はじめに

筆者の1人が勤める古河林業株式会社は,明治8年に林業を祖業とし創設され,その後,プレカット工場を含む住宅業の展開を通じ,森林にかかる六次産業化を遂げてきた.しかしながら従来,山林,プレカット工場,注文住宅の各事業部門は個別運営感が強く,原材料部門を有している強みが十分に発揮されてきたとは言い難かった.
本稿では,林業においては長らく木材価格の低下と就業人口の低減を原因とした業界環境に苦慮し,かつ,住宅業では人口減と顧客の志向多様化に伴う競争激化の市場環境に晒されてきた同社が,既存のケイパビリティを軸に六次産業化を通じてサービス化を図ってきた結果,事業にかかるエコシステムを拡大すると同時に,独自の競争優位を獲得してきた経緯について説明する.更には,その経緯を支えた価値創造プロセスについても分析する.そして最後には,昨今のSDGsブームにおける事業発展の可能性に関して考察する.

古河林業概要

古河林業は明治8年,当時,銅山経営を手掛けていた古河鉱業が精錬用の薪炭を自給するため,鉱山横の山林の伐採跡地に植林を開始したことを祖としており,現在,秋田,宮城,三重の3県に6,460ha(東京ドーム約1,380個分,国土の約1/6,000)の自社林を所有している.林業以外では,1973年に住宅業に進出し,現在では100%国産材を使用した木造注文住宅建築を手掛けている.また,1990年には,秋田自社林に程近い地に住宅用構造材のプレカット工場を設立し,第一次産業(林業),第二次産業(住宅用構造材製造業),第三次産業(注文住宅建築を顧客の注文に応えるサービス業と捉える)の六次産業化を果たした.2021年度9月末現在,売上高89億円,従業員数は230名.ハウスメーカーとしては,関東,東海,東北地方に18の展示場を出展,年間約300棟を受注する一中堅企業である.

大黒柱ツアー

本項では事例紹介の中心となる大黒柱ツアー※1について誕生の背景と,今に至る経緯について述べる.

大黒柱ツアーの誕生と社内への浸透

大黒柱ツアーとは,同社と住宅建築の契約を締結した顧客を,1日1組限定で自社林に招待し,自邸に使用する大黒柱を選定の上,施主家族が自ら伐採,その後,プレカット工場において,顧客が指定した形状の柱に加工し,自邸に設置するサービスである.
ツアー自体は自社林がある秋田県阿仁山林,宮城県七ヶ宿山林,三重県大内山山林の各所で催行されているが,その主な開催地は宮城県の七ヶ宿山林である.当地は森林規模,および地形等の制約で生産量,生産性共に限られ,加えて,生産されるスギも,その生育環境より,差別化されるだけの品質にも至らないため,いわゆる王道的林業には向かない地とされてきた.一方,ロケーションに関しては,東京から新幹線経由で3時間かからずにアクセス可能で,同社の主要商圏である関東近郊から利便性のよい立地にある.
斯様な条件のもと2005年,住宅事業部における他社との差別化検討の折,偶然にも大学同窓生である七ヶ宿林業所長と住宅事業部営業所長が,「山で木を伐って柱にしたら面白そうだし,お客様にも喜ばれそう」と提案し,採択されたことが大黒柱ツアーの起源である.開始当初は,年間10組にも満たない顧客しか来ず,社内にもなかなか浸透しなかったが,当時トップクラスの成績を上げていた営業担当が,ツアーを住宅営業上の武器として活用し,社内でのロールモデルとなったことに他営業担当の評判が重なり,徐々に浸透していった.
その後2010年に迎えた社長交代を機に,全社で会社の方向性を共有するため,企業理念である“地球を循環させるという発想”,および企業コンセプトの“森林再生サイクル”※2が制定された.特に森林再生サイクルは,林業と住宅業を兼営する当社の特徴を表すだけでなく,社会の公器としての存在意義をも明文化したものであり,同社事業の象徴として,ホームページやパンフレットを通じ,従業員だけでなく顧客にも幅広く周知されることになった.
さらには2012年より運用している3年ごとの中期経営計画の中で,住宅事業部において,従来のQCD(Quality:耐震性,断熱等の住宅性能/Cost:価格/Delivery:建築工期)といった消耗戦線からの脱却,および,独自の差別化確立を図るため,同計画の共通テーマとして“森林総合企業化”を掲げ,これに伴う競争優位確立手段として大黒柱ツアー活用が強く働き掛けられるようになった.なお,同計画については,2021年12月より第4期がスタートしており,ここでも「大黒柱ツアーの拡充」が取組課題として掲げられている.
また,より内的なアプローチとして,新卒採用の企業説明会において,企業を代表する取組としてのツアー紹介,入社前研修としてツアー疑似体験の実施,加えて,中途採用における採用要件でも本取組への共感を求めるなど,企業の土壌となる人材面からも啓蒙に努め,社内により広く,より深く浸透するよう取り組んでいる.
結果,大黒柱ツアー参加組数は,開始当初2005年度の年間10組から,コロナ禍前の2019年度には129組,コロナ禍の影響を受けた2021年度でも128組の来山に達する程にまで伸び,他社と差別化された取組として,同社家づくりの看板メニューとなった.また,これに合わせ会社業績も堅調に推移している.

図1 大黒柱ツアーの様子
図2 大黒柱が設置されたリビング

大黒柱ツアーの進展と社外との連携

大黒柱ツアーの住宅事業における顧客への提供が浸透してきたことを受け,2015年以降,新たな収益源確保試行を目的として,本ツアーの住宅事業顧客以外への提供,協働を図ってきた.
具体的には,林野庁補助事業でもあるウッドデザイン賞※3に,2015年度は「大黒柱ツアーで建てる家」,2017年度には,社有林のある七ヶ宿町,および既存取引先とのカーボンオフセット認証事業をベースにした「官・民・民による地域型CSVエコシテム【地方創生×国産材利用】」で応募,入賞を果たした.
また,2016年には新規事業開発の切り口で,大黒柱ツアーの更なる発展を狙って法人研修への転用にもチャレンジした.内容としては,企業メンバーのチームビルディングを目的に,実際に七ヶ宿山林にて,手鋸を用いて大黒柱の伐採や搬出,薪割り体験をしてもらうものである.本研修の特徴は,ただ単に木を伐ったり運んだりするのではなく,そこにチームビジョンの共有や,リーダー/フォロワーといった役割分担,チーム内コミュニケーションの重要性を絡めたプログラムであり,社外プロである人事コンサルタントの助言を得て設計した.結果として本件は,①法人研修市場は,競合が多いレッドオーシャンであり,かつ,提案先企業にとっては直接的な収益をもたらさないコスト要因であったため,新規導入のインセンティブが働き辛かった,②大黒柱ツアーを通じて体感できるCO2削減,水源涵養機能の保全や,地方創生といった社会的価値は,絶対価値として誰しもが認めるところであるが,既導入済みの他研修の代替となるまでには至らなかった2点を主な要因とし,結実しなかった.
しかしながら,先述した新卒採用における取組が奏功し,大黒柱ツアーに携わることを夢見て入社した若手社員が,法人研修転用の失敗要因を踏まえつつ,新たな切り口での法人研修を企画しており,現在,コロナ禍収束後の再チャレンジを企図している.
なお,2018年には七ヶ宿町がある宮城県内に,新たに住宅事業部仙台営業所を開設し,山林事業部七ヶ宿林業所との協働を図っている.先述の七ヶ宿町,および既存取引先とのカーボンオフセット認証事業は,同社が,七ヶ宿町への移住促進施策である地域担い手づくり支援住宅事業※4における住宅建築を請け負っていることを緒にした取組であり,法人研修の再チャレンジについても七ヶ宿山林での開催を想定している.
また,2021年の本社移転に際して,三重山林のヒノキと七ヶ宿山林のスギを,それぞれ地元の製材所,家具メーカーと協働して会議室の床材と什器に誂え,木が香る会議室は同社が標榜する価値の象徴になっている.中でも七ヶ宿山林のスギを使ったテーブルとイスは,香りに加え,その軽さと手触りも来訪者に好評で,今後,大黒柱ツアーのオプションとして,住宅事業顧客への提案・販売も検討している.

図3 三重山林のヒノキと七ヶ宿山林のスギで誂えた古河林業会議室

大黒柱ツアーの誕生と発展のメカニズム

本項では,大黒柱ツアーが誕生,発展していった経緯について,サービス化,ケイパビリティの統合,および背景で働いた社内メカニズムの観点より検証する.

サービス化,ケイパビリティ統合の見地から見た大黒柱ツアー

大黒柱ツアーの誕生から発展,現状に至るまでの経緯を,改めてサービス化の観点で俯瞰してみると,本件は,サービス化を通じ,既存の個別事業ケイパビリティが企業全体のケイパビリティに統合,昇華させた事例としてとらえることができる.以下では,ケイパビリティの変遷,およびサービス化とこれに伴うサービスエコシステムの推移について,Phase1(大黒柱ツアー誕生前),Phase2(大黒柱ツアーの誕生),Phase3(大黒柱ツアーの進展)の3期に分け,各Phaseでの状況を確認する.
Phase1(大黒柱ツアー誕生前)
同社が林業,プレカット事業,住宅事業を展開,兼営し,各部門が事業として成立していたことは企業内に個別ケイパビリティが存在していたことを示す.一方,住宅事業において自社林保有に基づく国産材での家づくりを標榜していたものの,当時それらはただ独立して存在しているだけであった.極論すれば,山林事業部は木材生産からのみ収益を計上し,住宅事業における顧客との価値共創においても家そのものの間取りや,性能,仕様等,いわゆるモノづくりにフォーカスされた取組に終始しており,当社における価値の捉え方はGDL(Goods-Dominant Logic)※5に基づいていたと言える.
Phase2(大黒柱ツアーの誕生と進展)
2005年に大黒柱ツアーが開発されたことは,サービス化の観点で,従来,住宅建築にのみ焦点が当てられていた顧客との間で,当社固有の価値(森林を保有していること,大黒柱という家の象徴を自ら手掛ける“家づくり” を提供すること)が体感できる場が追加されることで,従来のQCDだけに囚われることのない独自の価値共創を生むことにつながった.ここに古河林業が“家”の提供から“家づくり”の提供へ,すなわちGDLからSDL(Service-Dominant Logic)※5への転換と,顧客を巻き込んだサービスエコシステム誕生の原点を見ることができる.
加えて,社内業務運営においても,単に各事業が緩やかに繋がっていた状態から,先ずは山林事業部と住宅事業部が顧客を共有することで連携,社内的価値共創が生まれた.次いで,伐採された一本の大黒柱を通じた共創業務(伐る,加工する,建てる)が加わったことでサプライチェーン上での連携強化も図られ,各事業部に独立して存在していたケイパビリティの全社統合が図られた.
特に山林事業部,プレカット工場で働く従業員にとっては,普段会うことのない自分たちの製品(丸太木材とプレカットされた住宅建材.秋田阿仁山林の大黒柱ツアーではプレカット工場見学も組み込まれている)を実際に使用する顧客の顔が見えることは,今まで会うことのなかった価値共創相手と直接対面し,自らの仕事の成果を体感できる機会となり,大いなるモチベーション向上に繋がった.また,住宅事業部の従業員にとっても,日頃顧客に勧めている林業,およびプレカット事業を有していることの価値を実感する機会にもなっている.このことは,例えば単にお題目としての社内部門間連携強化を目指すプロジェクトと比し,よりリアルな実感を伴う価値共創,および「あのお客様の大黒柱だ」との思いに基づく緊密な業務上の連携を通じた,より強固なケイパビリティの統合をもたらすことになった.
更には企業コンセプト“森林再生サイクル”の制定,中期経営計画の策定,および共通テーマ“森林総合企業化” ,ならびに新卒,中途採用活動への適用によって,統合されたケイパビリティの価値が形式知として表出化され,結果,統合されたケイパビリティの明確化,浸透が進み,企業価値の源泉にまで昇華した.
なお,大黒柱ツアーを自社が持つ強みとして積極的に活用したことに,業績向上という実益が伴ったことで,社内に実態を伴う意味的価値が付与されたことも更なる価値共創の促進,およびケイパビリティの統合強化を生み出す要因となったと考える.
Phase3(大黒柱ツアーの社外連携)
その後のツアー数の増加,およびウッドデザイン賞への応募や法人研修への転用試行を通じ,大黒柱ツアーは当社におけるサービス化,価値共創の象徴として,社内に広く浸透し,かつ,社外との価値共創を図る際の導入ツールとしてアイコン化された.加えて,新たな営業拠点を設ける動機の一部や,家具販売を検討する際のベースにもなっており,新たなケイパビリティ開発を模索する際の源泉的機能も有するようになった.
表1では,Phase1からPhase3までの推移を,自社林,自社工場を所有し,形式的な六次産業化を図っていた同社が,大黒柱ツアーという一つの取組を契機とし,GDLからSDLへの転換,企業内に点在していた既存ケイパビリティの企業ケイパビリティへの統合,さらにはサービスエコシステムの範囲拡大,社内的共創強化を実現し,一段高度な六次産業化企業に変遷してきた過程として示した.

表1 大黒柱ツアーとサービスエコシステムの推移

SECIモデルの見地から見た大黒柱ツアー

本項では,先述したサービス化,サービスエコシステムの拡大とケイパビリティの統合を実現した要因について,社内メカニズムの見地よりアプローチし,解明を試みる.
解明に向けたツールとしては,SECIモデル※6を準用した.SECIモデルは通常,知識創造活動に注目したナレッジ・マネジメントのフレームワークとして,個人に内在する暗黙的な知識(暗黙知)を集団や組織の共有の知識(形式知)へと展開する変換プロセスを表現するのに用いられるが,本稿では,知識をケイパビリティに置き換えた.置換については以下4点を理由に,適用可能であると考えた.
・知識もケイパビリティも無形のものである.
・知識もケイパビリティも他者と共創されることで価値が発揮される(知識は一方が知っていて他方が知らないことで価値が発揮され,ケイパビリティは一方が有していて他方にとって有益であることで価値が発揮される).
・価値創造を対象としたケイパビリティの獲得は,知識創造を対象としたSECIモデルと類似した動的プロセスを経ると考えられる.
・既に確立されているモデル(SECIモデルにおける共同化,表出化,連結化(本稿では統合化と呼ぶ),内面化の変換プロセス)を準用することで一般的な理解が得られやすい.

図4 ケイパビリティ統合に適用したSECIモデル(以下C-SECIモデル)

以下では前項同様,Phase1(大黒柱ツアー誕生前),Phase2(大黒柱ツアーの誕生と進展),Phase3(大黒柱ツアーの社外連携)の3期に分け,社内で個別に散在していたケイパビリティが,如何に企業ケイパビリティに統合されていったのかについて,各PhaseにおけるC-SECIモデルの状況と動向推移を通じて確認する. なお,ここで用いるケイパビリティとは,林業由来である同社の性質的なケイパビリティと,山林事業部,プレカット工場,住宅事業部がもつ業務運営上のケイパビリティ双方を指す.
Phase1(大黒柱ツアー誕生前)
林業由来である同社の強み,すなわち性質上のケイパビリティは,特定社員間でセールストークとして共同化され,一部表出化していたものの,社内に暗黙的に存在していたのみであった.他方,業務運営上のケイパビリティについても,山林,プレカット工場,住宅事業部間において,個別事業ごとに存在していたが,事業部内においてのみ発揮されているのみであった.つまり性質上のケイパビリティも,業務運営上のケイパビリティも,個人,個別事業に属しているだけの状態であった.
Phase 2(大黒柱ツアーの誕生と進展)
顧客との価値共創の場となる大黒柱ツアーが開発されたことを機に,性質上のケイパビリティは,一気に表出化が図られると同時に,形式的ケイパビリティとして認知されるようになった.さらには企業コンセプト“森林再生サイクル”の明文化によって,例えば住宅事業における接客の場面で「当社が国産材100%の家づくりを標榜しているのは “森林再生サイクル”に由るところです」,「一家の象徴となる大黒柱を一緒に伐りに行きましょう」と伝え続けることによって際立ち,社内への浸透が図られた.また,業務運営においても,山林で大黒柱を伐り出した際に,長さを調整し皮剥きするなどの事前加工を施す,プレカット工場では住宅内で設置する場所の特性に合わせ加工する,運び込まれた建築現場では,構造躯体への取り合いや内装との調和に気を付けながら取り付けるなど,山林から住宅まで自社一貫で手掛けることで,各事業部固有のケイパビリティが企業ケイパビリティとして統合に向かう契機となった.
次いで中期経営計画の策定と,大黒柱ツアーの採用活動への適用をもって一層の認知拡大が進み,形式的ケイパビリティとして,企業内への浸透が深化した.加えて大黒柱ツアーの増加に比例し各事業部の協働機会も増加,結果,当初各事業部内でのみ発揮されていただけであった業務運営上のケイパビリティは,企業レベルでの取組に昇華され,統合化を迎えることになった.
Phase 3(大黒柱ツアーの社外連携)
性質上のケイパビリティは,ウッドデザイン賞受賞を通じ,企業価値として外部へも発展し始める統合化を経て,従業員1人1人に浸透する内面化に進んだ.併せて,法人研修への転用試行から得られた反省により,次のケイパビリティ開発(新たな法人研修の企画)の元となる考察も得られ,内面化から次の共同化に向かう動きが見られるようになった.
また,仙台営業所の出展や自社林材の家具利用検討は,大黒柱ツアーや森林再生サイクルを,如何に同社の次なる拡大や,新たな提供サービス開発に繋げるかを検討する際の暗黙的前提ともなっており,業務運営上でもケイパビリティが一巡して内面化から共同化に向かうステージにいると言える.
表2では,各Phaseにおけるケイパビリティの状況と動向を,C-SECIモデルを用いて示した.なお,進展状況における色付き部分は,社内におけるケイパビリティの浸透・進展状況を表している.

表2 大黒柱ツアーとC-SECIモデルの推移

大黒柱ツアーによるサービス化の進展,エコシステムの拡大,ケイパビリティの統合

本項の最後に表1と表2を統合し表3にまとめた.表3では,大黒柱ツアーを基軸とした同社におけるサービス化の進展,サービスエコシステムの拡大に伴うケイパビリティの統合と,その進展,拡大を社内より支えたケイパビリティの浸透・進展状況の変遷を表している.

表3 大黒柱ツアーとサービスエコシステム,C-SECIモデルの推移

表3を俯瞰すると,当初,単に住宅事業の顧客と家づくりと楽しむ1つのイベントとして考案された大黒柱ツアーが,営業実績を伴ったことで社内において口コミ的に広がり,催行数を増加させた結果,形式的ケイパビリティとして浸透,更には中期経営計画への反映や採用活動への適用,社外活動への転用など,企業固有のケイパビリティとして認知され,同社の競争優位として確立,今後の企業発展の源泉にまで昇華していった様相が見て取れる.
この過程では,事業活動における価値の捉え方の変遷が見て取れる.つまり従前,個々のケイパビリティが単体で活用されていたときは,木材や住宅といった製品を価値の源泉とするGDLに基づいた捉え方だったものが,これらのケイパビリティが大黒柱ツアーを通じ,家づくりというひとつのサービスプロセスに組み込まれることで,SDLに基づいた捉え方に転換したと言える.同時に,かつては山林事業部,プレカット工場,住宅事業部の各事業部内にバラバラに存在していた既存ケイパビリティが強固に結合し,これが同社の競争優位を裏付ける業務運営面でのケイパビリティとして統合された結果,エコシステムの拡大に寄与していった様相も確認できる.
このことは,一ものづくり企業が,自社に内在する価値(本稿では大黒柱ツアー)の発見,育成を通じて,顧客との価値共創を増幅させる機会を得て,更にはそれが社内の価値共創も強化したことで,対顧客,社内業務運営両面からのサービス化を図れること,かつ発見された価値が競争優位となり得れば,サービスエコシステムの拡大,つまりは事業の拡大も図れることを示している.
企業規模の面で見ても本事例は,一中堅企業でも,サービス化の要となる事例を見出し,社内組織を横断する形で連携を図って積極的に洗練することにより,事業における諸々の制約(林業の場合には,森林という固定されたインフラや地域性といった地理的制約,熟練の施業技術習得といった技術的制約,決して大きくない企業規模といった資本的制約など)に囚われ過ぎることなく,自社が兼ねてから持つ価値,既存ケイパビリティを活かしながらスケール拡大を図り,競争環境が激しい市場(住宅市場)においてでも,独自の競争優位を確立し,十分に伍していけることの証でもある.

おわりに

本稿では,古河林業がサプライチェーン上,川上に位置する林業と,川下に位置する住宅業を結ぶ取組,大黒柱ツアーを機としたサービス化とケイパビリティの統合を通じて,独自の競争優位を獲得することで,事業の進展とエコシステムの拡大を実現してきた過程を示した.
さて森林に対しては,昨今のSDGsブームもあり従来の木材生産の場に限らず,二酸化炭素を吸収する地球環境保全機能や,降水を貯留し洪水を緩和する水源涵養機能などを含め,その社会的価値に多くの関心が寄せられている※7.一方,林業を生業とする事業者の多くは,その地に根差し,与えられた環境の中で,いかに経済的な価値を創出していくのかについて日々試行錯誤を繰り返しており,ここに世における期待役割と現場における実態間のミスマッチが散見される.
同社には現在,世間でのSDGs,脱炭素化ブームを背景に,自社林を活用したCO2排出権取引に関する引き合いが複数の企業より寄せられている.当該取引には様々な制約もあり,事業化には未だ時間を要することが予想されるが,本稿を一例とするサービス化の観点から、先述の林業に寄せられる社会的課題解決への期待と,収益を追求する現場実態間のミスマッチが解消される可能性を見出している。
これを同社における事業運営の観点で見れば,サービス化,価値共創の目的を既存事業の強化(同社で言えば住宅事業における顧客との共創関係強化)から,新たな収益源の確保(法人顧客との排出権取引によるサービスエコシステムの更なる拡大)に展開する機会になり得るものとして捉えることができる.加えて企業ケイパビリティの観点でも,林業という地理的に固定されており,かつ,木材が植林から丸太として市場に出るまで50~60年を要するような一見,超長期に渡り,非効率に見えるビジネスにおいても,視座を林業そのものだけではなく,林業を活用したビジネスにまで広げることができれば,多種多様なアプローチとビジネス展開を生み出し得る,新たなケイパビリティ獲得の機会として捉えられ,筆者両名とも大いに期待を寄せる.
最後に,今日も美しい森林を,幾星霜かけて育んできた先人に敬意を表します.

参考文献

Michael E, Porter. Mark R, Kramer.(2011).「共通価値の戦略」『Harvard Business Review』ダイヤモンド社
丹羽清(著)(2010).『イノベーション実践論』東京大学出版会
野中郁次郎・竹内弘高(共著),梅本勝博(訳)(1996).『知識創造企業』東洋経済新報社
延岡健太郎(2006).「意味的価値の創造:コモディティ化を回避するものづくり」『国民経済雑誌』第194号
北陸先端科学技術大学院大学・(株)日立製作所横浜研究所サービスイノベーション研究グループ(共著),小坂満隆(編)(2012).『サービス志向への変革』社会評論社]

著者紹介

西川義寛

古河林業株式会社 経営企画室長兼統括管理部長.生命保険会社,コンサルティングファーム,投資顧問会社を経て現職.早稲田大学教育学部教育心理学専修卒,北陸先端科学技術大学院大学修士(知識科学).

内平直志

北陸先端科学技術大学院大学 教授,知識科学系長,トランスフォーマティブ知識経営研究領域長.株式会社東芝を経て現職.東京工業大学理学部情報科学科卒,東京工業大学博士(工学),北陸先端科学技術大学院大学博士(知識科学).

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(いずれも2022/01/31アクセス)

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