はじめに

人生100年時代の到来が謳われる中で,単に長生きするのではなく,健康寿命を延ばして活動的な生活を送れることが重視されている.さらに日本では,高齢化も顕著に進行しており,医療費の増大や働き手不足をはじめとした社会課題にも直面している.その状況において,従来の医療サービスとその向上に留まらず,新たな変革をもたらすヘルスケア関連サービスへと向けた拡大・発展が期待されている.

サービス利用者の変化:治療から予防・暮らしへ

健康への注目に伴い,病気になってから治療するためにサービスを受けるのではなく,治療が必要にならないように予防に取り組むなど,サービスの利用目的や内容の変化も生じている.厚生労働省が保健医療2035(厚生労働省 2015)の中で謳うパラダイムシフトとしても「キュア中心からケア中心へ」というメッセージがある.そこでのケアは,身体的な健康に留まらず,精神的・社会的な健康も含んだ総合的な健康が対象となる.病気になる前から定期的にヘルスケアサービスにアクセスし,現在の健康状態を把握したりリテラシーを高めたりするためには,日々の暮らしの中でいかにそれをサポートするサービスと接点を持ち続けられるかが肝である.このことから,コミュニケーション上の施策も重要性が増している.

サービス提供者の変化:新たなプレイヤーの参画と価値創出

従来の医療制度では,既に病気となっている患者に対し病状に応じた診療・治療を行い,その医療行為の内容に応じた診療報酬が医療機関に支払われる.前節の利用者の変化に伴い,従来の医療事業者とは異なる他業種の事業者も同制度にはおさまらないヘルスケアに関わる様々な価値創出に取り組むようになっている.例えば,デジタル化の進展とともに,ウェアラブル端末やモバイルアプリを活用した健康増進サービスが生じている.このような展開は従来のヘルスケアサービス事業者によるものに加え,他領域からの参入も見られ,異なる産業との統合的な価値創出が行われている.また,サービス内容の変化は新たな人材像へとつながり,従来の医療関連の専門的な知識・スキルを超えた議論が生じている.特に,診療報酬とは異なる収益構造を支える医療経営を支える経営人材についての注目も集まっている.

関連研究の動向

ヘルスケア産業における様々な変化に対し,関連研究も進んでいる.例えばUngaroらによれば,ヘルスケアサービスに係る変革的な実践についての文献調査の結果,その動向が以下の四側面に特徴的であるとしている(Ungaro et al. 2024)

(1)アクターのエンパワーメントと協働
(2)サービス提供の再組織化
(3)医療外の支援活動の統合
(4)技術を基盤としたヘルスケアソリューションの開発

サービス学会における研究も盛んである.2024年3月に行われた第12回国内大会において,「ヘルスケアサービスデザイン」をテーマとする一般口頭発表セッションが設定されている.AIやITツールの活用,大規模データ分析などをアプローチに,ヘルスケアサービスの新たな形態についての議論が進んでいる.加えて,同大会の演題の内,発表原稿中で「医療」,「medical」や「ヘルスケア」,「healthcare」という語句が記載されているものが,それらを主題としていないものも含めれば20件に及ぶ規模となっている.

サービス研究の応用先でもあり,具体的な経営課題を抱える現場としても医療・ヘルスケアに対する注目の高さが伺える.

おわりに

以上のように,ヘルスケアサービスにおける新展開は多岐にわたり,それぞれのサービスの場で新たな価値創出が模索されている.その特徴的な事例やトピックについて取り上げることで,ヘルスケアサービスの研究・実務に携わる方々に有益な情報を発信することを目指す.

参考文献

Ungaro, V., Pietro, L. D., Mugion, R. G., and Renzi, M. F. (2024). A systematic literature review on transformative practices and well-being outcomes in healthcare service. Journal of Service Theory and Practice, 34(3), 432-463.
厚生労働省 (2015). 保健医療2035提言書,「保健医療2035」策定懇談会.

著者紹介

嶋田 敏
立命館大学食マネジメント学部准教授.博士(工学).京都大学経営管理大学院講師などを経て,2024年より現職.主としてサービスプロセスのモデル化や定量評価の研究に従事.

胡 怡
広島経済大学経営学部経営学科助教.博士(経営学).デジタル技術を活用したサービスやヘルスケアサービスに関心.

根本 裕太郎
横浜市立大学国際商学部,大学院国際マネジメント研究科准教授.博士(工学).民間企業,公的研究機関を経て2022年9月より現職.ウェルビーイング志向のサービスデザインに関心.

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