高齢者や障がい者に対するケアサービスは,人と人との関わりの中で行われるサービスの代表例と言える.ケアサービスにおける人と人との関わりは,単にケアワーカーから利用者への一方通行ではなく,利用者とケアワーカーとの互恵的な関わり,利用者どうしの関わり,地域コミュニティーや社会との関わりなど,重層的で豊かな関係性の中でサービスの価値共創が行われている.

コロナウイルス感染症COVID-19は,そのようなケアサービスの現場も直撃している.さまざまな制約・影響のもとでは,感染症対策がもちろん最優先かつ喫緊の課題であるが,中長期的に見るとケアサービスにおいて人と人との関係性が寸断されてしまうことによる影響の大きさが懸念される.

本稿では,静岡県静岡市の「社会福祉法人ラルシュかなの家(以下,かなの家):サイトへ移動」における現状と取り組みを紹介したい.

<かなの家>は,知的障がいを持つ人にケアサービスを提供するサービス事業者である.現在,グループホーム(共同生活援助事業)およびデイサービス(多機能型障害福祉サービス事業)を運営している.

<かなの家>は,「知的障がいを持つ人と持たない人が相互関係のうちに成長する,知的障がいを持つ人の賜物(迎える,祝う,ゆるす)を認め,世の中に伝えていく」ことを基本理念としている.この理念を現場の実戦に落とし込むことで,<かなの家>では利用者(なかま)と職員(アシスタント)が「(職場ではなく)家庭」のような関係性の中でお互いの人間的成長を促し,外部と多くの接点を持つことで外部の知を取り入れ,また自ら発信も行っている.<かなの家>の,このような理念とその現場実践がサービス品質に良い影響を与え,<かなの家>を特色ある事業者としている.

COVID-19の拡大により,<かなの家>の現場にも様々な影響が出ている.例えば,通いのなかまのバス利用を避けるため送迎回数を増やしたり,また,外部委託していた外出時のヘルパーが利用できなくなったため,休日に外出したいなかまのために休日担当のアシスタントがお弁当を買って一緒に近所を散策し野外で1日を過ごすなど,なかまのニーズを満たす工夫をしている.

「家庭」を作ることを目指している<かなの家>として大切にしている生活様式や行事にも影響が出ている.例えば,なかまもアシスタントも同じテーブルで一緒に食事をすることも<かなの家>の特徴だが,現在ではなるべく分散して食べるようにしている.<かなの家>の大切な行事である誕生会や全体会議(なかまとアシスタントの話し合いの場)は開けずにいる.なかまの還暦祝いも延期している.できなくなることで,これらの行事が<かなの家>らしさだったと改めて思う.また,年の一度の「洗足式*1」という行事も体の接触を伴うため,小グループでのお茶会に変更した.お茶会は,茶道の心得があるなかまやアシスタントが中心になって催した.お茶会も亭主と客との相互関係を大切にするという点で<かなの家>の理念を体現する良い代替行事となった.

<かなの家>には国内だけでなく海外からも多くのお客様が訪れており,外部に開かれたコミュニティーである.また,<かなの家>のなかまは国内外の多くの場所に出向いており,外部とつながるコミュニティーでもある.

お客様が訪れることで,来訪者は知的障がいを持つ人の魅力に直接触れ,その体験を多くの人に伝えることでまた来訪者が来るという良い循環ができていた.中でも株式会社エーザイは,企業のリーダー養成プログラムに<かなの家>への訪問を取り入れており,参加者に多くの気づきを与える機会となっている.

来訪者はまた,外部の知をコミュニティーにもたらしてくれる.コーチングスキルからアフリカンダンスやアイヌ音楽まで多種多様な知が<かなの家>にもたらされ,<かなの家>が持つ知と融合し,知識の共創が行われているのである.

現在は,お客様を受け入れられなくなったため,オンライン会議システムの活用を始めている.<かなの家>では統合失調症の人のためのオープンダイアログという,対話を通して回復を促す手法の導入を検討している.先日は,その実践研究会のためコーチングの専門家にZOOMで参加していただいた.ZOOMを通じてであっても,外部の第三者が対話に入っていただくことのメリットは十分に感じることができた.静岡に来ていただかなくても専門家の支援が受けられるのは,オンラインのメリットである.

<かなの家>では情報発信も積極的に行っている.これまでのように直接来ていただいたり,出向いたりして知的障がいを持つ人の魅力を伝えることができなくなってしまったため,従来から行っていたSNS(サイトへ移動)による情報発信に加え,「かなの家youtubeチャンネル(サイトへ移動)」を作り,なかまのことや<かなの家>で製造販売しているせっけんのことを楽しく発信している.

ケアサービス事業者どうしのつながりも一層重要になっている.台風などの災害時に協力し合うため,近隣の事業者と協定を結んでいる.今回のCOVID-19の影響下では,企業などからいただく支援物資を分け合った.企業から寄付を募ればという提案も事業者どうしのつながりの中で出て来たアイディアだった.また,なかまが外に出ていく活動の中で知り合った大阪の障がい児・者総合福祉施設ノーサイドからは,マスク約1,000枚をいただき,<かなの家>は自分たちの作業所で作っているせっけんをお礼に送った.

COVID-19の影響でこれまで当たり前だと思っていた行事や活動ができなくなり,自分たちが大事にしていたものを改めて見つめ直し,自分たちのアイデンティティーを問い直す機会になっている.

COVID-19が完全に終息していない現在はまだ不安の方が先に立っている状態だが,自分たちのサービスの特徴や強みは何か,その強みを今後の生活でどうやって維持発展させていくかに思いを巡らすことも必要と考えている.なかまやアシスタントの集まり,お客様とのつながり,支援してくださる人や企業とのつながりをどのように作っていけるのかをこれからも皆で話し合いがながら考えていきたい.

著者紹介

村本 徹也

社会福祉法人ラルシュかなの家理事,博士(知識科学),サービス学会会員,ICT企業のコンサルタントとして,医療や介護などヘルスケアサービスのデジタルトランスフォーメーションを支援している.サービスにおける価値と知識の共創に関心を持つ.

  • *1  キリスト教で行われる足を洗う儀式.イエスが弟子の足を洗った故事にちなむ.

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