2020年4月,サービソロジーはWebマガジンに移行することになった. Webマガジン化の目的はいくつかあるが,その1つにタイムリーな内容を取り上げ,執筆された原稿をできるだけ早く読者に届けるということが挙げられる.これまでサービソロジーでは,社会的関心の高いサービスとそれに関連するテーマを選び,特集を組み1冊にまとめてきた.そのような企画の方針は変わらないが,Webでは年間を通して特集記事が新たに公開されていき,1年で1冊になるという形をとる.「観光サービス」特集では,「ツーリズムと地域資源」というテーマを掲げ,観光サービスと地域の関係について読み解いていく.

まず,日本の観光サービスの現状について見ていきたい.国土交通省(2019)によれば,2017年の日本人観光客の国内消費額は,21兆1,130億円であり,前年より約0.8%増加した.JNTO(日本政府観光局)によれば,訪日外国人旅行者数は2012年から2017年まで二桁の伸率で推移し,2018年は前年比8.7%増とやや緩やかになったものの,3000万人を突破し31,191,856人であった.また,世界に目を転ずれば, 2018年の国際観光客到着数は14億人(前年比5%増)に達し,国際観光輸出合計(国際観光収入+旅客輸送)は1兆7,000億米ドルであったという(UNWTO:国連世界観光機関 2019).観光輸出は7年間連続で商品輸出を上回る成長を遂げ,2018年国際観光(旅行及び旅客輸送)による輸出収入は前年比で1,210億米ドル増加した.多くの国々において貿易赤字を減少させるなど世界経済にも影響を与えるサービス産業に成長している.

前述の通り,日本においても近年の旅行者数の伸張は著しい.日本は観光立国を目指し,2020年に訪日外国人旅行者4,000万人の実現に向けて,観光庁を中心とした各省庁が施策を講じている.例えば,ビザの緩和,消費税免税制度の拡充,空港・港湾の受入体制の拡大, 空港の機能強化・クルーズ船の増大などが挙げられる.また,多言語表記,Wi-Fi環境の構築,キャッシュレス対応をはじめとする受入環境の整備や,新たなコンテンツの開発,日本政府観光局と地域自治体やDMO(観光地のマーケティング・マネジメントを行う組織)との連携強化なども進められている.

しかし,観光地においては,少子高齢化や人口減少の影響で,観光サービスを担う人材の確保や育成が難しいといった課題や,旅行客と地域住民との共存・共生,観光地としての持続可能性の問題に直面している地域もある.消費者のコト消費への需要の高まりに応じて,新たなコンテンツの開発を模索している地域もあるだろう.また,元来,観光とまちづくりには密接な関係があるが,過疎化や空き家などの地域の課題を,新たな観光資源の創出で解決しようとする動きも各地にみられる.

本特集を企画するにあたり,観光サービスを理解するための3つの視点を提示したい.1つ目は,観光形態である.高度経済成長期以降のマスツーリズムの広がりは,観光地である地域に様々な影響をもたらした.マスツーリズムは,旅行の大衆化と表裏一体に観光地の環境や社会文化に多大な負の効果をもたらすと批判され,マスツーリズムに代わる新たな形態として,オルタナティブツーリズムが提唱された。オルタナティブツーリズムの観光開発は,小規模,統制的,コミュニティ中心志向,地域資源の活用などの特徴を持ち,観光形態に内在する諸問題を持続可能な開発の理念に基づいて改善しようとするサステナブルツーリズムにも継承されている(前田 2003)

2つ目は,観光地マネジメントである.前述したサステナブルツーリズムとも関連するが,許容範囲を超える訪問客の流入がサービス品質や住民生活に悪影響を及ぼすオーバーツーリズムへの対応(山本他 2020),観光資源や旅行者の輸送・交通網の運営管理(柏木 2018)は,観光地マネジメントにおいて欠くことのできない視点である.また,予期せぬ自然災害やウィルスの流行などサービス提供側がコントロールし難い事態への対処や,それぞれの観光地に固有のリスクに対する対策にも重要な研究課題がある.

3つ目は,旅行者にどのような消費経験を提供するのかという,いわゆるサービス・デザインの視点である.特にインターネットの普及は,ツーリズムのあり方を大きく変えたと言えよう.消費者はインターネットを通じて世界中のあらゆる情報を取得・発信することができるようになり,他の消費者からの情報取得も容易になった.この結果,遠く離れた地域の消費者がある地域の観光資源の情報探索を行い直接取引する,あるいは旅先での状況を旅行中に調べながら旅を作っていく,また,その旅行を広く情報発信するといった,これまでとは異なる消費体験が生まれている.一方で,こうしたデジタルに囲まれた生活から離れ,自然に囲まれた非日常を満喫するツーリズムや,社会問題について考え解決に取り組むツーリズムなども存在しており,ツーリズムの目的は多様化している.

ツーリズムの成立には,発地側のサービス提供者,着地側のサービス提供者,消費者,行政,地域住民などのステークホルダーが複雑に関わっている.多種多様なサービスの複合体が観光サービスであり,どのようにサービスをデザインするのかという課題に対して,観光学,地理学,工学,経営学,法学,政策学,社会学,心理学などの諸分野から学際的に研究が進められている.筆者の専門領域で例を挙げさせて頂くと,多数のステークホルダーの関係性や地域のブランディングにはマーケティングの思考が求められるであろうし(Morrison 2018),旅行の動機や旅行に関わる購買意思決定プロセスの解明には,消費者行動研究の蓄積が有効であろう(Homer and Swarbrooke 2016)

さて,これまで観光サービスの動向とその理解を助ける視座を提示してきたが,最後にこれから掲載される記事について触れたい.本稿執筆時点では,本特集で掲載予定の原稿が全て揃っているわけではない.そのため,今後本特集で展開される観光サービスの研究テーマについて筆者の期待するところを述べる.

まず,本特集の第1番目の記事は,観光サービスの研究を俯瞰できるような内容になっている.これまでの観光研究の系譜をたどり,観光サービスの位置付けを考えるものである.さらに,観光サービスがビジネスとして成立するために不可欠な観光地のマネジメントについても取り扱われる.

これ以降は,具体的な事例を踏まえた各論的な内容が掲載されることになっている.第2番目の記事では,メディカルツーリズムとウェルネスツーリズムの国内外の動向が取り上げられる予定である.メディカルツーリズムとは,狭義には患者が治療を受けるために他国を旅行することを意味し,その要因としては,安価な治療費,待ち時間の短縮,高水準の医療などが挙げられる(羽生 2011).ウェルネスツーリズムはさらに幅広く健康増進に関連した消費を求めるツーリズムである.ともに市場の成長が著しい.社会全体の健康意識の高まりとともに,健康関連サービスのニーズを持つ消費者や健康維持向上のために意欲的に支出を行う消費者は増えている.

その後は,音声ガイドサービスによって地域活性化に挑戦している事例から地域資源の新たな捉え方を提案する内容が予定されている.観光地を劇場化することによって観光の形も変わってくるかもしれない.また,他の記事ではサービス生産性と持続可能性の向上の観点から環境・地元・観光客のエコシステムのあり方に検討する論考や,地域資源としての地域住民に関する考察なども予定されている.各記事の公開を一読者として楽しみに待ちたいと思う.

参考文献

Horner, S., and Swarbrooke, J. (2016). Consumer Behaviour in Tourism (3th ed.). New York: Routledge.

Morrison, A. M. (2018). Marketing and Managing Tourism Destinations (2th ed.). New York: Routledge.

UNWTO (World Tourism Organization) (2019). International Tourism Highlight.
URL https://unwto-ap.org/wp-content/uploads/2020/02/Tourism-HL2019_JP.pdf

柏木千春(2018).観光地の交通需要マネジメント ―価値共創に向けた協働のネットワーク.碩学舎.

国土交通省(2019).観光白書 令和元年版.

羽生正宗(2011).医療ツーリズム ―アジア諸国の状況と日本への導入可能性.慶應義塾大学出版会.

前田勇(2003). 21世紀の観光学 展望と課題.学文社.

山本昭二・国枝よしみ・森藤ちひろ(2020).サービスと消費者行動.千倉書房

著者紹介

森藤 ちひろ
流通科学大学人間社会学部教授.関西学院大学大学院経営戦略研究科博士後期課程修了.博士(先端マネジメント).専門は,サービス・マーケティング・消費者行動.著書に『サービスと消費者行動』千倉書房,2020(共著),論文に「国内メディカルツーリズムにおける移動動機」『マーケティングジャーナル』39(4)42-52, 2020などがある.

おすすめの記事