように見える.

実は,ある会議で同僚のひとりが「未来大のオンライン授業はとても素晴らしいスタートダッシュだった」という主旨の発言をしたとき,他大学の様子をほとんど知らなかった筆者は「えぇ!そうだったの?!」とたいへん驚いた.情報系というアドバンテージはあるにしても,自分のいる環境があたりまえになりすぎていて,私たちがどのくらい「素晴らしい」ことをやってのけたのかがよくわかっていなかったため,身内とはいえそんなふうに言ってもらえたことがとても嬉しかった.

ここであらためて,筆者が関わっているプロジェクトがオンラインで問題なくスタートするまでの道のりを振り返り,そこまでにあった「実はすごいのかもしれないこと」を挙げてみたい.もしそれらが本当にすごいのであれば,同僚や学生たちとお互いをもっと褒め称えるためのzoom飲み会を開催しようと思う.

独りじゃない,初めてのオンライン授業

3月に入るとすぐに,オンライン授業の実施に向けた試行錯誤と情報の収集や共有が怒濤の勢いで始まった.末端にいる筆者から見ると,教員どうしが寄って集って教え合うような状態で,ちょっとしたお祭りのような明るいムードだった.まわりに不安になっている人が見当たらなかったので筆者も不安にならなかったし,のんびりしていても次々とノウハウやアイデアがトップとボトムの両方から届くので焦ることもなかった.テスト版の講義動画を見せ合い褒め合いながら(ときには切れ味鋭いツッコミを受けて悶えながら),同僚の優れたワザをいくつも発見し,それらを自分の講義に取り入れていくのは,思いのほか楽しい作業であった.

また,例えば同期型でのビデオオンによるプライバシーの問題(特に女性の私的空間の公開といった防犯上の懸念)など,気になることがあればとりあえず投げておける場があり,確かに受け取ってくれる人がいた.あの件はその後どうなったの?と思うことがまったくなかったわけではないが,トップからは定期的に状況や進捗に関する情報が流れてきていたので,放っておかれているという感じはしなかった(新年度に入って少し経ってから筆者は授業に関わる情報を「流すほう」の組織のメンバーとなり,なるほどこんな苦労があったのか!こりゃ大変だ!と驚いたりもしたのだが,その話はまた別の機会にしたい).

もともと多くの授業がチームティーチング(複数の教員が異なる専門性や得意なことを持ち寄り共同で授業を担当する)を基本として運営されており,教員が孤立しにくい体制になっていたことや,情報のハブとなるキーパーソンが複数いたこと,その人たちがなんだかやけに楽しそうだったこと,新しいシステムやテクノロジーを面白がるタイプの人が多いこと,オンライン授業自体を研究対象にしている教員がいたことなど,複数の要因が組み合わさってこのような展開になっていったのだと思う.多くの教員は,授業準備にかかる時間の増大にやや疲れを感じながらも,さしたる不安もなく二週間遅れの授業開始を迎えることができたのではないだろうか.

学生はすでにオンラインの人

授業開始に先立ち,筆者の研究室では4月の第一週から卒業研究のオンラインゼミをスタートしていた.そこでは「いちばん心配していていちばん会いたがっているのが教員」という状態で,学生自身は意外なほどあっけらかんと新しい生活や授業スタイルを受け入れていた.不安や不足をたずねてもたいていはキョトンとした反応で,過保護すぎる教員にあきれているのではないかと思ったくらいだ.通信環境にはほとんど問題がなく,学習環境の整備は研究室の機材や本などを貸し出すことでほぼ対処でき,生活にもなんら支障がなく,就活はぼちぼち進んでいて,友人とも(これまで通り)ネットでつながっているとのことだった.

4月下旬に卒研ゼミ以外の授業が始まると,いくつものオンライン授業を受けているためか,学生のほうがmanabaのようなLMS(Learning Management System)や,SlackをはじめとするSNSの使い方に習熟しており,助けられることも多々あった.ここでも,立場によらず知っている人が教える,教え合うということがあたりまえのように活発に起きていた.筆者は学生から,じゃがいもの姿になったり頭上に猫を乗せたりしながらzoomミーティングに参加する方法や,可愛らしいロボットになって3D空間上で発表者のレジュメを共有しながらゼミを実施する方法など,上級編の使い方をいくつか教わった(それらが必要かどうかはさておき).

教室での授業は,どうしても教員/学生という立場によってふるまいが拘束されてしまいがちになる.しかし,少なくとも10名前後までのオンライン同期型授業では,学生の主体性や教員との関係性がこれまでとはかなり変化しているように思う.もしかしたら学生は,オンラインでよろよろと危なっかしい教員を自分たちが支えなければ,と思っているのかもしれない.教員としては,新しい授業のあり方を学生といっしょに創造しようとしているのだけれど.

面談から始まっていた足場かけ

授業開始からさらに少し遅れて,各プロジェクトのテーマの説明がオンライン上(manabaによる非同期型)で公開され,教員と配属を希望または検討している学生の集団オンライン面談(zoomによる同期型)が始まった.筆者が所属する通称「すうぃふと2020」プロジェクトは,情報系の教員2名,デザイン系1名,そして認知系の筆者という異分野混合の(ただし本学では標準的な)チームである.

配属のための面談は,ともすると緊張感の高い採用面接や採用試験のようになりがちだが,情報系のリーダー教員が主導する「すうぃふと2020」のオンライン面談は,なんというか,井戸端会議のような趣のコミュニケーションの場になっていた.リーダー教員のキャラクターによるものと言ってしまえばそれまでだが,ちょっとかしこまって,コミュニケーション分析を専門とする認知科学の研究者らしく表現するならば,リーダー教員の相手に圧力を感じさせない柔らかな語尾と,聞き手性を明示する発話によって,オンラインで強まりやすい形式性や権力構造が無効化されていた,と言えるかもしれない.あたかも,井戸端でおしゃべりをしている教員やTA(上級生のティーチングアシスタント)の輪のなかに,3年生をおいでおいで〜と手招きするような,のんびりとしたいいムードになっていたと思う(筆者がリーダーをやると絶対にこうはならないだろう).

振り返って考えると,このときからすでに,今年度のプロジェクトの場がデザインされていたと言えそうだ.オンラインだからあえてそうしたというわけではなく,オンラインであろうとなかろうと,このプロジェクトのムードが面談の段階からすでにふんわりと立ち現れ,「すうぃふと2020」のいわば予告編として,新たなメンバーに提示されていたのである.このことは,結果的に,学生の発達や学習ための重要な「足場かけ(scaffolding;expertによる手助け,学習支援)」になっていたと考えられる.

口も顔も出すTAたち

プロジェクトの初回は,面談のときと同じようにリーダー教員の主導で,井戸端会議的ムードのzoomミーティングとして始まった.そこで足場をさらに確かなものにする役割を果たしたのが,TAの面々である.

通信量やプライバシーの問題を考慮して,学生は顔出しなし(ビデオオフ)でOKということにしていたが,TAたちは休憩時間になると待ってましたとばかりに喜んで顔を出し,大きな声で楽しそうに雑談を始めるのであった.オンラインによって強まる形式性と権力構造を,より積極的に壊しにかかるTAたち.グッドジョブだ.教員にそこまでのことはできない.

すでにプロジェクトを一年間経験してきた先輩たちはおそらく,そうしたインフォーマルなふるまいこそがチームビルディングにおいて重要であることを熟知しており,文字通りその姿を見せながら3年生の足場を支えようとしていたのだろう.オンライン授業(特にzoomによる同期型)の経験値は3年生とほぼ同じ(つまりほとんどない)はずなのに,上級生のオンライン上でのふるまいがこんなにも洗練されて見えるのは,大変興味深いところである.

オンラインを飛び越えろ!

そこから先は,新メンバーの3年生が自分たちで場をつくっていくフェーズである.教員とTAがかけた足場の上で,プロジェクトリーダーが(自薦で!)決まり,zoomとSlackとDiscordとGitHubを併用しながら(その後もさらにいろいろシステムやサービスが追加され),自らの活動の場をつくる試行錯誤が始まった.まさに学習環境デザインである.3年生にとっては,初めてのプロジェクト学習への戸惑いとそれをオンラインで進めることへの戸惑いが,渾然一体となっているかもしれない.でも大丈夫.アイデア出しがうまくいかないのはオンラインだからではなく,対面であっても,毎年みんなそこで苦悩・苦闘しているのだ.だから,オンラインであることには拘泥せずに,むしろそこを飛び越えて,チームでものづくりすることの楽しさや新しいやり方にたどりついてほしい.そう願いながら,教員たちはそっと見守っている.

さいごに

さてさて.ここまで書いてきたことは果たして「あたりまえに思っているけれど実はすごい」と言えることなのだろうか.客観的な評価は読み手にゆだねるが,個人的には,本学の「オープンスペース,オープンマインド」のモットーを体現したような,この明るくてすこぶる機嫌のよい人たちのコミュニティにいられることを,筆者はとても幸せに感じている.

「こんなのどこでもやっていることでしょ」と思われた方もいるかもしれない.もしそれが真実だとしても,私たちはもっと明示的に,お互いを褒め合ったほうがよいと思う.あたりまえじゃない2020年度の新学期を,なんとかここまでやってこれたのだから.

著者紹介

南部 美砂子

筑波大学大学院博士課程心理学研究科(博士(心理学)),日本学術振興会特別研究員(PD,法政大学),東京大学21世紀COEプログラム「心とことば一進化認知科学的展開」特任研究員を経て,2005年公立はこだて未来大学に講師として着任,2009年同大学准教授.
「人・道具・社会の三者関係」や「日常的な生活場面における人の知的な営み」に関心がある.オープンスペース・オープンマインドな人と環境に恵まれて,ICTユーザ研究,医療コミュニケーション研究,盲ろう児の認知発達研究,認知症ケア研究,コミュニティデザイン研究などに従事している.

  • *1 美馬のゆり(編著) (2018). 未来を創る「プロジェクト学習」のデザイン,公立はこだて未来大学出版会.
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