はじめに

「会うって,特別だったんだ」.2022年1月より某鉄道会社が打ち出している広告キャッチコピーである.コロナウイルス感染症COVID-19(以下,コロナと言う)は私たちのくらしを一変させた.この広告キャッチコピーはその変化を象徴するフレーズの一つである.
コロナ禍の2年で私たちのくらしは大きく変化した.振り返ると,緊急事態宣言下,閑散とした東京都心の駅や商業施設,そんな光景を2020年のはじめに誰が予想できただろうか.「ステイホーム」「ソーシャルディスタンス」「マスク会食」そんな言葉が生まれることを誰が予想できただろうか.コロナは人々のくらしや様々な産業に大きな影響を与えている.何をもってコロナ収束とするかは様々な議論があるが,その影響が今後も相当長期間に及ぶことは間違いないであろう.
本特集記事では,そんなコロナ禍で「ホスピタリティ」のあり方がどのように変化しているのか,そして今後どのように変化していくのか,一つの事例を取り上げ考えていく.

「ホスピタリティとは」

「ホスピタリティとは」.そんな問いに明確に答えられる人は,きっと数少ないのではないか.
ホスピタリティは,「歓待」,あるいは「おもてなし」と訳される.日本ホスピタリティ推進協会は次のようにホスピタリティを定義している.ホスピタリティとは「主人が客人のために行なう行動に対して,それを受ける客人も感謝の気持ちを持ち,客人が喜びを感じていることが主人に伝わること*1」.それは,主人と客人の間で行き交うものとし,共に喜びを共有するという関係が成立することが必要であり,両者の間に「相互満足」があってこそ成立するとしている.つまり,ホスピタリティは提供者と被提供者の相互作用により価値を共創するプロセスである.筆者は,ホスピタリティとは提供者と被提供者の相互作用により双方に喜びを生み出すプロセスであり,幸せの総和を大きくする価値共創であると考える.
なお,ホスピタリティの定義については複数の研究者が述べており,様々な解釈・定義があることに留意されたい.
今回,株式会社パルコスペースシステムズの提供するインフォメーションサービスを取り上げ,1つのホスピタリティのかたちをご紹介したい.

「“人を想うこと”それが私たちのホスピタリティ」事例:株式会社パルコスペースシステムズ

株式会社パルコスペースシステムズ(以下,PSSと言う)は,空間を創造するスペースプロダクトと,その空間を安全・快適に施設管理するビルマネジメントを基軸に,50年以上にわたり総合空間事業を行ってきた企業である.空間創造と施設管理の両軸で総合力を活かしたサービスを提供し,そのフィールドは,パルコをはじめとした商業施設や専門店,オフィスビル,公共・文化施設,ホテルなど多岐に渡る.施設管理の一つとして商業施設内におけるインフォメーションサービスを展開している.このサービスはパルコグループ内だけでなく,グループ外の商業施設でも提供され,高い評価を得ている.商業施設内におけるインフォメーションサービスは対人接客を主としており,コロナにより“人”と“人”の接触が制限される中で,大きな影響を受けたことは論を待たない.そんなインフォメーションサービスはどのように変化しているのか.提供者側はどのような取り組みを行っているのか.また,この先のインフォメーションサービスはどのように変化していくのか.今回,これらについて,PSS施設マネジメント部 BM推進4課 グループリーダー 安積氏とスペースエンジニアリング部 P'esプランニング課 課長 神田氏,デジタル戦略推進担当 リーダー 高山氏に話を聞くことができた.


図1 パルコスペースシステムズ(ロゴマーク)

―PSSのインフォメーションサービス―
安積:「私たちが提供するインフォメーションサービスは目の前のお客様の問題を解決するだけでなく,お客様の声に耳を傾けお喜び頂くことがゴールです.インフォメーションへのお問い合わせというと,お店の情報(階数や場所)を思い浮かべる方が多いかもしれません.しかし,それはほんの一部であり,多種多様なお問い合わせがあることをお伝えしておきたいと思います.たとえば,“ハンカチや傘はどこで買えるのか”などお客様からお問い合わせ頂く内容の多くは名詞です.私たちはその名詞から,ニーズの引き出しをして,その先のストーリーに導くことがミッションとなります.パルコが出店している場所の多くは,商業施設が多く集積するエリアであり,お客様の買物体験は一つの施設だけで終わる事は少ないと考えています.一連の行動の中で素敵な体験が生まれると考え,商業施設内のご案内だけでなく,商業施設周辺も含めたご案内ができるよう常に準備しています.また私たちが耳を傾けるのは“お問い合わせ”だけではありません.先にも述べた様に来館されるお客様にお喜び頂くことがゴールであると考え,時にはお客様の声を具現化する企画を実施したりもします.たとえば,弊社がインフォメーションサービスを提供する商業施設A(パルコグループ外)では,インフォメーションスタッフの制服を見て“かわいい”と言ってくださるお子様がいることに気がつき,キッズインフォメーションという企画を計画し,実施しました.お子様が館内放送などのインフォメーション業務を体験できるイベントで,大変喜ばれました.私たちはお客様と共に体験創造をしており,目の前のお客様の笑顔を見ることに喜びを感じていますし,それがモチベーションに繋がってます.」

図2 インフォメーションサービス(イメージ)

―コロナ禍での変化と取組―
安積:「コロナ禍で施設に訪れるお客様数が減少し,当然の事ながらインフォメーションカウンターに訪れるお客様も減少しました.感染への恐怖など心理的な壁はもちろん,物理的な感染対策の壁の影響もあり,お客様側からの問い合わせ方法や内容は大きく変化しました.接触時間を少しでも減らそうと,スマートフォンでInstagramなどSNSの画面を見せながら“これは?”などのお問い合わせが急激に増加しました.私たちは数少ない言葉で端的にお伝えできるようiPadなどを活用し,ビジュアルでお見せしご案内できるよう工夫しています.これまでのように,耳を傾け寄り添ったサービスをすることが難しくなったことは事実としてあります.しかし,そんな中でもお客様の声に耳を傾けお喜び頂くというゴールは変わらないと考えています.直接お話する時間が減っても,感じ観察して今やれることを行うことで,素敵な体験を創出できると信じています.たとえば,ご家族で来館されるお客様を見て,設置している消毒台がお子様には高く使いづらそうにしていることに気がつき,子供用の消毒台の設置を施設側に提案するなど,私たちにできることは様々あります.コロナ禍でも私たちのインフォメーションサービスの“想いは変わりません”.ただ“手段が変わる”ということだと思っています.」

―未来のインフォメーションサービス―
高山:「今後のインフォメーションサービスは人とテクノロジーのハイブリッドが主流になると考えています.ロボットやAIの活用が様々な場所で進んでいますが,インフォメーションサービスから人がいなくなる日は遠いのではないかと考えています.実際,弊社でもロボットやIOTデバイスを活用したPoC(概念実証)を進めていますが,非接触の“ロボットだけ”というのではやはりうまくいっていません.一方で,これまで以上に人の価値観が多様化する中で,“人だけ”というインフォメーションサービスも成り立たないと考えています.」
神田:「ここで1つ,私たちの考える新しいサービスのかたちをご紹介したいと思います.コロナ禍で設置している人と人を遮るパーティションは物理的な壁となり,心理的にも大きな影響を与えています.私たちは「人と人の壁をなくすのではなく,人との繋がりを強くする手段として活用」したいと考え,「SEE-THROUGH interaction」という透明ディスプレイを活用することを検討しました.これはコロナ禍で求められる課題解決はもちろん,高齢者の方・難聴者の方,海外の方との心の通ったコミュニケーションを実現するツールです.仕組みはとてもシンプルで,透明ディスプレイに話した言葉が浮かび上がり表示できるソフトを組み合わせたものです.今後はこのツールを活用,透明ディスプレイを応用展開し,様々な案内ができるようにしていきたいと思っています.透明ディスプレイ(=シースルー)だからこそ,相手の表情を見ながら会話をすることが可能になり,話した言葉がディスプレイに浮かび上がることでスムーズに情報を伝達することが出来きます.リアルでの繋がりが少なくなってきた現代だからこそ,お客様に寄り添ったコミュニケーションツール・空間作りをご提供していきたいと思っています.このサービスはビッグデータやAIの活用により進化し,未来のインフォメーションサービスの一つのかたちになると考えています.」
高山:「インフォメーションカウンターのスタッフだけでなく,私たちも間接的にお客様を喜ばせることに携わっていると考え,照明計画などの環境創りによる心的負担軽減や直接お客様にサービスを提供する現場の負荷軽減などを実行しています.私たちはテクノロジーの先にある人に寄り添ったソリューションサービスを提供していくために日々努力をしています.」

図3 「SEE-THROUGH interaction」

まとめ

PSSが提供するインフォメーションサービスは,提供者と被提供者の相互作用により双方に喜びを生み出すプロセスであり,幸せの総和を大きくする価値共創,ホスピタリティを体現するものであった.「私たちはお客様と共に体験創造をしており,目の前のお客様の笑顔を見ることに喜びを感じていますし,それがモチベーションに繋がってます.」というインタビュー内容からも,提供者と被提供者が相互作用により双方に喜びを生み出すプロセスであることを確認できた.それは,顧客が目的の場所へたどり着くことをお手伝いする“案内業務”の域を優に超えたものであり,その場所を訪れる顧客と共に素敵な体験を創るインフォメーションサービスであった.さらに,直接顧客に相対する場面でだけでなく,取引先等(施設等)と共に新しい価値を創造するなど,取り巻く環境の中で価値が最大化,幸せの総和を大きくするものであった.
コロナがもたらした大きな変化の中で,インフォメーションサービスの手段は日々進化し変わっていた.しかし,取材を通じわかったことは,ホスピタリティの大切なことは変わらないということである.“人を想うこと”.直接顧客に接する部門だけでなく,直接顧客に接することのないバックオフィス部門も同じように“人を想う”,これは簡単なことでない.従業員同士を含め目の前の人を喜ばせたいという想いの連鎖がPSSのホスピタリティを生み出していた.
新しい時代のホスピタリティとは,人を想い,手段を柔軟に変え,提供者と被提供者の相互作用により双方に喜びを生み出すことを加速させることなのかもしれない.

さいごに

筆者は人のチカラを信じている.インフォメーションサービスにおけるテクノロジーの活用は,人との関りをより強くし,幸せの総和を大きくするものであって欲しいと願う.「目の前の人を喜ばせたい」などきっとそんなシンプルな人を想う気持ちが新しい時代のホスピタリティを創っていくのではないか.大切なことは変わらない.“人を想うこと”.

最後に,本特集記事を執筆するにあたり,インタビューにご協力頂きました株式会社パルコスペースシステムズの安積様,神田様,高山様,そして機会をくださった阿部様に深く感謝致します.

「弊社は人の会社です」.取材申し込み時に阿部様よりご返信頂いた際の言葉である.そんな言葉を,自信を持って言えますか.

参考文献

日本ホスピタリティ推進協会ホームページ.https://hospitality-jhma.org/wordpress/
株式会社パルコスペースシステムズホームページ. https://www.parco-space.co.jp/
東海旅客鉄道株式会社ホームページ.https://jr-central.co.jp/

著者紹介

中村聡太

KAKERUコンサルタント.明治大学政治経済学部卒業,明治大学グローバル・ビジネス研究科修了(経営管理修士).会社員として働く傍ら,個人事業KAKERUを立上げ,小売業を中心にマーケティング支援を行うパラレルワーカー.

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  • *1 ここでは接客・接遇の場面を想定して,狭義の定義を示している.
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