サービスの「人間行動」の行動主体には,サービス提供者,提供者を支える人達,顧客,顧客以外の消費者などあらゆる人間が含まれる.また,個人だけでなく集団としての提供者や顧客も対象になる.人間行動は,サービスの価値とその価値の伝達,成果の評価をはじめとするサービス研究の重要な問いに深く関わっているが,ここでは「人間行動」研究の主たる目的を,サービスの生産に関わる諸主体の相互作用の論理を明らかにすることとしたい.
サービスは提供者と顧客の協働で生み出されるという特質上,「人間行動」研究の中心となるのはその提供者と顧客の諸活動であろう.提供者と顧客の相互作用は,顧客のサービス品質の評価,顧客満足に影響を与える(Zeithaml et al. 2017).顧客が提供者の行動をどのように評価し,それに応じてどのような行動を取ったかは,サービスの成果を左右することもある.「人間行動」研究では,行動を引き起こす背景にある顧客の認知や心理に関心が向けられると同時に,視覚的に観察可能な,思考の結果としての「人間行動」に注目し,様々な行動の計測が行われる.
サービス提供プロセスは,提供前,提供時,提供後の段階に分けて見ていくことができる.その各段階において,提供者と顧客はそれぞれの立場で必要な行動を行う.サービス研究においては,そのプロセスの一部を切り出して分析を行うと共に,前後関係や相互の結びつきを理解しようとする.例えば,顧客の場合,提供前の情報探索やプロモーションに対する反応は意思決定に影響するであろうし,提供前後に行われる顧客同士のコミュニケーションやネットワーク形成は顧客の期待や満足,再購買意図の予測要因になり得る.「人間行動」研究では,その提供過程を段階毎で捉えることに加え,それらの諸過程を統合・俯瞰的に見る視点や諸要素の因果関係の解明が重要である.
サービス環境や提供場面も行動主体の「人間行動」を規定する重要な意味を持つ(Bitner 1992).インターネットをはじめとする情報技術の革新は,サービス提供方法やそのサービスに関わる人間行動を大きく変えた.消費者の情報探索においては,インターネットは身近で膨大な情報が獲得できる必要不可欠な媒体となり,商品取引においては情報流を司り,デジタル・データなど一部の商品では流通網としても機能する.近年では,仮想店舗と実店舗が融合したオムニチャネルの構築が進んでいる.「人間行動」研究では,実社会に加えて,仮想空間における人間行動とその空間で生じる行動主体間の相互作用もテーマの一つである. このように,「人間行動」研究は幅広いが,本誌では既存のサービス提供における人間行動に加え,サービスの進化によって生じる新たな人間行動についても積極的に取り上げていきたい.様々なサービスにおける「人間行動」研究を蓄積することによって,学術的・実務的貢献の一助になれば,幸いである.
参考文献
Bitner, M. J. (1992). The Impact of Physical Surroundings on Customers and Employees, Journal of Marketing, 56, (2), 57-71.
Zeithaml, V. A., Bitner, M. J., and Gremler, D. D. (2017). Services Marketing: Integrating Customer Focus Across the Firm, McGraw-Hill College, NY.
著者紹介
森藤 ちひろ
流通科学大学人間社会学部教授.関西学院大学大学院経営戦略研究科博士後期課程修了.博士(先端マネジメント).専門はマーケティング・消費者行動.著書に『サービスと消費者行動』千倉書房,2020(共著),論文に「便益遅延型サービスにおける顧客参加と顧客満足の関係の変化」『流通研究』21(1)13-28, 2018などがある.