前回紹介したRISTEXの枠組みで我々*1が実装した新しい公共交通モデルSmart Access Vehicle Service (SAVS) について語りたい.
交通に関してはMaaS (Mobility as a Service) という用語*2が提案され,近年盛んに使われるようになった.これは既存の様々なモビリティ(電車,バス,タクシー,レンタサイクルなど)を統一的に扱うサービスの提供により,ユーザはそのサービスにアクセスするだけで,予約や決算が一元的に可能になるというものである.我々はモビリティ自体の統合を目指している.モビリティが効率化されれば,その上に様々なサービス(飲食,ショッピング,医療など)を乗せることができる.モビリティを,インターネットに対応する実世界のプラットフォームとすることを目指している.公共交通の再編,DX (Digital Transformation) である.
SAVSの発想は産総研時代に遡る*3.当時,大都市での有効性が疑問視されていたフルデマンドバスに対し,マルチエージェントシミュレーションを使って逆に大都市ほど有効であることを示したものである.大都市では多くのデマンドが発生し,それらを拾ってバスが回り道を続け,なかなか目的地に辿りつかないため効率が悪いと判断されていた.しかし,大都市での実証実験における非効率はバスを1台しか用意しなかったことによる.デマンド数に応じてバスの台数を増やせば逆に効率が良くなることをシミュレーションで示した.大規模な実証実験ができないという制約をシミュレーションで打開したものであるが,この時は論文*4としてまとめたことで一段落していた.
しかし,私が公立はこだて未来大学に移籍し函館で生活するうちに,お年寄りの移動の困難さに直面し,論文で記述していたようなシステムを実装したいと考えるようになった.ちょうどその頃社会実装までを視野に入れたRISTEXサービス科学プログラムの公募が始まり,これに応募して3年目にやっと採択された.初期の概念は図1のようなものであった.
現存するバスとタクシーという公共交通を統合し,両者の利点を併せたシステムを作る*5のである.まずバスからは固定路線や固定ダイヤの制約を取り除くことにより「空気を運ぶ」と揶揄されているような乗客無しでダイヤ通り走るバスを無くす.タクシーは乗合を可能とすることにより,料金を下げることができる.ユーザからデマンドが発出された時に最適な車両(デマンドの乗車地点の近くにいて,降車地点とほぼ同じ方向へ向かう車両)を配車する.乗客が乗っている車両が最適として選ばれたときには,その車両の車載アプリに経路変更の指示が出て新しいデマンドに対応する*6.
SAVSは,タクシーであっても道路運送法でいう「乗合」を実現し(説明動画がhttps://youtu.be/a2qpVyNEFMkにある),マルチエージェントシミュレーションと最適化技法を組み合わせたシステムで最適運行を保証するものである.ちなみに,現行法の下でもタクシーの「相乗り」は可能なので,その実証実験も行われている.相乗りというのは,乗車前にユーザ複数人が1つのグループを構成して同時にタクシーに乗り込む方法で,降車は別々でも構わない.国土交通省は法改正の不要な「相乗り」方式を推奨している.相乗りアプリは,複数のデマンドをマッチングして乗車地点を1つ決定する.しかしこの方式はマッチングが成立するまで待たねばならないので,即時配車の「乗合」に比べて効率が悪い*7.
RISTEXプロジェクトは我々が定式化したサービスの方法論(FNS. 次回記述予定)*8に則って実行された.図2にあるように計画-実装-評価のループを年に1回まわした.
SAVSの実証実験と実運行は2022年3月時点で,図3のように全国で展開されているが,これは日本におけるデマンド交通の8割程度になる.世界的にはVIAのシステムが7割のシェアを持っており,未来シェアは世界7位になる.ただ,一概にデマンド交通と言ってもDIDIやUberのように呼出だけをシステムが行ない,後の運行はドライバー任せという,単なるタクシー呼出システムが多い.我々の知る限り,マルチエージェントシミュレーション機能を持っているのは,未来シェア以外にはVIAとSWATだけである.VIAは都市規模の交通シミュレーションを世界各地で行なっているし,SWATは郵便配達やゴミ収集の効率化などに取り組んでいる.SAVSシミュレータも札幌市のごみ収集や排雪経路の効率化のシミュレーションを行なって好結果を得ている*9.
RISTEXプロジェクトには「研究開発活動の実践全体から得られる知見をサービス学の観点から汎化する」という条件があった.汎化は社会実装によって実証されるとするなら,2015年の時点で汎化まで至っていなかったが,その後(株)未来シェアを設立し各地で多数の社会実装を達成した.その結果,様々な問題点が見えてきて書籍*10としてまとめることができた.サービス学の観点から見ると,価値共創のような明るい側面だけではなく,社会の慣性がブレーキとして働くことがわかってきた*11.最大の問題は法律が技術に追いついてこないこと.SAVSの場合は道路運送法が障害となっている.この法律はタクシー業界とバス業界が互いに相手を侵食しないために両者を完全に分離した形になっている(表1).
表1 道路運送法におけるタクシーとバスの分離
タクシー | バス |
乗合禁止(相乗りは可) | 乗合が前提 |
ルートは自由 | 運行経路,バス停,ダイヤが決まっている |
定員は10名以下 | 定員は11名以上 |
監督官庁の問題も大きい.公共交通は運輸省と各地の運輸局が監督しているが,これらの目的は業界保護であり,ユーザは視野に入っていない.つまり,現在の形の業界を守るのが所掌であって,ユーザの利便性は眼中にない.
業界自体の問題もある.基本的なマインドとしては現状維持のようで,現存するユーザの囲い込みを目指し,新しいユーザの開発というのは,十勝バスなど,ごく一部の先進的業者でしか行われていない.たとえば(現行法では許されていないから将来プランとして)タクシーやバス会社がSAVS方式に移行すればユーザも増え,運行効率も上がるはずであるが,それを考えられる業者はごく一部で,多くは現業への侵入者と捉えているようだ.遂には「(新しいモビリティが)タクシーより便利になっては困る」という言葉が飛び出す始末である.実証実験(図3)に参加しているタクシー会社の中にも,サービス業態の移行は考えていないものがある.また,デマンドが入っても,30分以内には(車両が空いていても)配車しないという制約を設けた運行もある.30分以内に動きたければタクシーを使ってくれというのである.
AIによる最適化の効果は絶大で,人手に頼っている配車の効率とは比べ物にならない.札幌市内のとあるタクシー会社では,朝に集中する予約を捌ききれず,6割を断っているという状況である.運行データをもらってSAVSでのシミュレーションを行ったところ,全部の予約を満足できることがわかった.札幌市立大学ではAIを用いた行政サービス(ゴミ収集と除排雪)の効率化の研究を行ったが,どちらも約1割以上の効率化(時間短縮あるいは車両の削減)が可能であるという結果を得た.除排雪には年間200億以上の予算を使っており,15%とすると30億の節約になる.コスト削減には様々な要因が絡むのでこの計算通りではないとは思うが,この額は札幌市立大学の年間予算と同規模である.この研究成果を評価されて,2022年度から人件費と研究費が増額され,AIT*12センターを設立することができた.
謝辞
金森亮(名古屋大,未来シェア),平田圭二(はこだて未来大,未来シェア)両氏からは草稿に貴重なコメントをいただいた.
著者紹介
中島秀之
札幌市立大学学長 1983年,東京大学大学院情報工学専門課程修了(工学博士).同年,電子技術総合研究所入所.2001年産総研サイバーアシスト研究センター長.2004年公立はこだて未来大学学長.2016年東京大学先端人工知能学教育寄付講座特任教授,2018年より現職.(株)未来シェア取締役会長を兼業.
脚注
- RISTEXプログラムにおける研究開発は,公立はこだて未来大学,名古屋大学,産業技術総合研究所の3者が協力して実施された.プログラム終了後,開発された技術の社会実装を行うために公立はこだて未来大学発ベンチャー(株)未来シェアが設立された.
- "MaaS"という用語について我々は,SAVSの概念提案より後に以下の修士論文で知った:Heikkila, S. (2014). Mobility as a Service―A Proposal for Action for the Public Administration: Case Helsinki, Master's Thesis of Aalto University, Civil and Environmental Engineering.
- 太田正幸, 篠田孝祐, 野田五十樹, 車谷浩一, 中島秀之 (2002). 都市型フルデマンドバスの実用性. 情報処理学会高度交通システム研究会研究報告2002-ITS-11-33, 2002(115), ISSN 0919-6072.
- 野田五十樹, 篠田孝祐, 太田正幸, 中島秀之 (2008). シミュレーションによるデマンドバス利便性の評価. 情報処理学会論文誌, 49(1): 242-252.
- バスとタクシーの融合は道路運送法では許されていないので,後述のように様々な困難の種となる.
- 現状では運転手がアプリの指示通りに運行しているが,自動運転が可能になればアプリが経路を指示するのでそのまま自動運行できるようになる.
- 中島秀之, 平田圭二, 田柳恵美子, 鈴木恵二, 金森亮, 岩村龍一, 野田五十樹, 松舘渉 (2020). 乗合と相乗りはどう違うか − モビリティシェアリング方式の整理と将来展開. 人工知能学会2020年度全国大会.
- 中島秀之, 諏訪正樹, 藤井晴行 (2008). 構成的情報学の方法論からみたイノベーション. 情報処理学会論文誌, 49(4):1508-1514.
- 高橋尚人,吉田彩乃,中島秀之 (2021). マルチエージェントシミュレーションを用いた札幌市の排雪作業の最適化. 情報科学技術フォーラム講演論文集 (FIT), 20: 367-368.
- 中島秀之, 松原仁, 田柳恵美子(編著) (2019). スマートモビリティ革命−未来型AI公共交通サービスSAVS. はこだて未来大学出版会.
- 中島秀之, 平田圭二 (2017). サービスの実証研究における課題と困難. サービソロジー, 4(4): 38-42.
- AITとはAI+ITという意味の私の造語だが,センターの正式名称はAdvanced Intelligence Technology Centerとした.