はじめに

世の中は様々なシステムによって成り立っている.例えば,スマートフォンや自動車は,それぞれ,移動する事や距離を超えて人とコミュニケーションするためのシステムである.また,様々な部品で構成されるものだけでなく,企業のような組織や,私たちが生活をしている街もシステムと言える.システムズエンジニアリング国際協議会(INCOSE)では,「システムとは,定義された目的を成し遂げるための相互に作用する要素を組み合わせたものである.これにはハードウェア,ソフトウェア,人,情報,技術,設備,サービスおよび他の支援要素を含む(Walden2015)」と定義している.その定義を当てはめてみると,私たちの周りには数多くのシステムが存在する.そして,それぞれのシステムには,それぞれ,利用する人,提供する人,運用する人,といった直接的な利害関係者と,システムを利用するために必要な設備や環境を提供する人やシステム運用を許可する人といった間接的な利害関係者がいる.
それぞれのシステムが,それを利用する人を中心とした利害関係者にとって使いやすい,運用しやすいといった価値を提供するためには,関係する利害関係者が持つシステムへのニーズを正しく把握し,それをもとにシステムが満たすべき要求事項を明確に決め,それらの要求事項を適切に実現する事が大切である.そのためには,技術的な事のみならず,ビジネスや社会ルールといった様々な分野の専門性と知識を融合させて取り組む必要がある.そのアプローチや手段の事を「システムデザイン」という.
デザインリサーチとは,対象とする人や組織の真のニーズや,その人や組織が持つ特徴や課題が生まれるメカニズム,それらを取り巻く環境をとらえ,利害関係者が必要とする未来のシナリオを描くためのアプローチや手段の事をいう.それによって,人や組織,社会がまだ気づいていない潜在的なニーズや特徴,課題を発見または明確にする事ができる.大切な事は,対象とする人や組織の利害関係を洗い出し,俯瞰的かつ緻密な視野でニーズや特徴,課題の" What"や" How"をとらえると共に,人や組織が持つ強い想いを尊重しながら "Why"を明らかにしていく事である.物事の本質に迫るためには" Why"を明らかにする事が重要で,デザインリサーチはそれをなし得るための重要なアプローチであり手段である.
近年のサステナビリティに関わる社会・環境課題は,多様な利害関係者のニーズや課題が交錯する複雑なシステムを構成している.このような状況において,直接的な利害関係者の表面的で顕在的なニーズのみを捉えたシステムを創出する事は,他の利害関係者に対して意図しない負の結果をもたらすシステムの創出につながる事がある.このような複雑なシステムに対して,システムに関わる利害関係者やそれを取り巻く環境のニーズや課題を広く捉えるべく,デザインリサーチは注目を集めている.

システムデザインのためのデザインリサーチについて

システムデザインを行う際には,そのシステムを利用する人を中心とした利害関係者を把握し,それぞれの人や組織が持つ強い想いを深く理解する事が大切である.その上で,利害関係者が持つシステムへのニーズを正しく把握する事が,適切にシステムデザインを実施するためには必要不可欠である(Ockie Bosch 2019).これらの事をより俯瞰的かつ緻密に行うために,私たちはデザインリサーチを活用する(駒木 2021).
私たちが考えるシステムデザインのために行うべきデザインリサーチの主なプロセスは,以下の 7つのステップである(図 1).1.デザインリサーチのためのチームを作る. 2.リサーチテーマを決め,問いを立てる. 3.リサーチテーマの動向や利害関係者の関係を俯瞰し,仮説を立てる. 4.リサーチフィールドに入り,データを集める. 5.集めたデータを保存し,理解する. 6.データを分析し,情報に変換する. 7.未来へのシナリオを描き,実現に向けた評価方法を決める.
多様な視点が必要であり,チームワークによって大きな効果を発揮する事ができる事から,デザインリサーチは複数人で行う事が望ましい.

図1 デザインリサーチのプロセス

デザインリサーチプロセスのステップ

本章では,本研究にて提案するデザインリサーチの 7つのプロセスについて,詳細を示す.

1. デザインリサーチのためのチームを作る

デザインリサーチを始めるにあたり,まずチームリーダーが中心となってゴールと期間を定め,必要なメンバーを集めて議論を開始する.チームの議論の質を高め,メンバーが個々のパフォーマンスを発揮するためには風通しのよい関係性を構築する必要がある.デザインリサーチでは,個人の力だけではできない事もチームを組む事によって可能になる事がある.チームですべき事と個人でできる事のバランスを取り,デザインリサーチを実施する.

2. リサーチテーマを決め,問いを立てる

チームメンバーがゴールに向けて「どのような問題に取り組みたいか」を議論し,リサーチテーマを決める.そして,リサーチテーマに対する「問い」を立てる.問いは,チームメンバーや取り組む問題に関わる利害関係者から理解・共感される魅力的な問いを検討する.問いの質は,イシューホルダー,チーム,実現可能性の三つの視点で検証する.

3. リサーチテーマの動向や利害関係者の関係を俯瞰し,仮説を立てる

フィールドワークに行く前に,リサーチテーマに関する最新の変化・動向を把握する.インターネット,図書館,書店,講演会等で情報を集めるだけでなく,先行研究となる論文を読む事も効果的である.上記から得られた気づきや課題を洗い出し,対象となる人や組織の関係を俯瞰して理解し,仮説を立てる.

4. リサーチフィールドに入り,データを集める

リサーチテーマの現場(リサーチフィールド)を自ら体験し,新たな気づきを得るためにフィールドワークを行う.フィールドワークの準備として,リサーチフィールドの中心で強い想いを持ち活動するキーパーソンや,リサーチフィールドの環境や人間関係を熟知し,キーパーソンと面識があるローカルガイドとつながる.フィールドワークでは五感を駆使して対象となる人や組織を観察し,積極的にインタビューを進める.リサーチフィールドの空気感,実態を肌で感じ,リサーチテーマを自分ごととして深くとらえる.また,リサーチフィールドの外からの視点と内からの視点を持ち,その違いを理解する.チームメンバーによる観察やインタビューを通じた定性的なデータ集めだけでなく,フィールドに様々なセンサを持ち込み,定量的なデータも集められるとよい.

5. 集めたデータを保存し,理解する

リサーチフィールドで集めたデータをいつでも参照しやすいように整理し,チームメンバーがアクセス可能な場所にまとめて保存する.ここでも得られたデータは事実と解釈を区別する事に気をつける.データを可視化し,比較する事で浮かび上がる特異点にも目を向け,気づきを得る.そして,システムを構成する変数(要素)を見つける.

6. データを分析し,情報に変換する

フィールドワークで得られたデータを構造化,分析し,対象とする人や組織の「真のニーズ」や「特徴的な課題」を発見する.「真のニーズ」や「特徴的な課題」はこれまで集めたデータをもとに,表面的な事象,深層に隠れたパターンやメンタルモデル等を探り,因果関係を可視化する事で特定する.可視化したシステムの因果関係の理解を更に深めるため,システムの原型にも着目し,現状のシステムで変えるべきポイント(レバレッジポイント)を見つける.

7. 未来へのシナリオを描き,実現に向けた評価方法を決める

利害関係者から理解を得られる理想の未来をシナリオで描く.利害関係者の中からシナリオの対象となる顧客を選定し,既存の規制やルールに縛られず,遠い未来から現在を見つめたバックキャストでシナリオを描く.また,システムのレバレッジポイントに対する具体的な介入方法も考え,プロトタイピングする.出来上がったプロトタイプを顧客に見せ,顧客の共感度やチームの方向性とのバランスを取り,顧客とチームで合意,実行できるアイデアを作り上げる.ここで作られたアイデアをもとに,実現すべきシステムのコンセプトや要求事項を決め,その要求事項を満たすためのシステムの構成要素やそのつながりを決める.このようにしてシステムズエンジニアリングの V字モデルの流れにつなげる.

ケース事例:長野県塩尻市での地域資源可視化活動

デザインリサーチのケース事例として,長野県塩尻市との地域資源を活用したアイデア創出活動を紹介する.本活動は,上記デザインリサーチプロセスに則り,デザイナーが塩尻市の共創拠点を起点に,地域コミュニティに深く入り,利害関係者の特定と課題発見を行う事を実施した.数ヶ月に渡り,フィールドワーク・インタビュー・エスノグラフィー調査を繰り返し,結果,塩尻市のモチーフである塩尻ワインの課題に着目した.
長野県塩尻市は,ワイン用のブドウ生産量日本一を誇り,日本有数のワイン生産地として知られる.近年,市内ワイナリー数も 17ヶ所と増え,生産量が高まる一方で,塩尻ワインは一部の愛好家の嗜好品として広まりを見せているが,若手消費者層からは,ワインの難しいイメージが影響し,余り認知されていない事が課題であった.塩尻ワイン生産を行う市内のワイナリーは,新規又は小規模で量販店への卸先を持っていない所も多く,若手ワイン消費者層に効果的にプロモーションできていない事も課題として挙げられた.今後,販売方法を改善する上で,ワイン販売 ECサイトの拡充やオンラインワイン会等が検討される中,若手ワイン消費層を惹きつけるきっかけが求められている事に気が付いた.
そして,塩尻市のワイン産業を俯瞰的に捉え,想いを持ってワインを生産する生産者と若手のワイン消費者をつなげる仕組みをデザインした.塩尻市には漆ガラスという伝統工芸があり,塩尻ワインの魅力を高める働きも持ちうることに気づいた. NAGANO WINEアドバイザーや地元の漆器企業,ワインエキスパートやソムリエなど専門知識を有した若手消費者等を巻き込み,塩尻市の地域資源,伝統工芸, IT技術を融合させ,若手ワイン消費者が視覚的かつ直感的に好みのワインを選べるよう,ワインの味わいをビジュアル化するグラフィック表現である WaiNariを創出した(図 2). WaiNariは,ワインを飲んだ時に感じられる香りの表現だけでなく,味覚的な表現(ねっとりしている,キレがある,渋みがある等)やその程度を加味し,ビジュアルで表現できる.例えば,「滑らかな果実味があり,ベリーの香りがする」という表現に対応した色,形やアニメーションでグラフィック表現する.グラフィックの表現は,地域の伝統工芸を手掛けるデザイナーが提案した螺旋模様が活用されている. COVID-19など厳しい時代の中で,地域の想いを込め,異業種が垣根を越えて繋がり発展していく姿と,過去から未来へ広がる様子をイメージした.

図2 WaiNariによるワインの味わいを視覚化した模様

おわりに

本稿では,システムデザインのためのデザインリサーチについて紹介した.デザインリサーチは,サステナビリティに関わる社会・環境課題など,多様な利害関係者のニーズや課題が交錯する複雑なシステムにおいて,システムに関わる利害関係者やそれを取り巻く環境のニーズや課題を広く捉える手段として注目を集める.本稿では,デザインリサーチを活用したケース事例として,長野県塩尻市との地域資源を活用したアイデア創出活動を取り上げ,デザインリサーチのプロセスにより生まれたワインの味わいをビジュアル化し,ワイン生産者とワイン消費者をつなげる仕組み, WaiNariを紹介した. WaiNariは,ワインの味わいをビジュアル化する事で,今まで認知されていなかったワインの消費者に,ワインを飲む前にワインから感じる新たな味わいを知覚できる方法を提供すると共に,ワインの味わいに表れる生産者の拘りや想いを届ける事にも貢献している.

参考文献

Walden, D. D., Roedler, G. J., Forsberg, K., Hamelin, R. D., & Shortell, T. M. Systems engineering handbook:A guide for system life cycle processes and activities. John Wiley & Sons, 2015.
Ockie Bosch and Nam Nguyen「SYSTEMS THINKING FOR EVERYONE」 Malik International AG, St. Gallen, Switzerland 2019.9
駒木亮伯,神武直彦,中島円,小高暁,西野瑛彦 他「システムデザインのためのデザインリサーチプロセスガイド」慶應義塾大学大学院SDM研究科神武研究室発行,2021.2

著者紹介

駒木亮伯

株式会社東芝 CPS xデザイン部デザイン開発部 共推進担当主務,慶應義塾学大学院システムデザイン・マネジメント研究科博士程在籍

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