後編の記事ではやさいバスのサービスデザインについて,どのような実践を行ったかを解説する.ここでは特に,物流網整備の後に行われたECと物流が統合されたサービスのデザインについて解説する.やさいバスはECと物流が一体となったサービスが特徴であるが,その背景には複雑な課題を解きほぐしながら進めるサービスデザインのプロセスがあった.

関係者との共創

やさいバスのサービスデザインを考える上で無視できないのは共創アプローチである.やさいバスは,サービスの構成要素が複雑であること,さらに地域に点在する「バス停」を設置するなど広範囲の地域資源を活用したものであること,最後に,ジョイントベンチャー先である鈴与や他の株主など,ステークホルダーが多様であることなどから,関係者との利害を調整しながらサービスデザインを行う必要があった.

そのため,やさいバスのサービスデザインは関係者を包摂する共創的アプローチで進められた.主な関係者として,株式会社エムスクエア・ラボ,鈴与株式会社,デザイン専門家,ソフトウェア開発者などによる合計十数名でプロジェクトチームが組成され,リサーチ,ワークショップ,プロトタイプの各プロセスが進められた.

エスノグラフィ調査によるリサーチ

サービスデザインの最初のステップはエスノグラフィ調査によるフィールドワークとインタビューである.生産者やレストラン事業者,小売事業者,物流のそれぞれの現場に赴き,観察とインタビューを行った.このエスノグラフィ調査も上記プロジェクトチームによって行われた.

生産者のリサーチでは,実際の野菜づくりの現場を観察した.この生産者はバス停の役割も担っていたため,生産者としての立場に加えて,バス停運営者としての立場としても話を聞いた.実際にやさいバスへの出荷が行われる場所も確認し,生産者が限られた時間と作業空間の制約の中で,スマートフォンなどの機器を操作することの難しさを実感することができた.

レストラン事業者のリサーチでは,その事業者が野菜の仕入れに対してどのような課題を感じているかを中心にインタビューした.野菜そのものの品質などに意見があることはもちろんだったが,日々の発注におけるオペレーションが事業者にとって重要であることが再認識できた.

小売事業者へのリサーチでも同様に仕入れに関する課題をインタビューした.小売事業者へのインタビューでは,小売事業者が生産者とLINEを使って直接することがあることがわかり,やさいバスのサービスに生産者との直接コミュニケーションの機能を組み込む必然性が示唆された.

ワークショップによる共創

リサーチの結果を踏まえて,具体的なデザインを進めていった.デザインのプロセスは,1)既存のシステムにおける問題点のリストアップ,2)問題解決のための機能アイデアのブレインストーミング,3)機能アイデアの絞り込み,4)カスタマージャーニーマップの作成,5)UIプロトタイプの作成,6)ユーザーリサーチによる検証といったプロセスで進められた.これらのプロセスでは,デザインチームがラフデザインを行い,それをプロジェクトチームとのワークショップによってブラッシュアップするという共創アプローチで行われた.

最初に,エスノグラフィ調査の結果をもとに物流の現状のシステムを図示するシステムマップを作成した.このシステムマップをワークショップに持ち込み,プロジェクトチームと問題点を議論した.

次に,問題点を解決するために,やさいバスのサービスに実装すべき機能について,ワークショップでブレインストーミングを行った.数多くの機能アイデアが導出されたが,全てのアイデアを実装することは難しいため,絞り込みが行われた.

一旦この段階でデザインチームが持ち帰り,絞り込まれたアイデアをカスタマージャーニーマップに整理した.やさいバスのサービスは,生産者,需要者,物流,事務局という主に4つの階層で構成された.ここではサービスブループリントの方法論に基づき,生産者や需要者から見えるフロントエンドとしてのカスタマージャーニーとともに,物流や事務局などバックエンドにあるカスタマージャーニーも同時に整理された.

このカスタマージャーニーマップを再びワークショップにてステークホルダーとともに議論し,最終的なカスタマージャーニーマップを確定した.再度,デザインチームでこれらを持ち帰り,UIデザインのプロトタイプを作成していった.

プロトタイプによる検証

物流とECが一体となった複雑なサービスのプロトタイプ作成は困難を極めた.通常のECサービスであれば,受注が確定したタイミングでその受注情報は物流事業者に受け渡され,ECサービスとは分離したところで商品の発送が行われる.

一方,やさいバスのサービスはECと物流が一体となっているため,発注が確定した後は,サービス内の物流機能にその発注情報が引き継がれ,ユーザーとは同じインターフェースの中でやり取りすることになる.しかも,その発注情報は商品の出荷者である生産者や物流事業者とも共有する必要があるため,同じ情報を同じシステムで扱いながら,異なるフロントエンドUIが複数存在するという複雑さであった.

この複雑な状況において適切なデザインを進めるために,プロトタイプを使った検証と更新をアジャイルに行うことが大変有効であった.デザインチームがグラフィックベースでプロトタイプを作成した後,プロジェクトチームとのワークショップでフィードバックをもらい,何度か改変を重ねた.ある程度完成度が上がったタイミングで,グラフィックのUIをテストツールに組み込み,ユーザーへのテストを行ってフィードバックを得た.

この段階においても,ワークショップやユーザーテストを行う度に問題が表面化し,プロジェクトチームにおける議論を重ねて修正していった.ECと物理的な存在である「バス停」でのオペレーションをつなぐところに最後まで複雑さが残り,問題解決に多くの時間が割かれた.

おわりに

こうして整理すると,やさいバスのサービスデザインでは,基本的なサービスデザインツール*1が駆使されていることがわかる.やさいバスのサービスは複雑な社会課題を解決するサービスであり,こうしたサービスにおいてもサービスデザインの方法論が適応可能であることは今後のサービスデザインの可能性につながるものと考えられる.

やさいバスは地域における農業産品の流通という課題に向き合うサービスであった.地域にはこうした課題がまだ多く残されている.やさいバスは静岡という地域でプロトタイプを繰り返してサービスの礎を固めた後,全国にエリア展開している.今後,特定の地域で社会課題を解決しながら成長し,より広範囲に展開していくようなサービスが生まれる可能性は大きいのではないだろうか.やさいバスでの実践事例がその一助となれば幸いである.

著者紹介

岩嵜博論

武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科教授.博士(経営科学).博報堂においてマーケティング,ブランディング,イノベーション,事業開発,投資などに従事した後,現職.イリノイ工科大学Institute of Design修士課程修了,京都大学経営管理大学院博士後期課程修了.ストラテジックデザイン,ビジネスデザインを専門として研究・教育活動に従事しながら,ビジネスデザイナーとしての実務を行っている.


  • 1. 武山 政直. (2017). サービスデザインの教科書:共創するビジネスのつくりかた,NTT出版.
    岩嵜博論. (2016). 機会発見――生活者起点で市場をつくる,英治出版.
    マーク・スティックドーン、ヤコブ・シュナイダー. (2013). THIS IS SERVICE DESIGN THINKING. Basics - Tools - Casesー領域横断的アプローチによるビジネスモデルの設計,ビー・エヌ・エヌ新社.

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