広瀬 彩, 須田 真魚, 黒岩 健一郎(著)
同友館, 188P, 1800円+税, ISBN 9784496056963
この本は,「演劇」の本というよりも,ビジネス,特に「イノベーション」や「デザイン」の本である.
「演劇」と「イノベーション/デザイン」が,どう関係するのか?
そんな疑問を持つ方もいるかもしれない.
そういった方は,ぜひこの本を手に取っていただきたい.きっと,演劇のアプローチがビジネス(イノベーションやデザイン)に役立つということが,ストンと腑に落ちるであろう.
本書では,「演劇アプローチ」の有用性を,ビジネスの観点から真正面に捉えることを試みるとともに,その関係性をわかりやすく解説している.
本書の特徴は,演劇の実践家でありプロフェッショナルである「俳優」と,ビジネスの専門家である「大学教員」による共同著作物である,という点にある.そのため,演劇とは何か?について,実践家(=俳優)の視点から詳しく述べられているチャプターと,演劇がなぜビジネスに有用なのか?について専門家(=大学教員)が解説するチャプターが,いいバランスで共存している.この絶妙なバランスがあるからこそ,読者は,演劇の本質は何なのか?を理解した上で,それがなぜビジネスに役立つか?ということを,深く理解することができる.
本書では,演劇アプローチを通じて育まれる要素として,「共感性/力」「身体性/力」「即興性/力」の3つを挙げ,これらの要素がビジネスにどのように貢献するかを解説している.どの要素に関しても興味深い説明がなされているが,私が一読者として最も感銘を受けたのは,「共感」に関するパートである.
サービスデザインやデザイン思考などのイノベーションアプローチでは,「ユーザに共感せよ!」というフェーズが最初に出てくる.これの意味していることはなんとなくわかりつつも,「具体的にどうやるの?ユーザのニーズや困りごとを理解することと何が違うの?」というような,モヤモヤを抱えている方も多いのではなかろうか.これに対して,本書では,普段から「他人になりきる」ことを生業としている俳優の方が,いかにして他人に共感し,役作りをするか?に関する,(ひとつの)アプローチを具体的に見ることができ,他人に共感する/共感性を高める,という行為を,解像度高く理解することができる.
この意味で,本書は,デザイン(サービスデザイン,デザイン思考)やイノベーションに関する知識をある程度身に着けている方にとっても,非常に有意義な内容だと感じている.むしろ,そういった方こそ,「演劇」というレンズを通して,「デザイン」や「イノベーション」について改めて考えることで,新たな発見や気づきを得られるかもしれない.
実は私も,サービスデザインの文脈から,「演劇」や「即興劇」というアプローチに興味を持ち,いろいろな本や論文を調べようとしていたことがある.しかしながら,単なる演劇の本ではなく,演劇とデザイン/イノベーションの関係性について言及している日本語の本や文献は,ほとんどなかった.その意味で,本書は非常に貴重な存在である.また,内容自体もとても分かりやすく書かれており,演劇とビジネスの関係について考え始めたいという方にとっても,ぴったりである.
ここに書いたことに少しでも興味を持った方は,まずは,入門書的な書籍として,手に取ってみることをお勧めする.
《赤坂 文弥(産業技術総合研究所 人間拡張研究センター 主任研究員)》