はじめに
近年,「サステナビリティ(Sustainability)」は,科学技術分野,都市・地域経営,企業経営・ビジネス領域,などの様々な分野において,非常に重要な概念になっている.特に,2015年に国連でSustainable Development Goals(持続可能な開発目標:SDGs)が採択されて以降,サステナビリティという概念や考え方は,一般市民にまで広まりつつあると言える.
サステナビリティとは,直訳すると「持続可能性」を意味する概念である.Goodlandによると,サステナビリティには,「Social Sustainability(社会的持続可能性)」「Economic Sustainability(経済的持続可能性)」「Environmental Sustainability(環境的持続可能性)」の3つの類型がある(Goodland, 1995).この中でも,特に近年では,地球温暖化や異常気象,プラスティックの廃棄問題,サーキュラーエコノミーに対する世界的な意識の高まりなどを背景に,環境的観点(すなわち,Environmental Sustainability)の議論が中心的になっている.ただ,ここで改めて指摘しておきたいのは,上記のGoodlandの類型が示すように,サステナビリティのもともとの意味としては,経済的な持続性や社会の持続性も議論すべき対象の範囲内であるということである.
さて,今や経済の中心は「サービス」である.また,近年のサービス研究の概念的基盤であるサービスドミナントロジックの考え方に従えば,あらゆる経済活動は「サービス」だとみなすことができる.すなわち,最先端のデジタル技術やそれを用いたデバイスやセンサなども,それ単体では社会に対して価値を提供することはできず,いかにサービスとして提供するかを検討することが重要になる.以上のことから,企業や行政によって提供されるサービスは,我々が暮らす社会全体に対して大きな影響を与えることは容易に想定できることであり,サステナビリティの実現に向けても,大きな影響を与えると考えられる.そこで本特集では,「サステナビリティとサービス」というテーマで,さまざまな記事を企画・紹介していく.
本特集では,特に,(1)サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX: Sustainable Transformation),(2)社会における資源循環(サーキュラーエコノミー)の実現,(3)持続的な社会・都市づくり,といった,現代社会における重要トピックについての記事を発信していく予定である.なお,ここでのSXとは,企業とステークホルダが,「企業のサステナビリティ」と「社会のサステナビリティ」の同期化に向けた対話やエンゲージメントを通じ,企業の経営の在り方,対話の在り方をCSV*1視点で再定義し,それを具体的に経営に反映していくような取り組みのことを指す(経済産業省,2020).
以上に述べたサステナビリティという概念は,長期的で全体的な視点を必要とする考え方である.そのため,短期的に自らの組織が何らかの利益や報酬を得ようとするような,ビジネス至上主義的な考え方とは対極にある概念だと言える.そのため,サステナビリティに関する取り組みの多くは,資本主義社会におけるあらゆる企業活動の源泉である「経済的な価値」に変換しにくいという特性を持つ.こういった事情から,民間の企業がサステナビリティについて本格的かつ継続的に取り組むことは一般に容易ではなく,企業の担当者・関係者は,様々な難しさ・悩みを抱えていることが多いと考えられる.こういった方々や関連する研究者に対して,本特集で扱う具体的な事例や研究が,現在および未来の実践者にとっての有用な情報・ヒントになれば幸いである.
参考文献
Goodland, R. (1995). The concept of environmental sustainability. Annual review of ecology and systematics, 1-24.
Vargo SL and Lusch RF. (2004). Evolving to a New Dominant Logic for Marketing. Journal of Marketing. 68, 1, 1-17.
経済産業省(2020),「サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会中間取りまとめ」,10-11.
著者紹介
赤坂 文弥
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 人間拡張研究センター 研究員.博士(工学).学位取得後,NTTサービスエボリューション研究所を経て,現職.専門は,サービスデザイン,リビングラボ.最近は,モデリングと共創を組み合わせた,社会のための技術/サービス創出の方法論を研究している.
青砥 則和
日本電気(株)入社後,通信機器関連の事業部およびグループ会社にて,グローバルSCM改革,生産情報システムの開発に従事.サクサ(株)を経て,現在,NECソリューションイノベータ(株)所属.明治大学専門職大学院グローバルビジネス研究科修了.中小企業診断士.
緒方 啓史
(株)東芝.HCD-Net認定人間中心設計専門家.博士(工学).2013年東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了.2002年から2015年までアズビル(株)にて,高齢者にとっての製品・サービスの使いやすさの研究開発に従事.2015年から現職にて,福祉工学や認知工学を拠り所にサービスデザインや共創・協働のプロセス開発に従事.
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脚注
- *1 CSV(Creating Shared Value):マイケル・ポーターが提唱した,企業の事業を通じて社会的な課題を解決することから生まれる「社会価値」と「企業価値」を両立させようとする経営フレームワーク