2020年6月初旬現在,コロナウィルス感染症COVID-19はいまだ世界中で猛威を振るっており,ここ数十年で類を見ない全世界での公衆衛生上の危機となり,経済活動,イノベーション活動,スタートアップにも深刻な影響を及ぼしている.このような環境の中,グローバルスタートアップが生き残りをかけて事業転換を行っている.本稿では,グローバルスタートアップがどのようなパターンで事業転換を行ったか,事例を挙げて紹介する.グローバルスタートアップの事業転換事例が,日本企業が新規事業を考える上で参考になれば幸いである.

【COVID-19のグローバルスタートアップへの深刻な影響】

COVID-19に関するグローバルスタートアップへの深刻な影響が伝えられている.Startup Genome社の調査によると,ランウェイ(将来にわたっての資金が尽きるまでの期間)が6ヶ月以内のスタートアップが65%,3ヶ月以内の企業が41%となっている.74%のスタートアップが減収を認識しており,39%のスタートアップが40%以上の減収となっている.スタートアップは生き残りをかけて人員整理を進めており,全体の70%を超える企業がフルタイム従業員を解雇しており,約15%の企業が60%超の人員整理を行っている.

図1 グルーバルスタートアップのランウェイ(持続可能期間)(2020年4月時点)
出典;Startup Genome - “The Impact of COVID-19 on Global Startup Ecosystems: Global Startup Survey” (別サイトに移動

特に,シェアリング業界,観光関連など,対面・接触を伴うサービスを前提とした著名スタートアップへの影響が深刻となっている.ライドシェア業界では,Uberが3月頃から世界各地での乗車に深刻な影響を受け始め,事業の急成長期であるにもかかわらず,同社の第1四半期のライドシェア部門の総取引高は前年同期比で減少に転じ,全従業員の14%に相当する3700人を解雇する計画を明らかにした*1.同業界のLyftも決算会見で,需要の長期低迷による最大75%の売上減を予測している.同社は,4月29日COVID-19の影響により,全従業員の17%にあたる982人の解雇を発表した.観光関連では,Airbnbが大幅な人員整理を発表している.Airbnbは2020年の売上高が2019年の半分以下になると予想し,全従業員7,500人の25.3%にあたる1,900人の人員整理を行うことを明らかにした*2

【スタートアップの事業転換イノベーション戦略】

COVID-19の苦境の中,スタートアップは生存をかけ,新規事業,事業転換に取り組んでいる.ユーザーが求めるもの(Desirability),実行可能性(Viability),実現可能性(Feasibility)の3つ(以下,DVF)がユニークであり,3つの要素が重なる領域で大きなチャンスが生まれるという新事業の可能性をテストするフレームワークにDVFに当てはめても,それぞれの要素変動が激しいCOVID-19の環境は新規事業,事業転換にとっては好機といえる(図2参照).

図2 新規事業テスティングフレームワーク(DVF)とCOVID-19下での考慮要素

グローバルスタートアップはこの好機を活用して,新しい仮説を素早くテストするため,事業転換を図るPIVOTを戦略的に行っている.COVID-19環境下でのPIVOTには,いくつかの特徴が見られるので紹介する*3

事例1 Uber Eatsの事例(サービス提供対象の拡張) 

Uberにおいてフードデリバリー事業を手掛けるUber Eatsは,在宅勤務の増加による宅配ニーズの高まりから,従来のto C配送に加え在宅勤務を推奨する企業を通じて個人に配送を提供するサービスを開始した.更には,フードデリバリーに加え,小売りからの配送や個宅間の配送を開始し,自らの配送機能を最大限に活用し,COVID-19環境下でのサービス提供先を拡張している.
 これは,サービス提供の対象者を変更するCustomer Segment Pivotと言われる事業転換に該当する.COVID-19の環境下では,遠隔・非接触でのサービス提供を求める新たな顧客層に対してもサービスを提供できる仕組みづくりが有効であると考えられる.

事例2 Class Passの事例(プロダクトのオンライン化→新規顧客開拓,マネタイズモデル変更)

複数のフィットネスジムに通うことのできる月額会員制モデルを提供していたClass Passは,COVID-19により会員がジムに通えなくなることで売上の95%を失った.このような状況の中で,ホームワークアウトクラスを配信するオンラインプラットフォームへの転換を図っている.半数以上の従業員を解雇もしくは休職とし,オンラインプラットフォーム構築に資源を集中して生き残りを図る.ジムオーナーからオンラインフィットネスクラスを募り,自社のユーザーへの配信サービスを開始している.WEBページにおいても自らのビジネスを’ClassPass | Home workouts | Livestream & on-demand(別サイトへ移動)’ と表現し,事業を大胆に転換している.マネタイズモデルも月額定額制から従量制(Pay as you go)モデルに切り替え,巣籠りでの新しいフィットネス体験を期待するユーザー獲得を目指している.

この事業転換は,需要の変化に注目してプロダクトを変更するCustomer Needs Pivotと,サービスの提供方法をオンラインに変更するChannel Pivot,マネタイズモデルを変更するValue Capture Pivotの掛け合わせとなっている.COVID-19の環境下では,遠隔でのサービス提供ニーズを捉え,サービスをオンラインに切り替え,マネタイズモデルやターゲット顧客もそれに伴って大胆に変更することが有効であると考えられる.

事例3 Olaの事例(COVID-19環境下での遠隔監視ニーズ×規制の緩和→既存データ,テクノロジーを活用したサービスの開発→政府への提供)

インドのライドヘイリング大手Olaは,アプリで使用していたカメラのセルフィ―機能,位置検索機能,AIによる適切なアセット配置機能を活用した遠隔モニタリングサービスをインド政府に提供している.同政府は,同サービスを活用し,農業市場関係者170万人の生産物の動きや車両の動きを追跡し,関係者のソーシャルディスタンス確保,マスク着用を促す.Olaのプラットフォームは,州政府のデジタルの移動許可証発行にも活用されており,遠隔監視,追跡プラットフォームとしての役割を果たしている*4

当該事業転換は,規制や人々の受容性の変化に伴うEnvironment Driven Pivot,取得しているデータにもとづき新たなサービスを提供するCaptured Data Based Pivot,サービス提供対象を変更するCustomer Segment Pivotの掛け合わせとなっている.COVID-19の環境下では,規制緩和や政府との協力を意識しつつ,既に取得しているデータを有効に活用できる仕組みづくりが有効となる可能性がある.

COVID-19の環境下では,様々なスタートアップが顧客ニーズの変化を捉え,プロダクト変革,ビジネスモデル変革,規制緩和に好機を見出している.苦境に立ち向かうスタートアップの素早い動きを参考に,新規事業を創造する時が来ている.

著者紹介

木村 将之

デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社COO .
https://www2.deloitte.com/jp/ja/profiles/dtvs/masayukikimura.html
2007年3月有限責任監査法人トーマツ入社.M&A,損益改善,KPI改善等の各種業務に従事.2010年より,デロイト トーマツ ベンチャーサポートの第2創業に参画し,200社超の成長戦略,資本政策立案をサポート,数多くの企業のIPO実現に貢献.大企業向けイノベーションコンサルティング事業を立ち上げ,現在は執行責任者を務める.世界各国のテクノロジー企業と日系企業の協業を促進すべく海外事業の責任者に就任.Plug & Play, Alchemist Acceleratorなど世界的なスタートアップ育成支援組織でメンターを務める.シリコンバレーと日本に拠点を置き,日本発で世界を席巻する事業を生み出すことに貢献することをミッションとして活動.Automotive World 2019, Wearable Expo2019-2017, AI Conference2017, CEATEC2015など講演等多数.経済産業省が主催するシリコンバレーの情報を発信するD-Labのメンバーであり,厚生労働省,経済産業省が設置した未来イノベーションWGに有識者として招聘されるなど,精力的に活動を行う.

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