COVID-19のパンデミックは世界を変え,その影響は今後も残り続けると見られる.2020年前半に始まった各国におけるロックダウンは,あらゆる分野で衝撃を与えた.特にサービス関連産業の収益の減少は歴史的な規模に達している.
過去の不況とは異なり,今回の不況には消費者の債務超過や資産価格のバブル崩壊,長期的な景気変動もない.図1にあるように,中国,米国,西ヨーロッパ全体で,COVID-19の流行初期に11-26%という急激かつ大幅な消費支出の減少が見られたが,これは主に旅行,娯楽,食事などの対人サービスの削減によるものであった(McKinsey,2021).
各国の消費支出は時間の経過とともに増加しており,消費者調査によると,パンデミック後に大幅な需要回復があることは間違いないと見られる.また,図2にあるように米国や西欧諸国では,家計の貯蓄率が10-20%ポイント上昇しており,多くの家計が消費に適した状態になっていると考えられる(McKinsey,2021).


図1 グレート・リセッション(2007-09)とCOVID-19(2020)における消費支出の減少

パンデミックを終息させるためのワクチン接種が成功すれば,消費者の信頼感の向上,潜在的な需要,蓄積された貯蓄によって,消費者の需要はパンデミック前のレベルに戻る可能性がある.COVID-19を封じ込めた後,中国が個人消費を大きく回復させたことは,多くの国にとって励みになると考えられる.
信頼の回復は,消費者の回復のきっかけとなる.消費者心理が高まれば購買意欲も高まり,潜在的な需要を掘り起こす「リベンジ・ショッピング」が業界全体に広がっていく.このことは,これまでの景気低迷でもそうであった.ただ,今回のコロナ禍においてはサービス部門が非常に大きな影響を受けていることが特徴である.したがって,ホテル,レストラン,劇場,娯楽施設など,特に社会性のあるサービス企業において,このような「リベンジ・ショッピング」による回復が生まれてくることは間違いない.
このことは,顧客が一貫した行動をとる,ということではない.マッキンゼーが,2020年10月下旬に発表した最新の消費者調査によると,フランス,イタリア,日本など人口構成において高齢者比率が高い国は,インドやインドネシアなど人口構成が若い国に比べて楽観的な見方が持てておらず,中国においては,高齢者が例外的な回復をしている(McKinsey & Company,2021).

図2 家計貯蓄率の2019年と2020年における変化

中国のデータは,より考慮が必要な広範な議論を示している.中国はCOVID-19のパンデミックの影響を受けた最初の国であり,また,そこから回復した最初の国でもある.中国の製造業がまず回復し,2020年9月には個人消費がそれに追随してきており,11月11日の「独身の日」には,中国国内のアリババのオンラインショップの売上記録が更新された(Bloomberg,2021).これは単に季節的なものではなく,海外の航空券を除き,中国の消費者はコロナ禍以前の行動や消費習慣を取り戻しているといえる.
また,旅行サービスでは,例えば,景気後退後のビジネス旅行の回復は,観光旅行よりも遅い傾向がある.2008-09年の金融危機から回復するのに5年かかった国際ビジネス旅行に対し,国際レジャー旅行の回復は2年であった.このパンデミックの勢いが衰えるにつれ,旅の新時代が到来するように思われる.膨大な数の人々が世界中でワクチンを接種し,症例数も減少しているが,これらはいずれ旅行が増加する可能性を示しているといえる.何ヶ月も家に閉じこもっていた旅行者は,外に出ることを楽しみにしており,世界各国が徐々に,しかし慎重に規制を緩和していく中で,旅行行動を開始し始めると見られる.
その中で,地域や国内のビジネス旅行は最も早く回復すると思われる.特定の企業や業界では,安全が確認され次第,対面式のセールスや顧客とのミーティングを再開することを望むだろう.ただこれには,同業者の圧力も影響してくるかもしれない.ある企業がフェイス・トゥ・フェイスのミーティングを再開したとしても,ライバル企業は元に戻りたくないかもしれない.旅行会社の経営者を対象とした世論調査では,2021年の出張支出は2019年の半分になると予想されている.将来的にはビジネス旅行は大規模に再開され,世界的な経済発展が新たな需要を生み出すとはいえ,その業界のリーダーたちは,コロナ禍以前のレベルに戻ることはないと考えている.
レジャー旅行の動機は発見と喜びへの人間の衝動であり,それは今も変わっていない.実際,個人が豊かになると,まず最初にすることは,近隣を旅行し,次に遠くに行くということである.このようなパンデミックを経験したとしても,世界の豊かさの増加が逆戻りしたり,人間の好奇心が減退したりするとは考えられない.ただ, パンデミック時において,テクノロジーを効率的に活用し,その後数年間にわたり多くの企業が直面するであろう予算上の制約を克服するということは,ビジネス旅行の長期的な構造における変化の始まりになる可能性がある.
Global Wellness Institute(2021)によると,ウェルネスツーリズムの世界市場は,2020年から2027年の間に6.6%のCAGR(Compound Annual Growth Rate; 年平均成長率)で拡大し,2027年には1.2兆米ドルに達すると予想されている.また,米国のウェルネスツーリズム産業は,2020年には2,127億米ドルの規模になると予想されている.現在,米国はその世界市場の28.9%を占めている.米国以外では,中国が10.5%のCAGRで,2027年には2,200億米ドルの市場規模に達すると予想されている.
また,世界のスパ市場は,2021年から2028年にかけて12.1%のCAGRで成長し,2028年には1,179億米ドルに達すると予測されている(Grand View Research,2021).不健康なライフスタイルのために,ストレス管理,精神的な明瞭さ,システムの浄化がより重要になっている.この市場は,身体的にも心理的にも健康な生活を送りたいという願望の高まりによって牽引されることが予想される.さらに,可処分所得の増加,ライフスタイルの変化,人口の増加がこの市場の発展を促進すると予想される.
コロナ禍は移行の年である.個人も企業も社会も,不測の災害が起こらないことを前提に,今を生き抜くだけでなく,未来を創造することに目を向けるようになるかもしれない.そのため,これからのサービスのスタンダードはユニークなものになるだろう.これは,2019年に存在した状況へと戻ることを意味するものではない.「戦前」,「戦後」という言葉が20世紀を表す言葉として広く使われているように,「COVID-19」の前と後の時代についても,後世の人々が議論することは間違いないだろう.今は,物事が早く進む時代である.COVID-19のパンデミックは,消費者の期待の大きな変化を満たすため,新しいサービス技術に投資する必要性を浮き彫りにした.ただ,今はうまくいっていても,明日には効果がなくなっているかもしれない.また,消費者の期待が高まる一方で,企業はどのようにしてこのような変化に対応していけばよいのだろうか.本稿では,企業が消費者の期待に確かに応えるために,3つの観点を提案する.

テクノロジーによるパーソナライゼーションの新境地

80%の消費者は,パーソナライズされた体験を提供するブランドから購入する可能性が高く,63%の消費者は,劣悪なパーソナライゼーション戦術を用いるブランドからの購入を止め,また,パーソナライズされたショッピングカートにおけるレコメンドは,オンラインでの買い物客の92%に影響を与え,新たな商品を購入させるという(Morgan,2021).また,70%以上の消費者は,パーソナライズされていない体験に失望するという(MacDonald,2021).これは,カスタマイズされたサービスを提供することで収入が増えることを示唆している.業界で確固たる地位を確立するには,その全ての加盟店が提供する顧客体験の質にかかっている.消費者の嗜好が進化するにつれ,多くの顧客は,オンラインでの空き状況の確認から入場,購入,出発まで,カスタマイズされた体験を求めるようになった.顧客のショッピング体験が,その店舗への再来店意欲を決定する.顧客ロイヤルティは長期的な成功の基盤であり,そのための優れた顧客体験の実現には,最先端のテクノロジーを活用する必要がある.これにより企業は,品揃えの柔軟性,在庫の最適化,業務の効率化を日々の業務に統合することができる.これらは店舗における消費者の要求に合わせたカスタマイズのための重要な要素である.
このように顧客はサービスに大きな期待を寄せているが,コミュニケーションの手段が多様化している現在,真にカスタマイズされたサービスを提供するには,多くの努力が必要となる.本当の意味でのカスタマイズされたサービスとは,単に個々の顧客を名前で迎えることではない.それが最初のステップであることは間違いない.ただ消費者が本当に求めているのは,例えば,お客様窓口に電話をするきっかけとなった疑問や問題を簡単に解決できることである.その解決のためには,サービス担当者にその顧客の全履歴を瞬時に伝えることができなければならない.また,フロントラインの従業員を強化するためにも,テクノロジーが活用されている.クラウドは,あらゆる規模と予算のお客様相談窓口やカスタマーサポートセンターに,多様で高度な機能を提供する.これにより,消費者の要求の変化に対応するために必要な柔軟性を持たせることができる.このような技術は,企業が長期的な視点で,顧客ロイヤルティを獲得するために必要な知識と共感を持って,複雑な顧客とのやり取りを行う必要がある担当者の業務を支援するものである.

エンパワーメントされたフロントラインのサービス担当者

長いパンデミックの状況を経て,顧客は,これまでのようなサービスを体験したいと思ってサービスの利用を再開することになるだろう.したがって,このような顧客と初めに対峙する第一線のサービス担当者の仕事は,これまで以上に重要になってくる.
1970年代,セオドア・レヴィットは,非効率なオペレーションや消費者の不満といった問題を解決するために, 「サービスの生産ライン化」を提案した(Levitt,1972).レビットは,製造業の世界を見れば,生産ライン方式の秘訣がわかると主張した.職務の簡素化やスタッフの技術,設備・システムの代替など,製造業の視点はサービス業にも応用できるとして,レビットは,サービス業の経営者に対して,ヒューマニズムではなくテクノロジーの観点から考えるように促した.
その後,1990年代には,顧客サービスの質の低下や非効率的なオペレーションの問題を解決するために,「サービスに対する従業員のエンパワーメントアプローチ」が推進された.エンパワーメントは,非官僚的で参加型の概念である.しかし,何がエンパワーメントを定義するのか,どこで,どのようにエンパワーメントが機能するのか,どのように実践するのかについては,曖昧な点が多い.単に上司がそう宣言したから,あるいは,企業においてそれが文化の一部であると言ったからといって,従業員がエンパワーメントされるわけではない.エンパワーメントを開発し,維持するためには,組織の方針,慣行,構造を変えなければならない.例えば,カリスマ性のあるリーダーが,「あなたたちは会社の最前線であり,成功には欠かせない存在である」とスピーチした後,従業員は一時的にアドレナリンを放出するかもしれない.ただ,すべての構造,手順,規則において,従業員が,消費者とうまくやりとりするための力を与えられているということを伝えない限り,エンパワーメントは一過性のものになってしまう.
この点で,リッツ・カールトン・ホテルは最も有名な事例の一つである.リッツ・カールトンのカスタマーサービス担当者は,正当なクレームに対応するために,最大で2,000ドルを費やすことができる.同ホテルの調査によると,リアルタイムでの返金割引により,顧客の幸福度とロイヤルティが向上するという.リッツ・カールトンでのこのようなエンパワーメントの取り組みは,非常に成功し,そのホテルチェーンの展開に大きく貢献している.また,もちろんこの取り組みでは,2,000ドルを現金のまま手渡したエージェントはいない.
サービスがうまくいっている時は,エンパワーメントといった権限の委譲はそれほど重要ではない.しかし,危機的状況の場合には,エンパワーメントは非常に効率的かつ効果的に働く可能性がある.顧客の悩みを迅速に解決することで,個客の幸福度が向上するだけでなく,不要なフォローアップやその後に関連するリスクを排除することができる.

リアルタイムサポートの提供

COVID-19の影響として,現在,多くの人々が技術的な機器・端末やオンラインミーティングに慣れ親しむようになった.米国のオンラインユーザーの77%が,ビジネスにおいて優れたオンラインでの顧客サービスを提供するためには,相手の時間を尊重することが不可欠であると考えている(Leggett,2021).このような状況において,ソーシャルメディアのプレッシャーも言うまでもない.ソーシャルメディア上で企業に問い合わせをしたほとんどの顧客は最初の24時間以内に,また,39%のソーシャルメディアのユーザーは1時間以内に企業から返答があることを期待している(Devgan,2021).この傾向は今後も続くと見られる.また,顧客が,企業からのフィードバックやサポートを迅速に受けられるようになったのと同様に,企業も商品の販売や宣伝のためにターゲット層を特定して迅速に情報を伝えることができるようになった.さらに,今では世界中でリアルタイムでのビジネスが行われている.つまり,消費者を待たせることはその時点で「離脱」につながる可能性があるということである.したがって,リアルタイムのサービスを提供する企業は,究極のカスタマーエクスペリエンスの勝者となる.
このようなリアルタイムでの対処のための選択肢はいろいろ考えられる.例えば,顧客によく利用されるチャネルを分析した上で,それぞれの業務に適した人材を派遣するということがある.また,有名企業の多くは,会話型のAIチャットボットを採用している.人間の専門家と協力して顧客の意図を満たすAIを搭載したチャットボットを大規模に開発するというのは重要な課題であるといえる.顧客に最適なセルフサービスの選択肢を与えることは,顧客の問題にリアルタイムで対処するための良いアプローチである.
最も重要なことは,週7日を通して,リアルタイムのサービスを提供するということである.電話,ソーシャルメディア,チャットなどのチャネルを通じて,FAQやライブヘルプへのアクセスを,消費者が必要とするときにいつでも対応できる遠隔地の従業員を介して,24時間365日提供することで,これが実現可能になる.それに伴い,上述のチャネルにおいても,リアルタイムに回答をその場で提供することができる.もちろん,リクエストが完全に満たされなかった場合には,コールバックのオプションを用意する.どのような場合でも,消費者がサービス担当者からの対応を即座に受けられない場合には,関連する情報が消費者に提供されるようにする.企業は,消費者の時間を認識し尊重する,シームレスなリアルタイム体験を提供することで,顧客からのロイヤルティを獲得できる可能性が高くなる.

参考文献

McKinsey & Company (2021). The consumer demand recovery and lasting effects of COVID-19. Retrieved from https://www.mckinsey.com/industries/consumer-packaged-goods/our-insights/the-consumer-demand-recovery-and-lasting-effects-of-covid-19# (Accessed: 29 December, 2021).
McKinsey & Company (2020). Consumer sentiment and behavior continue to reflect the uncertainty of the COVID-19 crisis. Retrieved from https://www.mckinsey.com/business-functions/marketing-and-sales/our-insights/a-global-view-of-how-consumer-behavior-is-changing-amid-covid-19 (Accessed: 29 December, 2021).
Bloomberg (2021). Alibaba Singles' Day Posts Record Sales, Retrieved from https://www.bloomberg.com/news/articles/2021-11-11/alibaba-singles-day-posts-record-540-3-billion-yuan-in-sales (Accessed: 29 December, 2021)
Global Wellness Institute (2021). Global Wellness Economy. Retrieved from https://globalwellnessinstitute.org/press-room/statistics-and-facts/ (Accessed: 29 December, 2021).
Grand View Research (2021). Spa Market Size, Share & Trends Analysis Report By Service Type (Hotel/Resorts Spa, Destination Spa, Day/Salon Spa, Medical Spa, Mineral Spring Spa), By Region, And Segment Forecasts, 2021-2028. Retrieved from https://www.grandviewresearch.com/industry-analysis/spa-market (Accessed: 29 December, 2021).
Morgan, Blake (2020). 50 Stats Showing The Power Of Personalization. Retrieved from https://www.forbes.com/sites/blakemorgan/2020/02/18/50-stats-showing-the-power-of-personalization/?sh=4a627d82a942 (Accessed: 29 December, 2021).
MacDonald, Steven (2021). 9 Personalization Strategies For Marketing, Sales And Customer Support Teams. Retrieved from https://www.superoffice.com/blog/personalization/ (Accessed: 29 December, 2021).
Levitt, T. (1972). Production-line approach to service. Harvard business review, 50(5), 41-52.
Leggett, Kate (2015). Consumer Expectations For Customer Service Don’t Match What Companies Deliver. Retrieved from https://www.forrester.com/blogs/consumer-expectations-for-customer-service-dont-match-what-companies-deliver/ (Accessed: 29 December, 2021).
Devgan, Shivam (2021). Social Media Response Times, Are You Fast Enough [+Infographic]. Retrieved from https://statusbrew.com/insights/social-media-response-times/ (Accessed: 29 December, 2021).

著者紹介

Hyunjeong "Spring" Han

京都大学大学院経営管理研究科マーケティング専攻准教授.現在の研究テーマは,サービスにおける技術の適応,顧客の感情と経験の管理,レジリエントなホスピタリティ・マーケティングと管理など.研究論文は,Cornell Hospitality Quarterly,Service Science,International Journal of Tourism Science,CHR reportsなど,さまざまな雑誌に掲載されている.また,コーネル大学のIndustry Relevance award 2017,2014 TOSOK International Tourism ConferenceのBest paper award,Cornell Hospitality QuarterlyのBest Paper award for 2012,2014,National Research University HSEのEducational Innovation Awardなど,研究賞や教育賞を受賞している.

おすすめの記事