猛威を振るうコロナウイルス感染症COVID-19はあらゆる産業に大きな影響を及ぼしている.とりわけ外食産業では,多くの飲食店が営業できない状態に追い込まれるなど甚大な被害が生じている.日本フードサービス協会の発表する「外食産業市場動向調査」によれば,3月の外食全体売上は前年比82.7%と東日本大震災の減少幅(89.7%)を上回る減少となっている.特に夜の営業を主体とするパブ・居酒屋は前年比56.7%と大きな影響が生じており,より事態が深刻化した4月以降更なるマイナスのインパクトが想定されている.

さて,筆者は外食企業の実務経営者という立場もあり,このCOVID-19の外食産業に及ぼす影響を短期と長期に分け,考えてみたい.まず短期的な影響として,営業継続を断念する店舗,企業の増加が見込まれることは論を待たない.これは急激な需要の喪失に対して,固定費の削減が間に合わず,資金繰りが続かないことが直接的原因であるが,中小企業が非常に多い裾野の広い産業構造となっていることも,その要因のひとつと言える.また,その収支構造にも注目する必要がある.外食産業では「サービスの提供と消費の同時性」という特性から生じる繁閑の差に対して,非正規従業員がその調整役を担うことで対応を行ってきたケースが多い.経営側から見ると人件費の変動費化という考え方である.しかし,生産年齢人口の減少に伴い,人材確保が特にここ数年難しくなってきたことから,多くの外食企業では,非正規従業員の固定化を進めてきていた.この背景には,同一労働同一賃金や社会保険適用拡大などの,一連の働き方改革関連政策の影響も大きい.これは結果的に固定比率の上昇に伴う損益分岐点売上の上昇につながっている可能性がある.COVID-19以前はインバウンドや比較的堅調な消費によって,損益分岐点を超える売上高が確保されていたため,この問題は顕在化してこなかったが,需要の喪失により一気に課題が顕在化したとも言える.仮に今回のCOVID-19を乗り切ったとしても,人口減少社会における外食産業の収支モデルの再構築をせまる可能性が高いと考える.

次に,より長期的な視点で考えてみたい.今回のCOVID-19は,外食産業に対して急激な需要の喪失をもたらすこととなり,多くの外食企業はこの需要の喪失に対抗するため,テイクアウトやデリバリーにこぞって力を入れている.またテイクアウト,デリバリーが一気に広がった背景には,テクノロジーを装備した食のプラットフォーマーの存在が大きい.スマホの位置情報を活用したテイクアウト,デリバリー支援は顧客ニーズと店舗ニーズ(デリバリーのケースは配達員も)の最適なマッチングを実現しており,今後,外食産業のひとつの方向性につながる可能性が高い.また,外食産業はこれまで顧客に来店してもらう必要があるため,好立地を求めて,店舗展開を進めてきたが,仮に位置情報をもとにしたテイクアウト,デリバリーが本格化する場合,客席を持たない店舗や二等立地,三等立地でも成り立つビジネスモデルが生まれる可能性にもつながる.その場合,短期の影響で説明した通り,固定費の負担が重くのしかかる外食産業にとって,家賃という固定費を削減する新しい派生型ビジネスモデルとして成長していく可能性が高いと考える.

最後に,COVID-19は終息したとしてもその影響は相当長期間に及ぶことを覚悟する必要がある.ここ数年大きな成長領域として期待されてきたインバウンドも今後数年は回復が難しいと覚悟すべきである.また,国内の企業,家計にとっても,負債の増加,雇用の不安定化などにより,投資や消費に対する悪影響が相当長期化すると覚悟すべきである.しかし,先述の通り更なるテクノロジーの進化などにより,外食の産業モデルも今後大きな変革が起こる可能性が高く,従来生産性の低さが課題と言われてきた,外食産業が大きく生まれ変わるチャンスかもしれないということを最後に付言させていただきたい.

著者紹介

菊地 唯夫

京都大学経営管理大学院 特別教授.
ロイヤルホールディングス株式会社 代表取締役会長.

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