少子高齢化・労働力人口の減少が進む日本では,今後の経済状況の変化に対処するために多くの産業においてロボットやAIといった自動化技術の活用が期待されるが,サービス業,卸売・小売業,運輸業・郵便業,建設業の5割以上がIoT/AIの導入意向がないという統計もある(総務省 2017).特に,ロボットやAIといった新規的な自動化技術活用に伴う研究開発費を十分に当てることができない中小企業においては,自動化技術の活用が可能になるような取り組みを学術的・実務的に提案していく必要があると考えられる.
一方で,産業における技術活用の推進によって,従来の仕事(ジョブ)やタスクに対してどのような影響が生じるのか,という点に関する懸念も見られている.AIといった自動化技術を活用することで将来の仕事の在り方がどのように変わっていくのかに関しては,種々のフレームワークが議論されている(Huang and Rust 2018; Flynn 2019).Flynnは,仕事における自動化技術の活用を2つのラウンドで考える必要性があるとし,1つ目のラウンドは,タスクのリプレイスの段階であり,2つ目は付加価値創出の段階であるという(Flynn 2019).また,観光・ホスピタリティ分野での新規的な取り組みとして,ロボット化されたホスピタリティといったホスピタリティ産業における自動化技術活用が議論され始めている(例えば,Tussyadiah 2020).
しかしながら,価値共創の観点において,ロボットといった自動化技術と人がどのように価値を共創していくのか,といった取り組みを一般化して議論可能とするような理論的枠組みは十分に議論されていない.特に,ヒューマンコンピューターインタラクション(HCI)といった機能の側面にフォーカスした取り組みにおいて,どのように技術が顧客に対する際のホスピタリティ特性を考慮していくのか.また,ホスピタリティマネジメントといったホスピタリティの側面にフォーカスした取り組みにおいて,どのように自動化技術活用に伴う新規的機能の特性を考慮していくのか.情報技術の発展に伴いサービスの高度化・複雑化が進む中,このような機能とホスピタリティの両面を捉えた,新たなサービス研究の視点が求められていると考えられる.
そこで本特集では,サービス提供に伴う自動化技術と人のやり取りをロボットホスピタリティという観点を軸に,サービス理論,デジタル化,人間行動,サービス人材,サービスデザイン,サービス生産性,ソーシャルインパクトの視点から論考する.これにより,ロボット(自動化技術)と人とのインタラクションにおいて,技術的要素とホスピタリティの両面を踏まえて,そのメリットや課題を議論し,人と技術による価値共創の向上に資する将来的な視点を探索する.
まず本特集の巻頭言では,サービス理論の観点から,サービスロボットとユーザーのインタラクションにおける現状の取り組みを紹介する.これにより,ロボットの高機能化に加え,ユーザーが関心を寄せるロボットの振る舞いも踏まえたサービス理論の必要性を探る.
次に特集記事として,デジタル化の観点からは,サービスロボットは,システムコンポーネントやハードウェアのスペックの記述としての標準化ができても,サービスを提供するためには十分ではない.提供するサービス基点で,ロボットが提供するサービス(つまりはサービスロボットの機能)を表現することが必要である.ここでは,そのようなサービスロボットのオントロジーの標準化に関する論考を行う.
人間行動の観点においては,人がロボットをどのように見るかの解明が重要であり,「こころ」を持ち,「こころ」が人と繋がるロボットを開発してきた経験を通した,人とロボットが共存できる社会についての論考を行う.
人間行動やサービス人材の観点においては,サービス提供場面におけるロボットと客とのインタラクション分析から,その接客上の特性を論考する.これは,ロボットがどれだけホスピタリティを発揮できるかについて示唆を与えてくれるだろう.
サービスデザインやサービス生産性の観点においては,ロボット技術を活用したサービスのデザインや生産性向上について論考する.具体的には,コンビニエンスストアを対象としたロボットコンテストを取り上げ,実用化が遅れているサービス分野におけるロボット技術の革新や,ロボット技術の導入により実現可能となる新たなサービスデザインを促進するための取り組みを紹介する.
ソーシャルインパクトの観点においては,モラリティ指標としてのロボットホスピタリティについて, 共感とホスピタリティを軸に論考する.研究開発・製品化されるロボットに顕れる様々な道徳観の考察により,問われる道徳のあり方について社会・文化的な側面から示唆を与えてくれるだろう.
本特集では,上記のように,ロボットホスピタリティという軸を通して人と技術との共創におけるより良い関係性構築を目指すための論考を提示する.日本が直面する少子高齢化や労働力人口の減少に対する,サービスにおけるロボットやAIといった自動化技術の活用の推進は喫緊の課題であるといえる.ただ新規技術の機能的側面だけの考慮では,技術を活用してサービスを提供する従業員のQuality of Work (QoW)や,技術を利用する顧客のQuality of Life (QoL)をいかに向上させるのかといった観点が議論できない.本特集が提示するロボットホスピタリティの論考が,人と技術との共創を基点としたサービスへの技術活用を進める際の一助となれば幸いである.
参考文献
Flynn, P. M., & Wilson, L. (2019). The Future of Work: The impact of automation technologies for job quality in Northern Ireland. Retrieved from https://pdfs.semanticscholar.org/c78a/8f622f3e12b14c6e8819a4af4c827d61fb1c.pdf
Huang, M.-H., & Rust, R. T. (2018). Artificial Intelligence in Service. Journal of Service Research, 21(2), 155-172. doi:10.1177/1094670517752459
Tussyadiah, I. P., Zach, F. J., & Wang, J. (2020). Do travelers trust intelligent service robots? Annals of Tourism Research, 81, 102886. doi:https://doi.org/10.1016/j.annals.2020.102886
総務省. (2017). 平成29年通信利用動向調査報告書(企業編).
著者紹介
増田 央
京都大学経営管理大学院特定講師.博士(経済学).京都大学大学院修了後,北陸先端科学技術大学院大学を経て,現職.サービスのコミュニケーションにおける文脈を考慮したデータ取得・管理・評価・支援環境構築・理論化に関する研究に従事.
木見田 康治
東京都立大学 システムデザイン学部 知能機械システムコース 助教.博士(工学).2011年首都大学東京大学院システムデザイン研究科博士課程修了.東京理科大学 工学部第二部 経営工学科・助教を経て,2013年より現職.主としてサービス工学,Product-Service Systems,設計工学の研究に従事.11年日本機械学会設計工学・システム部門奨励業績表彰受賞.
平本 毅
京都府立大学文学部和食文化学科准教授. 博士(社会学).立命館大学大学院社会学研究科博士課程後期課程修了後,京都大学経営管理大学院特定講師などを経て,2020年より現職.主として接客場面の会話分析研究に従事.
小早川 真衣子
千葉工業大学先進工学部知能メディア工学科 助教.博士(美術).2019年 東京藝術大学大学院博士後期課程修了. 愛知淑徳大学コミュニティ・コラボレーションセンター助教,産業技術総合研究所 特別研究員を経て,2019年9月より現職. 社会的なデザインに関する実践と研究を行う.
神田 陽治
北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科(知識科学系)教授.1986年,東京大学工学博士.富士通研究所,富士通を経て,2011年より現職.サービス学会員.
福田 賢一郎
産業技術総合研究所人工知能研究センター データ知識融合研究チーム 研究チーム長.博士(理学).2001年,東京大学大学院修了.2001年より現職.専門はオントロジー,知識工学.サービス・エコシステムの中で活動する人間の日常生活のモデル化,社会実装の研究に従事.