はじめに

急速に変化する市場環境や多様化するお客さま(著者の所属する組織ではサービスの利用者のことをお客さまと呼ぶため,以下では「お客さま」と表記する)のニーズに応えるため,弊社のサービスのデザインや開発において,UX(User Experience)を熟慮することが重要視されている.決済や金融の分野ではさまざまなドメイン知識が必要になり,開発も複雑になりがちである.そのため,サービスをリリースする前からUXを熟慮してデザインを進められるようにするために,UXリサーチやサービスデザインが活用されている.本稿では,書籍「はじめてのUXリサーチ」(松薗&草野 2021)でも紹介したUXリサーチを活用したサービスのデザイン実践事例と,その後の弊社におけるUXリサーチの活用の広がりについて述べる.また,実践のなかでどのような試みをして,UXリサーチをどのように組織に広げているのかも具体的に掘り下げる.これにより,実践事例を通して,UXリサーチを組織に浸透させることの効果と,課題について具体的に考察する.

以降,第2章では,なぜUXリサーチが活用されるようになったのか,PM (Product Manager) によるUXリサーチの兼務体制から,UXリサーチャーによる専任体制に至る流れを紹介する.第3章では,UXリサーチのプロセスとサービス改善への波及効果について,eKYC(オンライン本人確認サービス)フローのデザインなどの事例を紹介する.第4章では,組織へのひろがりと今後の課題として,UXリサーチを通じた情報共有や意思決定プロセスの変化,およびさらなる発展に向けた課題について詳しく述べ,第5章で本論を結ぶ.

UXリサーチチーム発足の背景と役割

まずUXリサーチチームの発足の背景を述べる.メルカリグループにはお客さまの声を大事にする文化がUXリサーチチーム発足の前からあり,PMがインタビューやフィールドワーク,ユーザビリティ評価などを行っていた.また,お客さまのお問い合わせデータであるVoC (Voice of Customer) もサービスのデザインに活用していた.メルカリグループの決済・金融事業であるメルペイの立ち上げにおいても,初期段階ではPMがUXリサーチを兼務していた.しかし,素早く事業を立ち上げる際に,兼務のままではお客さま理解とサービス検討に対するケイパビリティと,スケーラビリティが確保できない課題が浮上した.具体的に,メルペイのPMには決済・金融事業特有の複雑な規制や技術要件の理解に加えて,UXの知見も必要とされる.そのため,PMが日常業務として担う幅広い領域(企画立案,要件定義,ステークホルダー調整など)と,UXリサーチ業務の両立は困難なものであった.その影響でリサーチが簡易なものになる傾向があり,リサーチの適用範囲がUIのユーザビリティテストなど検証的な目的に偏りがちだった.さらに,兼務をすることでリサーチとデザインを切り離せないため,強い思い込みがリサーチ設計・実査・分析に入り込みやすく,リサーチを客観的に遂行する難易度が高くなるというリスクがあった.

これらの課題を解消するため,2018年11月に株式会社メルペイでUXリサーチ専門のチームが新設された.その中でUXリサーチャーを採用し,PMやデザイナー,エンジニアと横断的に連携しながらリサーチを推進する組織体制を構築した.

UXリサーチャーの役割

上記の背景から発足したUXリサーチチームは,チーム自ら役割を定義することになり,「豊かなお客さま体験と事業成長を実現するために本質的な問いを立ててUXリサーチを推進し,鋭い洞察を得ることに責任を持つ」という役割を定義した.

役割を担ううえで重視していることは,事業やサービス,そしてそれを利用するお客さまに深く共感することである.それが前提となって,事業が直面する課題を適切に捉えられ,お客さま視点から「何を,なぜ明らかにする必要があるのか」という問いを適切に立てられる.このように事業の視点とお客さまの視点の両方を持つことで,事業とお客さまの両方にとって価値のあるリサーチができると考えている.

また,UXリサーチは目的達成の手段として意識することも重視している.ユーザーインタビュー,ユーザビリティテスト,日記調査,コンセプト検証など,複数のリサーチ手法を,社内のお悩みを解決したり達成したい目標に向かったりするために臨機応変に組みあわせる.目的が達成できるのであれば,手段として単純で簡単に早くできるリサーチ手法を選んだり,泥臭いことを地道にコツコツと続けたりすることもある.

さらに,「目的達成のために,いつまでに結果が必要なのか」も意識している.結果をレポートして終わりではなく,目的達成のために必要なことをサポートすることを含めて考える.たとえば,リサーチ結果をもとにアイデアを考えるワークショップを設計してファシリテーションをしたり,定例の議論に参加して知見を提供することで意思決定に伴走したりもする.

これらのような役割とマインドセットのもとで行動しながら実績を積み上げることで,「UXリサーチャーは,サービスを作る仲間としてともに立ち向かう存在」であるという共通認識を作れていると考える.

リサーチプロセスとサービス改善の事例

メルペイのUXリサーチプロセスは図1を基本として日々のリサーチを遂行している.以降,それぞれのステップについて簡単に紹介する.

状況理解
事業背景や課題,ステークホルダーの関係性など,プロジェクト自体とプロジェクトを取り巻く状況を理解し,なぜUXリサーチが必要かを明確にする.

問い立案
状況理解を踏まえて,明らかにしたい問いを立てる.また,リサーチをデザインに活かすために,問いの認識を関係者としっかりとすり合わせておく.

手順設計
問いに対して,どのような手順でUXリサーチするか設計する.UXリサーチ全体の進め方や手法の組み合わせ方を決め,調査手順のガイドなども用意する.

調査準備
設計した手順に基づいて,調査協力者の募集や,機材の準備をする.調査実施前にウォークスルーなどを行いガイドの最終調整も行う.

調査実施
設計に従って調査を実施する.ここは多くの人が思い浮かべるUXリサーチのイメージに近い.問いに答えるために十分なデータを得ることが大事になる.

データ分析
調査で得られたデータを丁寧に精査しながら分析し,洞察を得る.分析結果を他の人に伝えるためにまとめ作業もここで行う.得られた洞察が,次のUXリサーチの状況理解や問いの立案につながることもある.

結果活用
調査結果やデータ分析を経て得た洞察を関係者に伝える.UXリサーチからどんなに良い洞察が得られても,実際にその結果が活用されなければ意味がないため,非常に重要なステップである.

リサーチプロセスの仕組み化

なお,図1に示したプロセスに従ってゼロからUXリサーチを設計することはコストがかかる.そのため,弊社では図2に示すWeekly UXR(UX Research)という仕組みを組み合わせている.Weekly UXRは週ごとにリサーチを定常的に開催する.これにより運用コストが下げられることに加え,社内の関係者も認知しやすく気軽に利用を始めやすい.気軽に利用を始めたあとも単発のリサーチでおわらず,自然とリサーチを活用した反復型デザインの継続につながりやすい.さらにこの機会がきっかけとなって,本格的なUXリサーチを別途立ち上げることになるケースもある.

図1 リサーチプロセス
図2 Weekly UXRのサイクル

このようなリサーチプロセスの整備と仕組みの組み合わせによって,社内のプロジェクトチームがリサーチへの理解を深め,日々のサービスのデザインや意思決定に具体的な改善を反映する土台が形成されていると考える.

UXリサーチを用いた反復型デザイン事例

本節では,新機能や新サービスのデザインにおけるUXリサーチを用いた反復型デザインの事例について,eKYCフローの開発と,メルカリのビットコイン取引サービスを紹介する.

eKYCフロー

前述したリサーチプロセスやWeekly UXRを活用した事例の一つが,図3に示すeKYCフローの開発である.当時の状況としては,国内でeKYCが認可されたばかりでデザイン事例は少なく,新しい法令上の要件に従う必要があり,かつ利用者にも複数の操作を求めるサービスであった.そのため,初期のデザイン案ではお客さまの操作完了率が低いという状況であった.

図3 開発当初のeKYCの様子

そこで,操作完了率を向上させるためプロトタイプを用いたユーザビリティテストが最も効果的であると判断した.最初は実機で動作可能なデモ環境を用いたUXリサーチも検討したが,デモ環境構築には実装コストがかかることは明白であった.また,主な課題はリアルタイムなインタラクションよりも,一連の情報構造や表現の分かりやすさ,操作ガイドに関するユーザビリティ向上にあり,それらの課題解決を中心としたリサーチが必要と判断した.そのためリサーチ手法としては,プロトタイピングツールを用いたユーザビリティテストを選択し,テスト用のフローと必要なUIについてプロトタイプツールを使って準備した.

実際の調査では調査協力者に検証端末のスマートフォンでプロトタイプを表示し,操作してもらう設計にした.調査協力者が操作する様子を調査者が観察することで,意図した操作が適切に行われているかを評価し,ユーザビリティ上の課題の特定を目指した.これにより,UXリサーチのためのプログラムの実装コストはほぼゼロにできたことで,素早く低コストでリサーチとデザイン修正を繰り返すことができ,いくつかの知見を得られた.

具体的には,eKYCの操作完了率を向上させるには,(a) 新しい認証方式自体への不安を軽減すること,(b) 身分証と一緒に自撮りする距離感を掴みやすくすること,(c) ライブネス性を担保するための指示(本人がその場で操作をしていることを担保するために,ウィンクや首を傾けてくださいなどの指示をする)に気づきやすくすること,(d) 身分証の厚みの撮影操作をイメージしやすくすること,が必要であることが明らかになった.これらの知見を社内で共有してeKYCのデザイン改善に取り組んだ.デザイン改善の方策として,(A) 全体俯瞰・各ステップの説明を冗長化し,各ステップで丁寧に説明する,(B) 撮影前・撮影時にイラストを用いて撮影姿勢と位置関係を提示する,(C) イラストとアニメーションで直感的に指示がわかるようにする,(D) 身分証の厚みの撮影ガイドを撮影前・撮影時に適切なアニメーションを用いて見せる,という方策に一定の効果があることを確認した.なお,これらの知見は事例研究として論文でも報告した (草野 2020)

これらの改善を経て,最初のデザインのユーザビリティテストでは「操作完了者がゼロ」という状況から,最終的なデザインでは全員が途中離脱せずにフローを完了できる状態にできた.

メルカリのビットコイン取引サービス

UXリサーチを活かした反復型デザインのもう一つの事例として,メルカリのビットコイン取引サービス(図4)がある.サービス立ち上げに向けてさまざまな場面でリサーチを伴走した.当時は,メルカリのお客さまがビットコインなどの暗号資産をどのように捉えているのか詳しくはわからない状況だった.そこで実態を調査するために最初に探索的なデプスインタビューを実施した.その結果,ビットコインには興味はあるがやったことがないお客さまが多く,始めるきっかけがつかめていないことが明らかになった.また,他社が提供するビットコイン取引サービスの利用者とは異なるニーズを持っていることも明らかになった.そこで,得られた洞察をもとにメルカリらしくビットコインを始めるきっかけを提供するコンセプトを検討し,コンセプトテストを実施した.その結果,ビットコインを始めるきっかけを作る要素として「あまった売上金やポイントが寄与する」ことが示唆された.そこで,売上金とポイントを少額から取引に使えるようにし,かつ始めることが簡単かつ不安になりにくい登録プロセスをデザインするとともに,ビットコインの保有がわかりやすいUIを目指した.UIのわかりやすさの改善にはWeekly UXRを活用してユーザビリティテストを繰り返しながらデザインを改善した.

図4 メルカリのビットコイン取引サービス

これらのUXリサーチと反復デザインを経てサービス提供を開始し,サービス提供開始後1年9ヶ月で利用するお客さまが300万人を超えるという結果がえられた (メルカリ 2025)

UXリサーチを用いた社内横断の取り組み

本節では,社内横断的な取組の事例として,立ち上げ前のリサーチだけでなく立ち上げ後のリサーチも継続的に実施している事例を紹介する.メルペイにおけるクレジットカード事業であるメルカード(図5)のプロジェクトでは,発行および利用に関するお客さまの不安や疑問をUXリサーチ,行動ログ,カスタマーサポートへの問い合わせデータを組み合わせて(Mixed-Methods Researchのアプローチで)分析・報告している.具体的には「合同共有会」と称した社内横断的な共有会を定期開催している.合同共有会には開発・マーケティング・カスタマーサポートなどの各部門が一同にあつまり,共通のデータをもとに議論を進めることができる場になっている.たとえば,ある共有会でメルカードの申し込みから発行手続きのフローで生じるお客さまの疑問点や,利用開始後の心理的ハードルについての調査結果を共有した.このフローには複数の担当者が関わっていたため,この会をきっかけに連携した改善施策が進行し,最終的には申し込み前から申込み後のコミュニケーションまで一気通貫の改善施策を完遂することができた.

図5 メルカード

このように,合同共有会を通して多面的に調査結果を共有し,多様な社内関係者に情報共有することで,この部分はプロダクトで解決しよう,複数箇所を連動してプロダクトの改善の実装・リリースを検討すべき,ここはマーケティングやCRM(Customer Relationship Management)でサポートするなど,より良いお客さま体験と健全な事業成長に向けて,一丸となって取り組むきっかけとなっている.加えて,この共有会の要点は経営層も定期的に確認しており,経営層のお客さま理解にも貢献している.

なお,メルカードはサービス提供後の約2年間で400万枚超のカードが発行された.また,メルカードと前述したメルコインのデザイン事例は同時期にグットデザイン賞を受賞した (mercan 2023).いまではメルカリと並んで,メルカードやビットコイン取引サービスが紹介されるようになった (メルカリ 2025)

UXリサーチの組織へのひろがり

UXリサーチは単に個別の機能やサービス改善に活かせることに加えて,組織全体のお客さま理解と意思決定プロセスに変化をもたらす.前述したメルカードの事例における定期的な合同共有会では,UXリサーチで得られた知見やVoCをまとめたレポートを社内で広く共有している.また,こうした定期的な情報共有の仕組みがきっかけとなって,全社の定例会のなかでUXリサーチの結果を社員に広く共有する機会もうまれるようになった.UXリサーチチームはこのような機会を活かしながら「サービスをデザインするチーム以外の人もお客さまの声を意識しやすくする」「お客さま視点が経営レベルの議論にまで織り込まれる」という状況を目指している.UXリサーチチーム発足当初と比べると,今では社内でのUXリサーチの活かし方もより豊かになってきていると考える.たとえば最近では以下のような傾向が見られる.

事業検討と並列してお客さま体験を考える

ビジネス要件やシステム要件に加えて,「この施策は具体的にどのお客さまの,どのような課題を解決するのか?」というお客さま体験の視点で議論する機会が増えたと感じる.これは,小さなリサーチの実践から積み重ね,リサーチ結果が具体的なサービス改善につながる成功体験が組織内で実感できたことで,より早い段階からUXリサーチャーに声をかける文化が醸成されたのではないだろうか.

素早い検証と改善サイクル

もともとお客さまからの洞察を重視する文化はあったが,Weekly UXRの活用が進むことでUXリサーチを用いた反復型デザインが定着したと考える.これにより,小さな失敗から学びを得ながらリリース前にサービスを改善できるという共通認識が醸成され「リリース後にまとめて検証する」よりは「リリース前からUXリサーチを活用する」方が良いと考える割合が高まったと考える.つまり,UXリサーチを挟むことで開発のスピード感が損なわれるのではなく「誤った方向へ開発を進めて手戻りするリスクを減らす」手段として認知・活用される機会が増えた.

リサーチ体制の内製化とスキルアップ

UXリサーチャーが社内に在籍し,日常的にUXリサーチやリサーチ結果をデザインに活かす方法を相談・調整できることで,リサーチを繰り返すなかで社内にノウハウが蓄積され続けている.これにより,社内のUXリサーチャーが効率的にUXリサーチを遂行できるほか,PMやデザイナー自身がUXリサーチに挑戦しやすくなっている.また,リサーチ結果を活かしたワークショップなども開催されている.

UXリサーチの組織浸透の効果

本稿で紹介したメルペイにおけるUXリサーチ導入の事例から,企業内でのUXリサーチ活用がどのような効果と変化をもたらすのか述べる.

リサーチを用いた改善サイクルの有効性

eKYCフローの事例から,プロトタイプを用いたユーザビリティ評価を軸とした「小さく検証して,大きく改善する」アプローチにより,サービスリリースせずとも反復型開発に近しいことができ,効果的に機能したと考える.

部署横断での連携と波及効果

定期的な合同共有会やレポートの共有は,単なる知見の共有に留まらず,同じデータをみながら部署横断で対話する機会を提供している.UXリサーチを行う過程で得たお客さまの声や行動データが,開発・マーケティング・カスタマーサポートなど多様な部門の「共通言語」となりえる.そうなることで,施策の優先順位付けや新規事業のアイデア検討においても,部署ごとの視点ではなくお客さま視点で同じ方向を向いて議論を進められる可能性がある.

多様なデータからのお客さま理解

Mixed-Methods Researchのアプローチを用いることで,お客さまの表層的な行動だけでなく,その背景にある意図や感情,さらには潜在的欲求まで把握しやすくなる.また,大量の行動ログデータが取れる状況において,その行動ログデータをよりよく活用するためにも,インタビューやアンケート調査と組み合わせるアプローチが有効であると考える.さらに,手法を組み合わせることを意識することで,データに向き合う職種のゆるやかな連携を維持することにもつながっていることも一つの価値であると考える.

今後の課題と展望

本稿では,実践事例を通してUXリサーチを導入する効果を考察した.一方で,実践するなかでいくつかの課題が見えてきているので紹介する.

リサーチケイパビリティのさらなる向上

リサーチの設計・実査や結果の分析にはどうしても時間がかかり,専門性も必要になる.Weekly UXRだけでなく,よりできる人を増やしつつ,効率的に進行できる仕組みが必要である.そのために,社内で勉強会の開催,依頼者に対する企画フォーマット,レポートフォーマットの整備,UXリサーチのプランニング用の壁打ちAIのトライアルなどの取り組みを行っている.また,経営層と定期的にダイレクトコミュニケーションをすることで,経営層にとってもわかりやすいUXリサーチのレポーティングや,UXリサーチャーからのリサーチ提案などについても模索している.

デザインファシリテーションの推進

サービスを開発する企業における主な目標は,より豊かなお客さま体験と健全な事業成長を実現することである.その目標を達成するには,リサーチで得た洞察を,PMやデザイナー,エンジニアなど複数のステークホルダーが共創しながら具体的な施策へ結びけられるようにする必要がある.そのために,UXリサーチャーはリサーチスキルに加えて,デザインのファシリテーションなどいわゆる調査業務の枠を超えた役割を担える人材も必要になると考える.

リサーチ倫理・プライバシー保護

金融領域のため,個人情報の取り扱いや守秘義務などのリスクが大きい.お客さまのデータを扱うにあたっては,情報セキュリティやコンプライアンスが欠かせない.そのうえで,素早い事業展開に追従していくためには,しっかり守るは当然として,どうしたら効率的に守ることができるか?という観点でも検討が必要である.

社内外での育成・啓蒙

サービス開発会社のなかで豊かなお客さま体験と健全な事業成長に深くコミットできるUXリサーチャーという役割は,国内でみるとまだまだ少数であると考える.今後チームが拡大するにつれ,社内の他部門だけでなく,外部パートナーや新規採用者への教育体制も重要になる.現在でもリサーチカンファレンスなどのコミュニティ活動を行っているが,今後はより業界全体で育成・啓蒙の仕組みを考えていく必要がある.

おわりに

本稿では,メルペイにおけるUXリサーチ専門チームの新設からサービス改善,さらには組織風土への浸透までをどのように推進してきたかを概観した.また,eKYCフローの改善事例やメルコイン・メルカードの新規サービス立ち上げにおけるリリース前・リリース後のUXリサーチの活用について紹介した.これらの事例紹介を通してUXリサーチがサービスのUX品質向上はもちろんのこと,全社的なお客さま理解を深め,経営判断にも貢献する可能性を秘めていることを紹介した.本事例から得られた知見が,今後,他の企業や組織でサービスデザインやUXリサーチを導入する際の参考となり,さらなる発展の土台となることを期待したい.

参考文献

mercan (2023). グッドデザイン賞W受賞!──メルカード&ビットコイン取引サービスのデザイナーが語る、コンセプトの具現化と“らしさ”の表現 https://careers.mercari.com/mercan/articles/39825/
株式会社メルカリ (2025). メルカリファクトブック https://about.mercari.com/ir/strategy/business-description/
草野 孔希 (2020). モバイル決済アプリにおけるeKYCデザインの考察:メルペイにおける実装を事例として, 情報処理学会論文誌, 61巻 12月号, pp.1903-1911
松薗 美帆, 草野 孔希 (2021). はじめてのUXリサーチ ユーザーとともに価値あるサービスを作り続けるために, 翔泳社.

著者紹介

草野 孔希
株式会社メルペイUXリサーチャー兼mercari R4Dリサーチャー.博士(SDM学).2010年よりデザイン方法論の研究に従事し,2018年11月からはメルカリグループでUXリサーチを活用したサービスデザイン実践および研究に取り組む.著書「はじめてのUXリサーチ」.

おすすめの記事