現在,特に情報技術のイノベーションによりサービスは高度化・複雑化し続けており,これに伴い,新たな技術活用を行うサービス領域で必要とされる職務の幅も広がっている.例えば,観光・ホスピタリティ産業におけるIR(統合型リゾート)企業においては,リゾート事業,宿泊事業,コンベンション事業,エンターテイメント事業,文化事業,またそれらを統括する管理部門の人材が求められている.一方で,OTA(オンライン・トラベル・エージェンシー)では,旅行事業におけるソフトウェアデベロッパーとしてエンジニアリングの人材も求められている.
人事制度の観点から職務において求められる能力を見る際に,「コンピテンシー」という概念がある.その定義としては,効果的に成果に結びつく個人の持つ特性を示すものであり,一般的な観点から,業績を上げる個人の行動や思考のパターン化を行い,会社の戦略に沿って業績向上に貢献する社員の能力を測る指標となる(Looy et al. 2003).学術的には,産業別に経営層やプロジェクトマネージャー,また接客する従業員等のコンピテンシーについて幅広い議論が行われている.複雑化するサービス産業における人事制度を考慮する際に,このような各事業で求められるコンピテンシーを明確化する意義は実務的にも大きいと考えられる.
一方で,MBAといった教育機関と実務との間で重要視されるコンピテンシーに差があるといった報告もなされている(Rubin and Dierdorff 2009).教育機関と企業側の人材育成に関する方向性の違いを解消するだけでなく,近年のサービス人材の育成においては,顧客側での情報共有を進めるソーシャルメディアの企業活動への効果的な活用も考慮していく必要があるだろう.また,特に日本のような雇用の流動性が低い労働市場においては,アメリカ等の流動性が高い市場での教育モデルを直接適応できるのかといった観点の議論も合わせて行う必要がある.日本においては,e-learningプログラムやEMBA(エグゼクティブMBA)といった,企業研修という形態で受講可能なサービス人材教育の場の推進を検討する意義は大きいのではないか. サービス人材という研究テーマはこの他にも人材の定着や感情労働の課題等、多種多様な観点を含むが,本マガジンではこれらに加えて,技術活用が進む実務環境の中で,企業側だけでなく,顧客の持つ知識・スキルといった知識資本をどのようにサービス人材が活用していくのかといった点に対する新規的な取り組みにも着目していきたい.
参考文献
Looy, B. V., Gemmel, P., Dierdonck, R. V. (2003). Services Management: An Integrated Approach, second edition, Pearson Education Limited. 白井義男(監修),平林祥(訳)(2004).サービス・マネジメント―統合的アプローチ〈中〉,第10章,ピアソン・エデュケーション.
Rubin, R. S., Dierdorff, E. C.(2009). How relevant is the MBA? Assessing the alignment of required curricula and required managerial competencies. Academy of Management Learning & Education, 8(2), 208-224.
著者紹介
増田 央
京都大学経営管理大学院特定講師.博士(経済学).京都大学大学院修了後,北陸先端科学技術大学院大学を経て,現職.サービスのコミュニケーションにおける文脈を考慮したデータ取得・管理・評価・支援環境構築・理論化に関する研究に従事.