はじめに
サービソロジーでは,昨年度に引き続き本年度も本特集をとりあつかうことになった.
昨年度はコロナ禍によって制約されたコミュニケーションのあり方を変える手段に注目し,これらを支える技術を実践事例や研究事例として4本の記事を取り上げることとした.このうち,2本を公開することができた.このことについて関係者各位に御礼を申し上げるとともに,2本の記事について簡単に振り返りたい.
1本目の記事の著者である岡田氏(豊橋技術科学大学)からは,サービスにおいて利便性や効率性だけでなくウェルビーイングな状態をもたらしうる「余白」の重要性について,人とロボットとインタラクションデザインの事例をもとに論じていただいた.岡田氏はヒューマン・ロボットインタラクション(HRI)を専門とし,Well-Beingの観点から人にとっての利便性を求めない"弱い(=不完全な)ロボット"の研究に取り組んでいる.弱いロボットと接することで人が能力を発揮し手助けをすることで嬉しい気持ちになる.このプロセスにおいて,人がロボットとのインタラクションの中で"どのように考え,行動するか?"という文脈を,本人が決めるための「余白」が重要であると岡田氏は指摘している.自らの意思決定が課題解決に資する,という一連の流れをつくるための余白は,さまざまなコミュニケーションにおいて必要であり多くの読者に参考になると考える.
2本目の記事の著者である八釣氏(奈良県吉野町)からは,奈良県吉野町の取組みを事例として,人口減少が進む地方におけるコミュニケーションの変化による新しい共助の形について論じていただいた.吉野町では少子高齢化,人口減少による住民へのサービス不足の顕在化,このことによるさらなる人口減少が加速度的に進行しているという.このような中,吉野町はシェリングエコノミーに力を入れている.この活動の詳細はここでは割愛するが,「共助」という社会生活において必須の活動を維持するために,吉野町ではデジタルを活用したコミュニケーション手段に挑戦している.この活動は始まったばかりだが,すでに一部で成果が出始めているという.吉野町の今後の活動に注目したい.
残りの2本の記事は今年度に公開する予定であり,改めて紹介する.
「多様なコミュニケーション手段の活用」から「多様なコミュニケーション」へ
今年度は,特集テーマを「多様なコミュニケーション手段の活用」から「多様なコミュニケーション」へと対象範囲を広げることにした.
新型コロナ感染症COVID-19はデジタル化の波をより強く,速くした.例えば,テレワークを推進する企業が増加したことで,オンラインWeb会議システムをはじめとした非接触型のコミュニケーションツールの利活用が一気に進んだ.もちろん,業務内容によっては対面の方が良い場合もあるが,移動時間の削減による関係者間の時間調整の容易さといった恩恵は多くの人々が感じていることだろう.コミュニケーション以外にも情報検索や共有,データ分析のし易さなど,デジタル化の恩恵は数えきれないほどあるだろう.
一方,テレワークの増加によっていわゆる「Zoom疲労」の増加に関する研究も始まっている.例えば,Bailenson (2021)は,Zoom疲労の原因を,①至近距離での他者視線,②情報量減少による認知的負荷の増加,③自己鏡映像の強制視聴,④PC画面からの移動制限の4つの要素に整理している.①,③は画面上の自分や相手の顔を非表示にすることで疲労を削減することが可能だが,非表示にできるかどうかはコミュニケーションの主体間の関係性次第である.②,④はオンラインコミュニケーション上,避けて通れない問題であるが,②は①,③と同様,コミュニケーションの主体間の関係性次第で大きく変わると考えられる.①,②,③が生じる課題の1つとして「話し手と聞き手との間で生じる情報や価値観のギャップ」がある.最近の多くの企業に見られるようなトップダウンでの対面型コミュニケーションへの回帰現象は,このギャップを少しでも解消したいという気持ちの表れとも考えられるが,対面型コミュニケーションへの回帰後に価値観のギャップを解消するためのコミュニケーションを意識して図っているかは疑問符がつく.
ここでは企業におけるテレワークを例としたが,日本の文化的特徴のひとつに,"空気を読む"や"察する"といった,言語以外の情報に頼る高コンテクストでのコミュニケーションがある.高コンテクストでのコミュニケーションが成立するのは主体間で情報や価値観が共有されていることが前提となる.
技術革新や社会の変化が加速し,価値観が多様化する中で,コミュニケーションの主体間で価値観が共有されていることを前提とする考えそのものが問題かもしれない.企業内で生じる「〇〇ハラスメント」の多くや,何らかの障がいを持つ人に対して健常者が良かれと思ってする行為が障がいを持つ人から賛同を得られないケースなどは,この前提ありきでコミュニケーションをすすめた結果ではないだろうか.
人はもちろんのこと,社会生活・集団生活を営む動物を含め,コミュニケーションの成立は重要であり,その目的は主体間で情報や価値観が齟齬なく共有・理解されることである.昨今,多様性に関して社会からの要請が高まる中,話し手と聞き手との間で生じる情報や価値観のギャップを,時間をかけてでも解消する必要があろう.
そこで,今年度はさまざまなコミュニケーションにおいて,話し手の伝え方・聞き手の察し方に主眼をおいて,コミュニケーションにおける双方の価値観のギャップが解消された時の喜びをひとつの軸として,どうすればコミュニケーションをより良いものにできるのかについて,読者と一年間議論を深めたい.
参考文献
Bailenson, J. N. (2021). Nonverbal overload: A theoretical argument for the causes of Zoom fatigue. Technology,Mind, and Behavior, 2(1). https://doi.org/10.1037/tmb0000030
著者紹介
丹野 愼太郎
㈱マーケティング・エクセレンス コンサルタント.同志社大学工学部卒業,2013年同志社ビジネススクール修了(経営学修士).産業ガスメーカー勤務,産業技術総合研究所を経て現職.製造業のサービス化に関する研究等に従事.
中村 聡太
KAKERU コンサルタント.明治大学政治経済学部卒業,明治大学グローバル・ビジネス研究科修了(経営管理修士).会社員として働く傍ら,個人事業KAKERUを立上げ,マーケティング支援を行う.パラレルワーカー.
小早川 真衣子
2019年 東京藝術大学大学院美術研究科デザイン専攻修了.博士(美術).多摩美術大学 研究員,愛知淑徳大学コミュニティ・コラボレーションセンター,産業技術総合研究所 人工知能研究センター 特別研究員を経て現職.産業技術総合研究所 人間拡張研究センター 外来研究員.社会的に展開するデザインの実践とその方法・方法論の研究に従事.