サービスの定義

サービス学会での議論を通して,サービスとは何かという定義が熟成した.我々はサービスを「機能の提供と使用 (provision and utilization)」*1と抽象的に定義した.サービスにおいては,その提供だけでなく,ユーザが存在し,使用してくれることが重要である.これは狭い意味でのサービス業においても成り立つ.プロバイダ視点のみに基づくサービスというのは存在しない(あってもすぐに消える).たまにラーメン店などにおいて独善的価値の押し売りをする店主の店が好まれたりするが,これとて押し売りを好むユーザがいるから存続している(と思う).

プロバイダが提供するものをユーザが使うことがサービスにおける価値創発(あるいは共創)の場である.使わなければ価値は生まれない.具体的な議論に入る前に,我々の経験した価値共創の例を述べておく.

もみじ台地区での価値共創

札幌市立大学にはデザイン(Design)学部と看護(Nursing)学部があり,それに最近AITセンター*2が加わった.これらをまとめてDNA連携と呼んでいるが,そのような連携の一つとして,札幌にある,もみじ台団地の高齢者のウェルネスを高める研究を始めた*3.もみじ台団地は全国の多くの団地同様に開発時に一斉に入居した若い家族がそのまま一斉に歳をとって高齢者団地になっている.家に籠りがちな高齢者を街に引っ張り出せば元気になってくれるのではないかとの思いから,2回目のコラムで紹介したモビリティ(SAVS)を使って高齢者の足を確保するのが構想の一部である*4.免許を返納しても気軽に買物や病院に行ける足を確保すれば高齢者の外出機会も増え,それがウェルネス向上につながると考えた(図1).

図1 もみじ台団地における高齢者のウェルネス向上プラン(文献*4より)

モビリティが便利であれば行動が活発化するという事例はNTTドコモが行った実証実験でも確認されている.ドコモは未来シェアのSAVSと同じプラトフォームを使い,「AI運行バス」*5という名称で運行を行なっている.東京臨海地区ではドコモのイベントを主目的とした運行(2017年11月9~10日)が行われたが,従来はイベント参加後そのまま帰るという流れだったのに対し,AI運行バス導入により,帰りに他の商業施設に寄って行くという利用の増加が確認された.神戸市筑紫が丘地区での運行(2017年年11月7日~12月24日)では,それ以前の巡回バスの利用では午前中の病院訪問という単一ピークだけが見られていたものが,AI運行バスを導入すると,昼食や夕方の買い物のピークが現れ,人の移動が活性化していることがわかった.

上記と同様の移動活性化をもみじ台に持ち込もうと計画していたのだが,もみじ台地区を訪問した際に,計画時には気づいていなかった可能性が浮かび上がってきた.その地区の訪問看護を担当している病院との打ち合わせで出てきたのが看護師の足の確保であった.現在,病院が所有する5台の病院車両を看護師が自ら運転して患者の家を訪問している(図2).車は近くに駐車しておき,看護が終われば病院に乗って帰り,車を次の担当者に引き継ぐ.この方式の問題点は以下の通りである.

  • 冬は雪道の運転に気を使う
  • 訪問先での駐車スペース探しに困ることがある
図2 近隣病院の訪問看護の現状

そこで将来的にはSAVSで全部を賄うことを前提に当面のハイブリッド案(主に予算の制約から)として病院車両とSAVS(タクシー2台を借り上げてSAVSのシステムで運行)の併用を考え,実証実験を行った(図3).看護師は数人が病院車両に同乗して看護先に向かうが,一人降ろして,車はそのまま次の訪問地に行き,降りた看護師の帰りの足にはSAVSを使う.また,最初からSAVSで移動する場合もある.結果として病院車両の台数を減らせ,看護師の運転負担が減ることが分かった.更に,この方式をとるのであれば,現在は全体が同期している訪問看護の時間(現在は手作業で訪問日時を決めているため,あらかじめ看護時間枠を決めておき,そこに予約を入れる方式である.看護師全員が一斉に看護先に向かい,一斉に戻るという日程が組まれている)を個々にずらせば,より効率的な運行が可能になると思われる(経路と訪問予約可能時刻に関してSAVSシステムによる最適化を行う.この実証実験はこれから).ただし,病院車両を使えば車内で弁当を食べたりして休憩することや,訪問先から出た汚染物の持ち帰りなどが可能であるが,SAVSを使った場合にこれらにどう対処するかという問題も浮上した(汚染物は専用収納庫を備えた看護師送迎専用SAVSを作れば解決するが,弁当問題は未解決).

まとめると,現場(ユーザ)との会合を重ねるうちに下記の順でサービス形態が変化したのである.そして,そこに新しい価値が生まれている.

  1. (初期想定)高齢者の足の確保
  2. (1に加え)看護師の足への拡張
  3. (2の場合)訪問スケジュールの見直しによる効率化(ユーザ側の変化)
図3 近隣病院の訪問看護の足の改善(2022初めの実証実験)

価値共創のモデル

初期のサービス学会やRISTEXの問題解決型サービス科学研究開発プログラム(S3FIRE)の会合では,Vargoらの価値共創の論文*6が良く引用された.これは旧来の,サービスにおける価値交換(value in exchange),すなわちサービスの提供とその対価の支払いという交換のモデルから,価値共創(value co-creation)モデルへの転換の提案である.S3FIREの会議でも「価値共創」が議論の俎上に登ったが,「共創」の部分を的確に捉えた議論やプロジェクトは少なかったように思う(例外的に良い議論としてはUeda et al. (2008)*7がある).我々は3回目のコラムで紹介した構成のモデルFNS*1上にこの価値の共創モデル(図4)を示した*8.ここではプロバイダとユーザの二つ*9のFNSループが存在し,それらは現実世界(使用環境)だけで相互作用を行う.つまりプロバイダのサービスデザイン自体が直接ユーザに伝わるわけではない.プロバイダはサービスをデザインし,実装する.ユーザは実装されたサービスを使うことによって使い方をデザインする.この使い方がプロバイダに(使用環境を通じて)還元される.ユーザの使い方は多くの場合,プロバイダの想定したものになるだろうが,そうでない場合もある.プロバイダにとってはユーザのループを含むものが環境となっているし,ユーザにとってはプロバイダのループを含むものが環境となっている.そして,相互作用はこれらの二つが混在した環境の中で起こっており,その中から新しい価値が創発するのである.

図4 FNSによる価値共創のモデル

たとえば,携帯電話にカメラ機能を持たせた「シャメール」は写真を通話相手に送る(それによって増加する通信料を稼ぐ)ことを想定して作られた.しかし,写真を送るということよりカメラとして使うユーザの方が多かった.それを見たプロバイダはそこに様々な機能を盛り込み始める.QRコードリーダはその一例である.最近では撮影した植物の名前を検索するサービスもできているし,インスタグラムといった独自サービスも立ち上がっている.ユーザがカメラ付き携帯を良しとして使い始めたことによってプロバイダ側も様々な機能やサービスの追加を行うようになったのである.プロバイダが想定した使い方から外れるユーザがいることによってサービスが進化していく.カメラ以外にも,プロバイダが提供する様々な機能のうち,ユーザが好むものだけが残っていくという,進化における自然選択に相当する現象も見られる.携帯電話は今やスマートフォンと呼ばれるものに成長した.価値共創の好例だと思う.

FNSダイヤグラムが示すように,プロバイダは常に現実世界で起こっていることを分析し,次のサービスデザインに繋げていく必要がある.

著者紹介

中島秀之

札幌市立大学学長.1983年,東京大学大学院情報工学専門課程修了(工学博士).同年,電子技術総合研究所入所.2001年産総研サイバーアシスト研究センター長.2004年公立はこだて未来大学学長.2016年東京大学先端人工知能学教育寄付講座特任教授,2018年より現職.サービス学会元編集長.

https://www.fun.ac.jp/~nakashim/welcomej.html


  1. Nakashima, H., Fujii, H., Suwa, M. (2014). Designing Methodology for Innovative Service Systems. In Masaaki Mochimaru, Kanji Ueda, Takeshi Takenaka (Eds.), Serviceolofy for Services: Selected Papers of the 1st International Conference of Serviceology, pp.287-297, Springer, Tokyo.
  2. 英語名称はAdvanced Intelligence Technology Centerだが,AITにはAI+ITの意味も込めている.
  3. 「AI技術×ポジティヴヘルス増進による高齢者の社会的つながり創発モデルの実証的研究」科研費A, 22H00541, 2022-2025.
  4. 齊藤雅也, 中島秀之, 丸山洋平, 小林重人, 吉田彩乃, 椎野亜紀夫, 菊地ひろみ, 武冨貴久子, 鬼塚美玲, 南部美砂子, 櫻井英文 (2022).AI 技術×ポジティヴヘルス増進による高齢者の社会的つながり創発モデル. LIFE2022.
  5. AI運行バス:https://www.ntt.com/business/services/ai_bus.html(2023年2月21日アクセス)
  6. Vargo, S., Maglio, P., Akaka, M.A. (2008). On Value and Value Co-creation: a Service Systems and Service Logic Perspective, European Management Journal 26: 145-152.
  7. Ueda, K., Takenaka, T., Fujita, K. (2008). Toward Value Co-creation in Manufacturing and Servicing. CIRP Journal of Manufacturing Science and Technology 1(1): 53-58.
  8. 中島秀之,平田圭二 (2014). サービス実践における価値共創のモデル.サービソロジー, 1(2): 26-31.
  9. モデルでは簡略化してユーザのループを一つとしているが,実際には多くの場合多数のユーザが存在し,それらが別々のループになっている.

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