2011年の東日本大震災の際も,今回のコロナウィルス感染症COVID-19に際しても,際立った消費者行動がある.「応援買い」や「応援消費」などと呼ばれてきた現象である.我々サービス実践者・研究者は,donative buyingとでも呼ぶべき「応援買い」について,どれほどの知見を持ってきたであろうか.本コラムでは,反省とともに議論したい.

これまでのサービス実務やサービス研究は,サービス経営における顧客の反復購買の重要性を突き止め,理論と実践を深めてきた.その代表的な理論は1990年代初頭に提示されたサービスプロフィットチェーン(service profit chain)であり,企業が従業員を大切にし,良いサービスを提供できれば顧客は満足し,満足した顧客は再購買し,売上高や収益性の向上に貢献するとされる.この理論に相対するものとして,実務的には1990年代にロイヤルティベース・マネジメント(loyalty-based management)というソリューションが提唱され,サービス品質や顧客満足度を測って顧客が価値を見出す要因を把握し,顧客のロイヤルティを高めることを図るサービス経営実務が世界的に定着していった.さらに,ポイントやマイレージなどの顧客ロイヤルティプログラム(customer loyalty program)が広く普及し,損益計算書と貸借対照表への計上方法も整備され,顧客を囲い込む理論と実務が発展してきた.

しかし,平常時の価値観で「ロイヤルティが高い」とみなされていた反復購買顧客は,緊急時にサービス経営を助けてくれたであろうか.緊急時にも変わらず,買い支え続けてくれたであろうか.

私が経営者の一員を務める金融機関の取引先の状況,そして私が研究者として観察調査や介入実験をしてきた企業等の状況をふまえて思う.平常時に「ロイヤルティが高い」とみなされていた顧客は,東日本大震災の際も,COVID-19に際しても,必ずしもサービス経営を買い支えて助けてくれるというわけではなかった.むしろ,平常時に「ロイヤルティが低い」とみなされていた顧客,さらには一見さんが,緊急時に売上が立たず資金繰りの苦しいサービス経営を買い支えてくれた事例を数多く観察してきた.

これまで私が観察した範囲で,少なくとも3種類の「応援買い」がありそうである.これらの「応援買い」は,サービス購買の対価としてお金を渡そうとする行為であり,寄付や融資のようなサービス購買の対価とはみなせないお金を渡す行為とは一線を画している.

(1)正規のサービスの「応援買い」

 3密(密集,密閉,密接)には該当せず営業を継続しているが,非常事態宣言に伴う外出自粛要請の影響を受けて客足が減る危険性に直面したサービスがこれに該当しうる.平常時の反復消費行動であればいわゆる最寄品として「いつもどおり近くのスーパーに買いに行く」という行動を取るところを,「お客さんが飛んで〇〇薬局の△△さんは困ってるだろうな.ちょっと遠いけど,買いに行ってあげよう.」といった行動原理で行う「応援買い」である.私がこれまで観察した限り,「大好きな〇〇薬局が心配だから」というブランドやお店に対する愛着やロイヤルティを根拠にする場合も確かに多いが,それ以上の割合で,「△△さん困ってるだろうな」という類のそこで働く人を心配した「応援買い」が存在していた.

(2)緊急対応サービスの「応援買い」

 3密に該当し,正規のサービスの営業が困難となり,生き残るためにサービスを組み替えた緊急対応サービスがこれに該当しうる.正規のサービスの売上が前年比80~90%減となり,背水の陣で持ち帰り/お届けサービスをはじめた飲食事業者や婚礼・宴会事業者などは,これまで軽視してきた店舗周辺の地域住民に積極的に働きかけ,平常時に「ロイヤルティが高い」とはみなされていなかった顧客層による「応援買い」によって買い支えられていた.この文脈での「応援買い」は,「困ってるみたいだから,買ってあげよう」という類の行動原理である.そして,顧客接点となる受け渡し場面等において,サービス担当者の「本当にありがとうございます」という緊急時ならではの切実な本音の言動から,その人やお店の存続のために「応援買い」の反復行動や口コミが展開する現象が起こっていた.

(3)前払いによる「応援買い」

 営業を停止せざるを得なかったサービス経営において,さらに利他的な「応援買い」がなされる事例も見られた.そのお店やサービスが再開し,存続することを祈願して,回数券や期間契約のような将来サービスを受けられる権利を購入し,その対価を前払いするのである.私が観察したあるサービス経営では,大切な常連だとは認識していなかった顧客からの提案に賭けてインターネットを用いた前払いスキームを大急ぎで準備し,平常時に「ロイヤルティが高い」とはみなされていなかった顧客層もこの前払いによる「応援買い」に参加して買い支えようとする現象が起こっていた.この際の行動原理も,「困ってるみたいだから,買ってあげよう」という類のものであった.この種の「応援買い」によって当該サービスが再開でき,サービスを受ける権利が無事に履行され,サービス経営が存続するか否かは現時点において不明であるが,「応援買い」のさらなる展開として観察し続ける価値があると私は考えている.

 我々はこれまで,いざという時に応援して助けてくれる,本当に大切にすべき顧客を見すごし/やりすごしてきたのではなかろうか.

緊急時だけでなく平常時においても,「応援買い」という消費行動は広く存在し,企業等の固定収益基盤となっている蓋然性さえ感じられる.必ずしもそれが欲しいというわけではなく,むしろ彼/彼女を応援したいから,そのサービスを買うのである.愛着理論(attachment theory)のような「好きだから買う」というこれまでの発想だけでなく,利他行動(Altruistic behavior)や寄付行動(donation behavior)の観点をも含む学際分野として,サービス学の中で「応援買い」の科学が発展することを私は期待している.そしてそれは,10年に一度はサービス経営に危機が訪れることを想定し,収益性や生産性だけでなく,長期的な生存性(survivability)の向上のためにもサービス学が貢献することを意味する.

著者紹介

岡田 幸彦(おかだ ゆきひこ)

筑波大学社会工学域准教授.筑波大学人工知能科学センターサービス工学分野長.水戸信用金庫理事.

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