前編で紹介した精密鋳造技術により,株式会社キャステムはアルミ,銅合金,特殊鋼,プラスティックと様々な材質を複雑な形状,かつ高い寸法精度と美しい鋳肌に仕上げる工法を身に付けた.また粉末状の金属粉とバインダーを混ぜ合わせ,目的の形状の金属部品を製作する製法など先進技術により,医療機器部品,産業用自動機部品,半導体関連部品などを生み出してきた.同社の強みは,クライアントの厳しい性能基準に確実に応えていくオーダーメイド力である.

一方,二代目社長の戸田拓夫氏は,こうした同社の強みを磨く一方で,いつまでも顧客からの要求に応えるだけの受身の経営姿勢でいいのか,と自問してきた.そして,自ら働きかけて,市場においてブランドを築いていく必要があるのではないかとの考えを抱くようになった.戸田社長が出した答えは,自社の技術を基盤としたサービス化である.本稿では,企業向けの技術志向製造業であったキャステムが,消費者に対しどのように先進技術を駆使した新しい価値を生む商品を提供し(製造業のサービス化の視点),その過程でどのように消費者との相互作用を深めて行ったか(価値共創の視点)に着目したい.それでははじめに,キャステムのサービス化のプロセスを4つのフェーズで概観しよう.

キャステムのサービス化のプロセス

(1) トップの率先垂範

青年期に長らく入院生活を余儀なくされた戸田氏は,病室と外の世界をつなぎたいという思いで紙飛行機を長時間飛ばすことに打ち込んだ.その過程で,設計・デザイン・紙の折り方など工夫を重ね,遊び心を持ちながらモノづくりに夢中に対する姿勢を培ってきた.現在,戸田氏は紙飛行機滞空時間29.2秒のギネス世界記録を有している.キャステム社の社員教育,子どもを中心とした福山市の市民講座,JALの社員研修などで講師を務め,紙飛行機作りの技術・喜びを伝授している.一つの技術を錬磨することを通してモノづくりの楽しさを共有し,個々の生活者同士が触れ合いを深め広げていくサービス文化作りを社長が率先して実践している.

(2) サービス文化の伝播

トップが実践するサービス文化の実践は,確実に社員にも伝播していった.外部から導入した3Dプリンターによる立体物複写技術と,キャステムのコアコンピタンスである金属加工技術とを組合せ,様々なオブジェを金属で製品化している.アニメ「キン肉マン」のロビンマスク(16.5万円,受注生産),「ポケットモンスター」のモンスターボールの虫かご(1,430円),プロボクサー6階級制覇パッキャオ選手の左拳の手形(16.5万円),全長26mmのミニチュア理容セット(4,950円)などは,高度な技術がなければ製作できない高精度の製品である.アニメやスポーツ観戦などを趣味とする社員が,消費者・生活者の視点に立ってコンセプト開発・モノづくりを行っている.トップが提唱する遊び心,サービス文化が,キャステムの先端技術を活用する形で,非日常の世界で商品化していった.こうした商品は,マニアにとってはかけがえがない存在となり,インターネットサイト,キャステムが展開する金属加工品のセレクトショップ,meta mate(東京日本橋)で販売され,キャステムが生活者とコミュニケーションを深めるコンタクトポイントとなっている.

(3) 日常の生活空間での顧客との共創

生活者とキャステムの接点が深まる中で,キャステムのサービス化は,生活者の日常生活における価値づくりにも広がっていった.小学生の子どもが描いた絵を風化させたくないという父親のリクエストを受け,らくがきを金属板に刻印するなど,金属加工を通した「思い出作り」のサービスを行っている.金属を媒介させることで,大切なオブジェを半永久的に保存できる点を存分に生かしたオーダーメイドのサービスに対する支持は厚い.

教育の場においても,キャステムは接点を求め始めている.科学系人気YouTuber市岡元気氏とのコラボ商品「お湯で溶かせる金属 自由工作キット」では,80度という低い温度で金属を溶かし手軽に鋳造体験を親子で楽しむ機会を提供している.夏休みの自由研究として,親子の絆を深める一助となっている.

キャステムは,産業用CTスキャンの技術を用い,検査・測定で活用している.一方,このCTスキャンを生物3Dデータのアーカイブに用いている.アゲハチョウは蛹から羽化する際,体内にある体液が翅脈の根元から徐々に先端まで流れ込み圧力が加わることで縮んだ翅がきれいに開いて広がっていく.この過程をキャステム監修のYouTubeやイベントなどで,小学生の親子を中心に公開している.金属加工の技術は,様々な生活シーンの文脈を豊かにする力がある.

(4) 社会との接点

広島平和記念公園の原爆の子のモデルである佐々木禎子さんは,2歳で被爆をした.10歳で発病し,亡くなるまでの2年間に元気になることを信じて折り続けた鶴は千羽を超える.禎子さんの兄佐々木雅弘氏は,平和の象徴としてこの鶴を国内外で平和を希求する人達に贈ってきたが,残りが100羽を数えるほどになった.禎子さんが生前最後に折った折り鶴は小さな折り鶴にも拘らず,驚く程一つ一つの折り目が丁寧に力強く折られている.しかし,残された折り鶴のそうした折り目も,60年超の歳月の中で劣化が目立ち始めている.

広島出身の企業であるキャステムは,広島が世界に発信する平和のメッセージに対してサポートをする機会を模索していた.佐々木雅弘氏との対話を通し,キャステムは,3Dプリントと精密鋳造技術を組合せることで「禎子さんが自身の折り鶴に織り込み託した願いや想いをカタチ」にし,2021年8月6日にSADAKOとして,オンラインや原爆資料館などで発売するに至った.なお,SADAKOのシリアル番号No. 1は,2016年に広島を訪れた際,自ら4羽の鶴を折った米国のオバマ元大統領に贈られた.先端技術が社会との接点を広げ,キャステムはサービス化の一環で世界に向けてメッセージを発信する取組みも行っている.

サービス学へのインプリケーション

キャステムの取組みについて,2つの点から総括したい.第1は,製造業のサービス化の可能性である.トップ自らが伝道師となりサービス文化*1の重要性を説くことで,熱心なサービス化の支持者が,アニメファンなどマニアな消費者と自社の技術の融合点を模索しながら,新しい商品開発・サービスメニューを開発するようになった.こうした取組みが蓄積されることで,非日常の特別なシーンだけでなく,家族生活や教育の教材など日常的生活の中での基本的な価値を提供する方向も目指すようになっている.更に,より広い価値提供を模索する中で,SADAKOのように世界的に発信できるメッセージのサポートまで手掛けるようになっている.

新たな顧客へ価値を提供するために,キャステムは自社が所有する鋳造技術,金属配合,3Dプリントなど基幹技術の特性を見直し,組み直し,消費者を満足させる技術開発を行っている.BtoB事業のみでは培えなかった新たなサービスとこれを支える新しい技術の開発が,サービス化の取組みによって実現している.

第2は,キャステムのサービス化を支える原点となっている価値共創である.キャステムは,紙飛行機教室を通して生活者やコミュニティと相互作用*2を重ね,オンライン販売や店舗販売など複数のチャネルを通し,様々な個人やコミュニティの生活シーンにおける価値の存在を観察することで経験を蓄積していった.そうしたプロセスを通して,生活者のニーズと自社の技術が交差する市場を作り,商品化・サービス化を進めて行った.生活者の声に耳を澄まし,生活者と企業との関わりにこそ,企業が差別化できる道があると考えるキャステムの経営理念は,顧客と企業との直接的な相互作用を重視する価値共創であるといえる.

日本には規模が小さいながらも,卓越した技術を持つ優良な製造業が少なくない.概してこうした企業は,発注先である企業との商談には熱心で技術開発には余念がないが,生活者との接点を考える発想に至らないことが多い.視点を変えれば,様々な生活者に価値が提供できるかもしれない機会を追求していないケースが大半であろう.

現在のキャステムの総事業におけるサービス事業の構成比は約3%である.キャステムは,この比率を中期的に半分程度まで引き上げていくよう,新規事業部を中心にサービス化への取組みを加速させている.キャステムのサービス化に対する取組みは,技術立脚型の中堅の製造業にとって重要な指針となるのではないだろうか.

著者紹介

星田 剛

安田女子大学現代ビジネス学部教授.都市銀行において国内外の支店,イオングループにて国際ビジネス・新規事業立ち上げ・環境活動を中心に従事し,2019年4月より現職.


  1. コワルコウスキー C., ウラガ W., 戸谷圭子,持丸正明 (2020). B2Bのサービス化戦略 ― 製造業のチャレンジ, 東洋経済新報社.
  2. 村松潤一 (2015). 価値共創とマーケティング論, 同文舘出版.
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