1.はじめに

特集:製造業のサービス化では,「サービス理論」「サービスデザイン」「デジタル化」「サービス人材」をテーマに,4本の記事を紹介し議論してきた.本稿では,それぞれの記事の大要を振り返り,製造業のサービス化を成功に導くためのポイントを総括する.

1.1 コロナ禍での国内製造業のデータ利活用状況と求められる人材の変化

この記事では,製造業のサービス化コンソーシアム*1が国内製造業を対象に毎年実施しているアンケート調査において,2019年度と2020年度の回答を比較して,コロナ禍前後のデータ利活用状況と求められる人材の変化を調べている. 調査の結果,製造企業531社のうち,「顧客接点関連データ」を既に取得・保管・活用していると回答した企業の割合は46.1%から70.6%に増加していた.同様に,「自社製品稼働状況データ」は29.9%から48.0%に,「従業員の社内移動データ」は6.2%から18.5%にそれぞれ増加していた.これらの結果は,COVID-19の感染拡大によって,多くの製造企業においてデジタル化・DXが加速したことと関係していそうだ.ちなみに,これらのデータ利活用による成果については,2019年度と比較して2020年度に「売上増加」や「新製品・新サービスの開発」に繋げられたとする企業が増加した一方で,「コスト削減」へのインパクトはやや弱まったとする結果が示されている. また調査では,「新サービスの設計・開発・立上げ人材」「新しいサービスの管理・提供人材」が依然として不足していること,それを補うために「サービスビジネスに必要なリソースの外部獲得」を積極的に行っている企業が少ないということも明らかになった.サービス化に取り組む製造企業においては,特に外部人材の採用やパートナー企業との連携を積極的に推し進め,サービス人材を獲得することが課題であるといえよう.

1.2 サービスエクセレンス規格と製造業のB2Bサービス

この記事では,サービス関連の国際規格の数ある中からサービスエクセレンス規格(ISO23592,ISO/TS24082)を,製造業のサービス化の一つのアプローチとして捉えた場合の特徴や補完要素について議論した. サービスエクセレンス規格では,卓越した顧客体験を通じたカスタマーデライトと顧客ロイヤルティの実現を目指している.サービスエクセレンスの基本規格(ISO23592)は,「カスタマーデライトを継続的に生み出す組織能力」に関する推奨事項を示すもので,エクセレントサ―ビスの設計規格(ISO/TS24082)は,「卓越した顧客体験の創出にかかわる設計活動」に関する推奨事項を示すものである. カスタマーデライトと表現されているように,サービスエクセレンス規格は対人業務への適用事例の紹介が比較的多く,提供範囲の事例として製造業について語られることは珍しい.本記事では,サービスエクセレンス規格は,サービス一般を対象としているため自由度が高いとしたうえで,ISO23592で定義する4側面「①サービスエクセレンスのリーダシップ及び戦略」「②サービスエクセレンス文化及び従業員エンゲージメント」「③卓越した顧客体験の創出」「④運用面でのサービスエクセレンス」を軸に,適用範囲を製造業のB2Bサービスに広げて論じた.例として,文献「B2Bのサービス化戦略」(C.コワルコウスキー,2020)の内容とこれらの4側面とを比較し,各側面における補完要素に言及した. 特に興味深いのが「従業員エンゲージメント」についてである.当推奨事項では,組織としてサービス提供に関わる個の主体性と顧客中心性をどのように高めるかを定義している.文献「B2Bのサービス化戦略」では,人が強く関わる内容として「サービス・セールス部隊の変革」の章で,サービスのセールス活動に必要とされる能力要素に言及するにとどまっているが,ISO23592における「従業員エンゲージメント」の推奨事項は,モノ売りとの違い(共創,継続性)やカスタマーサクセスの理解を促すガイドとして参考になる. なお,サービスエクセレンス規格については,現在,サービスエクセレンスのパフォーマンスの測定方法や指標に関する規格(ISO/TS23686)を策定中であり,産業界での更なる活用が期待される.

1.3 事例研究:林業におけるサービス化を通じたケイパビリティ統合:大黒柱一本から生まれるサービスエコシステムの拡大

この記事では,サービス化のプロセスに焦点をあてた実例として,もともと木材,プレカット材,住宅を販売していた古河林業住宅事業部が,「大黒柱ツアー」という住宅を注文したオーナー向けのサービスを契機に,部門を越えて連携し,サービス化に必要なケイパビリティを獲得していった経緯が解説されている. この事例のひとつの特徴は,トップダウンで一気にサービス化への変革が行われたのではなく,ボトムアップに徐々に変化した点であろう.この特徴を活かし,変化の各段階で何が起きていたのか,社内と社外の両面から因果を追いながら丁寧な議論を試みている. まず興味深いのは,「大黒柱ツアー」をとりまくサービス運営体制の変化である.住宅販売の営業ツールとして始まった小規模な活動が,研修プログラムなどに姿を変えながら拡大するのに伴い,社内外のステークホルダを増やし,サービス事業に適したビジネスエコシステムに進化していった.このことは,小規模な組織横断のサービス事業を育成することで,バラバラな分業になってしまっている組織活動を,社内外を巻き込みながら再統合できる可能性を示唆している. また,サービス化ケイパビリティの獲得過程の分析も興味深い.ここでは「大黒柱ツアー」に関わる様々な部署が連携することにより,各々の部署の既存のケイパビリティが再統合され,新たな活動が生み出されていく様子を,知識獲得のSECIモデル*2を用いて説明している.ケイパビリティ獲得と知識獲得との相似は納得性が高く,SECIモデルを用いて介入することでケイパビリティ獲得を促進させることも可能に思える.

1.4 フロントステージとバックステージの連携: 宇宙産業創出に向けた共創活動

この記事では,JAXAにおける民間企業との宇宙ビジネス共創活動J-SPARC*3の取り組みを,「KIBO宇宙放送局における共創活動」を事例に,価値共創研究の視点で論じている.技術開発を先導するJAXA,新たな宇宙事業創出を目指す民間企業,さらにその先にいるパートナー企業や顧客を含めた,複数企業をまたぐ組織間(フロントステージとバックステージ)の共創活動に焦点を当て,Javier Marcos-Cuevas等(2016)の共創フレームワークに基づき考察している.
Service Logic(Grönroos, C., & Voima, P. , 2013)をベースとした当フレームワークは,共創活動を行う当事者同士が,意図的かつ持続的に関与しながら進められる.共創活動は必ずしも時系列的には行われず,同時に行われることもあれば,継続的に行われることもある.
この事例では,JAXAが民間企業(バスキュール社)およびその先の民間パートナーや顧客の領域に積極的に入り込み,共創フレームワークの3フェーズ「①対話により連携を促進し,事業アイデアを共創する」「②共創された事業アイデアを協同実証する」「③事業化に向けた制度化・定着化を行う」を早いサイクルで実行することによって,新しい宇宙事業の創出と,技術革新・イノベーションの創出を実現している.共創活動を行う当事者間のリソースとケイパビリティが統合され,それが,他の新たな宇宙事業創出活動の糧となり,S-SPARCのサービスイノベーションプロセスをより高度化している様子も,共創フレームワークに照らしながら理解することができる.

総括

製造業のサービス化コンソーシアムが2019年度と2020年度に実施したアンケート調査(1.1参照)からは,多くの製造企業においてサービス化を志向したデータの取得や利活用が進んでいる一方で,サービス人材の獲得が課題として浮き彫りとなった.では,現状の製造業に不足しているという「サービス人材」とは,具体的にどのような人材なのだろうか?
その答えのひとつをサービスエクセレンス規格に見出すことができる(1.2参照).サービスエクセレンスの基本規格(ISO23592)には,カスタマーデライトを永続的に達成するための4つの側面が示されており,そのうちの「サービスエクセレンス文化及び従業員エンゲージメント」では,サービス人材とはなにかを,モノ売り人材との対比も交えて多角的に説明している.
一方,本特集からは,サービス人材の獲得に対する具体的な解決策のヒントも見出すことができる.先述のサービスエクセレンスモデルでは,理解しやすいように4側面に分解して解説されているものの,実際には各々の側面が相互に影響を及ぼしながらサービス設計に影響すると考えられる.また, BtoC(対個人)ではなくBtoB(対企業)サービスの場合,顧客企業の経営陣,中間管理職,従業員などの複数の関係者それぞれに対するカスタマーデライトを目指すことになるため,サービス人材に求められる能力もまた,多岐にわたって文字どおり「カスタマイズ」されていくと考えられる.このような状況下では,サービス人材不足という問題に対して,では人材を獲得しよう,というように人材に関する要素だけを切り取って個別に改善するだけではなく,複数のサービス要素を変化させるようなホリスティック(全体的)な視点による打ち手が効果的と思われる.
このような観点から本特集の事例を読み解くと, 古河林業の事例研究(1.3参照)では,「大黒柱ツアー」を軸に社内外を巻き込んでサービス化を推し進める過程で,研修という形でサービス人材の育成が行われるのと並行して,それまで連携の薄かった多くの部署が新たなサービスのケイパビリティを獲得している.同様に,宇宙ビジネス共創活動「J-SPARC」の事例(1.4参照)では,技術開発を先導するJAXAが,新たな宇宙事業創出を目指す民間企業や,その先にいるパートナー企業の領域に積極的に入り込むことによって,サービスイノベーションを創出し,その共創活動の過程で,当事者同士が新たな技術やケイパビリティを獲得している.これらの事例からは,上述のサービスエクセレンスの4側面が混然一体となって変化していく様子がうかがえる.また,大きなコストをかけてトップダウンに変革を促したというより,従来のビジネスの中に存在した小さな活動や,新たなビジネスを創造するための対話ベースの連携を,「テコ」のように効かせて組織全体のサービス能力を効率よく進めている.
こうした気づきからは,人材獲得の課題を念頭においたうえでサービス化を包括的に前進させる「テコ」になる活動をいかに見出すかが重要に思える.そのような「テコ」のあり様に関して,昨今の事例を俯瞰すると,例えば,コロナ禍を契機に進んだという社内外のデータ利活用はもちろん,最近関心が高まっているSDGsやESGに関連した活動にもその可能性を感じる.
いずれにせよ,そこに部署や企業の枠を越えた多くのプレイヤーが参画することが重要である,と本特集は示唆している.「サービス化」が,ひとつの企業で達成するものではなく,エコシステム単位での変容であることに改めて気づかされる.

謝辞

株式会社マーケティング・エクセレンスの丹野愼太郎氏には,製造業のサービス化コンソーシアムで実施しているアンケート定点調査の結果に基づき,「コロナ禍での国内製造業のデータ利活用状況と求められる人材の変化」についてまとめていただいた.
東京大学の原辰徳先生には,サービス工学研究の豊富な知見と,関連する国際規格の策定ワーキンググループでプロジェクトリーダを担当されたご経験に基づいて,「サービスエクセレンス規格と製造業のB2Bサービス」の記事を執筆いただいた.
古河林業株式会社の西川義寛氏には,企業内部の実践者の視点と客観的な研究者の視点からサービス化の実例を分析いただき「事例研究:林業におけるサービス化を通じたケイパビリティ統合-大黒柱一本から生まれるサービスエコシステムの拡大-」の記事にまとめていただいた.
JAXAの高田真一氏には,宇宙ビジネス共創活動「J-SPARC」によるサービスイノベーション創出のプロセスを,KIBO宇宙放送局事業における共創活動を事例に,価値共創研究の視点で論じていただいた.
以上の方々のほか,共著いただいた方々には,この場を借りて改めて謝意を表します.

参考文献

Grönroos, C., & Voima, P., “Critical service logic: making sense of value creation and co-creation,” Journal of the Academy of Marketing Science, 2013.
Hara, T., Tsuru, S., Yasui, S., Models of Designing Excellent Service Through Co-creation Environment, Serviceology for Services (7th International Conference, ICServ 2020), T. Takenaka et al (Eds.), CCIS 1189, pp.73-83, Springer, 2020.
ISO 23592: 2021, Service excellence — Principles and model, https://www.iso.org/obp/ui/#iso:std:iso:23592:ed-1:v1:en
ISO/TS 24082: 2021, Service excellence — Designing excellent service to achieve outstanding customer experiences, https://www.iso.org/obp/ui/#iso:std:iso:ts:24082:ed-1:v1:en
Kowalkowski, C., Ulaga, W., Service Strategy in Action: A Practical Guide for Growing Your B2B Service and Solution Business, Service Strategy Press, 2017.
Marcos-Cuevas, Javier et al., “Value co-creation practices and capabilities: Sustained purposeful engagement across B2B systems,” 2016.

著者紹介

青砥 則和
日本電気(株)入社後,通信機器関連の事業部およびグループ会社にて,グローバルSCM改革,生産情報システムの開発に従事.サクサ(株)を経て,現在,NECソリューションイノベータ(株)所属.明治大学専門職大学院グローバルビジネス研究科修了.中小企業診断士.

緒方 啓史
(株)東芝.HCD-Net認定人間中心設計専門家.博士(工学).2013年東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了.2002年から2015年までアズビル(株)にて,高齢者にとっての製品・サービスの使いやすさの研究開発に従事.2015年から現職にて,福祉工学や認知工学を拠り所にサービスデザインや共創・協働のプロセス開発に従事.

沼田 絵梨子
日本電気株式会社 サ―ビスプラットフォーム事業部所属.2011年早稲田大学大学院人間科学研究科修士課程修了.同社研究所にて,サービス設計プロセスの研究を経て,現在,社内のサービス標準化と人材育成に従事.

福田 賢一郎
産業技術総合研究所人工知能研究センター データ知識融合研究チーム 研究チーム長.博士(理学).2001年,東京大学大学院修了.2001年より現職.専門は知識表現.サービス・エコシステムの中で活動する人間に寄り添うAI,日常生活のモデル化,社会実装の研究に従事.

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  • *1 産業技術総合研究所と明治大学の主宰で,2015年10月に設立されたコンソーシアム.
  • *2 SECIモデル:個人が持つ知識(暗黙知)を,組織の知識(形式知)に変換し共有することによって,さらに新たな知識を創造するモデル.共同化(Socialization),表出化(Externalization),連結化(Combination),内面化(Internalization)という4つのプロセスを繰り返す,知識創造のスパイラル.
  • *3 J-SPARC:JAXA Space Innovation through Partnership and Co-creation(宇宙イノベーションパートナーシップ)
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