C. Kowalkowski, W.Ulaga, 戸谷圭子, 持丸正明(著)
東洋経済新報社, 322P, 3168円+税, ISBN 9784492762530
映画の世界では,巨額の予算ときらめくスター俳優を使い,世界的な興業とその後のコンテンツマルチユースで大きく稼ぐハリウッド映画に対して,脚本と演技力とカメラワークで人間の内面に光を当て,静かな感動を呼び起こしてくれる欧州映画が存在する.
近年のマーケティング界はこれに近い様相が垣間見える.インターネットとデジタルテクノロジーを背景に世界をリードする米国マーケティングと,マーケティングに新しい光を当てて価値観や学問的な位置づけを丁寧に探る欧州マーケティングであり,中でもこの本の作者たちを含む北欧を中心とした学派の勢いは止まらないように見える.
そのキーワードが「サービス」だ.
この本は,今世紀になってから世界的なムーブメントになっているサービスドミナントロジック(S-Dロジック)を,製造業の事例を多く挙げながら解説している得がたい本だ.サービス化の歴史やマクロ経済の中での「サービス化」の解説から始まり,経営戦略としてのサービス化,組織やサービス設計,価格体系,戦術としてのサービス化,そしてそのマーケティングやセールス,チャネルマネジメントまでを網羅し,それぞれのプロセスでの豊富な事例を挙げて解説している.我々のような実務者が新しいロジックを理解するためには,この本のようにオムニバス形式で多くの事例が紹介され,サービス化のプロセスをさまざまに分類してそれぞれの特徴や陥りやすい罠などを教えてくれているのは大変ありがたい.また事例には失敗例も含まれていて,その解説を読むことでより理解が深まるだろう.
さらに本書の特徴は,既存のマーケティングの対抗軸としてサービスを語っていないところだ.ところどころにハーバード大学院の教授で米国マーケティング界の象徴的な存在であるT・レビットの言葉を引用し,レビットの提唱した「ホールプロダクト」に現代のサービスデザインの原点があることを紹介している.
実は製造業の世界では,2004年にラッシュとバーゴによってS-Dロジックが発表されるずっと前から「サービス化」の流れは存在していた.GEのジャック・ウェルチは,1981年にCEOに就任すると同時に「これからは製品を販売した後のサービスで稼ぐ会社になる」と宣言し,発電タービン,航空機用ジェットエンジン,医療機器などに「稼働」「生産性」「安全性」を改善するサービスを提供したことでGEを時価総額世界一へと返り咲かせた.そのジャック・ウェルチの後継者だったジェフリー・イメルトは,これをさらに推し進めてものづくりの統合プラットホーム戦略を策定したが,その過程で本書でも解説されている「サービスパラドックス」に陥り,株主によって会社を追われてしまった.
こうした目の前で起こった事実を構造的に理解するためにも本書はとても役立つだろう.
この本を読むことで,「バリュープロポジション」「ソリューション型」「コト売り」など多くの言葉で表現されてきたものの本質が理解できるだろう.
〔庭山 一郎(シンフォニーマーケテイング株式会社 代表取締役)〕