藤岡 昌則(著)
株式会社白桃書房,244ページ,3,200円+税,ISBN 978-4-561-26733-1 

本書は,「Servitization」研究において課題となっているサービス・パラドックスを,企業が如何に乗り越え,サービス・イノベーションを活性化させるかに焦点を当て纏めた学術書である.鍵となる概念を企業経営者の実効論的意思決定である「エフェクチュエーション」と,「認知科学」を理論基盤とし「ICRT (Information, Communication and Robot Technology)」を活用した知識・技能のシステム化から知見を深めている.

一方,著者は,長年ガスタービン発電設備の設計・基本計画・サービス実務を手掛けた製造業の実務家である.本書を執筆するきっかけも「製造業の潜在的な長期収益性低下傾向の改善にある.」と強い実務的問題意識に基づいている.いまだ失敗を回避しようとする規範が根強く残る保守的な製造の現場において,「まず,やってみる」と言った進取の「エフェクチュエーション」の行動基準を取り入れることで,事業環境が混沌とする現状への活路を見出していこうとしている.

事例は,日本の製造業の中でサービス・イノベーションに成功し業績を上げたコマツと,同業界トップのキャタピラーを比較している.2000年以降,コマツが遠隔監視技術や自律無人化技術を駆使してソリューション・サービスを創出し,業績を向上させることで,キャタピラーを追撃して行った過程を追跡している.RQ (Research Question)として,第1に,ソリューション・サービスのモデル化手法,第2に,サービス・パラドックスと企業経営者の意思決定の質の関係,第3に,サービス・トライアングルにおける顧客志向のプロセス設計に設定し,詳細な記述と分析が成されている.

製造業のサービス・イノベーション成功の規定因は次の3点に要約できる.第1は,「認知科学」を理論基盤とした「ICRT」で知識・技能のシステム化が図られソリューションのモデル化が成されていること.第2は,事業環境が不透明な中では,熟達研究を理論基盤とした「エフェクチュエーション」による意思決定がサービス・パラドックス回避に繋がっていること.第3は,顧客接点において「ICRT」が適用されることで顧客情報が共有され,サービス・トライアングルでの利害関係が上手く調節され柔軟な連携が成されていることである.

本書では,「エフェクチュエーション」による意思決定や行動基準について,その有用性や既存組織にどの様に取り込めば良いかなど課題の積み残しも散見される.しかし,第4次産業革命が叫ばれる中で,サービス・パラドックスを克服し,日本の製造業の活路を求めるという差し迫った問題への多くの示唆に富む,お薦めしたい良書である.

〔森 一彦(関西学院大学経営戦略研究科)〕

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