コロナウイルス感染症COVID-19の感染拡大によってもたらされた甚大な社会経済システムへのインパクトを仮にコロナ危機と呼ぶとすると,危機はおおまかに,過去に感染拡大の経験はあるがパンデミックの気配はまったくない①beforeコロナ(定常)期から始まって,②感染感知のpreコロナ(蔓延)期,③感染拡大のinコロナ(爆発)期,④感染抑制のwithコロナ(鎮静)期,⑤感染管理のafterコロナ(復旧)期,⑥感染監視が必要だが定常状態にもどるpostコロナ(均衡)期という6つの段階を遷移する.5月末の現在は,withコロナ期からafterコロナ期に移行しようとしている段階であろう.おそらく2020年は戦後最大のマイナス成長を経験し,そこからのマクロ経済的な復旧は容易でないのは火を見るより明らかであるが,生き延びたサービス産業は,再びサービスイノベーションに挑戦する必要がある.

ただ,第2波の到来はほぼ確実であり,その後も次々に変異するウイルスによるパンデミックが間歇的に出現するのを覚悟しなければならない時代を,グローバル社会全体が迎えている.postコロナのサービスイノベーションは,必然的にこれまでとは異なった形で展開される必要がある.まだ危機の途上ではあるが,それがどのようなものであるべきか,概念的な整理を行っておきたい.

preコロナ期からinコロナ期にかけて,緊急事態宣言の発出によって,様々の施策が政府・自治体・業界団体等から矢継ぎ早に打ち出されたが,それらは,サービス産業の経営への直接的インパクトという視点からみると,図1の左側に示した10の事項に整理できる.図1の右は,それらがサービス価値共創フレームワーク(ニコニコ図)のどこに経済的なインパクトを及ぼすかをみたものである.これを見ると,新型コロナ危機の10のインパクトは,(1)サービスの顧客接点に関わるもの,(2)企業活動全般に関わるもの,(3)社会経済システム全体に関わるものの3つに区分できることが分かる.このうち,サービスイノベーションに直接関与するのは,(1)の部分で,(2)や(3)は,サービス産業の枠組みを超えた,よりマクロ的な対応が行われないと解決できない種類のインパクトである.

図1. 新型コロナ危機のサービスへのインパクト

サービスイノベーションに関わるインパクトは,(1)提供者サイドの価値提案において,感染に関わるもの,休業要請,施設利用制限を受けるものと,(2)利用者サイドの感染と外出自粛による事前期待(ニーズ)の変質に整理できるが,そのうち甚大な影響があるものは,提供者サイドの休業要請,施設利用制限,利用者サイドの外出自粛ということになる.休業要請されてしまったら,サービス産業は動きようが無いため,postコロナのサービスイノベーションで何らかの対応が可能なインパクトは,結局,提供者サイドの施設利用制限と利用者サイドの外出自粛が出会う顧客接点をどうするか,という問題になる.それを示したのが,図2の左側の部分である.

図2.  postコロナのサービスイノベーションの基本方向

では,パンデミック再発への潜在的な不安が提供者,利用者双方の頭の片隅に残り続けるpostコロナのサービス産業は,顧客との価値共創において,何を実現しなければならないのであろうか.それは,一言でいうと「顧客接点における三密回避」である.新型コロナ危機に対する日本政府の対応には様々な見方があろうが,すくなくとも「三密回避」という行動指針を国民に示したことだけは,高く評価されてしかるべきであろう.これが社会全体で徹底されれば,ウイルスの蔓延を防ぐことができる.このメッセージの本質を良く理解した国民は自発的に外出自粛を行い,外出自粛下でも感染リスクを負いながら働き続けたエッセンシャルワーカーも,これをディシプリンの基本にした.そして,postコロナにおけるサービスイノベーションにおいても,鍵になるのは,密接,密集,密閉の三密の回避である.以下に,postコロナのサービスイノベーションの在り方について,3つの基本方向を示したい.

非接触(Contactless)サービスの定着 

「密接」を回避するためには,顧客接点における提供者と利用者の不必要な接触を極力回避するようなサービスを展開することが求められる.決済における現金の授受は,サービスにとって本質的に必要なことであろうか.コロナ危機以前からキャッシュレス決済への取組みは見られたが,これは一層徹底させる必要がある.また,サービスには,決済だけでなく,サービスにとって本質的でないステップは他にもありそうである.例えば,ライブエンターテイメントでは,すでにチケットレス化が進みつつあるが,それぞれのサービス産業は,一度,詳細なサービス・ブループリンティングを行い,非接触にすることによって,サービスの本質に抵触することなく,長期的にコストを削減できる可能性のあるサービスステップについて,包括的な検討を行うべきであろう.その向こうには,本格的なサービスロボットの活用がある.

遠隔(Remote)サービスの推進

「密集」を回避するためには,物理的な顧客接点そのものを無くしてしまうサービス提供の在り方を追求することである.これは,すでに商取引の接点をデジタル化するeコマースの拡大という形で,活発な取組みが行われているが,コロナ危機は,これまで遅々として進まなかったオンライン診療を,緊急時対応として一気に普及させることとなった.これによって,薬局のサービスにおいても,ネットでの処方箋受付けや,予約受取り,予約配達の仕組みを持つ調剤薬局に対する評価が高まることになる.さらには,この動きは,看護や介護にも及ぶ可能性があり,それが実現すれば,医薬看介の連携も絵空事ではなくなる.

また,この間には,料理のドライブスルー販売や,タクシー等多様な宅配手段の活用,顧客が店頭に赴くオンライン店頭受取り,店舗が顧客に近づく移動店舗等,リアルの店舗においても顧客接点を変革する多様な試みが行われた.このような動きの中で,リアルの店頭の価値を再評価する動きもあり,店頭の価値を二倍,三倍にレバレッジすることへの関心の高まりも感じられる.

超臨場(Meta-Reality)サービスへの挑戦

「密閉」を回避するためには,人が密閉空間に集まってサービスをしたり受けたりしなくても,それと同等またはそれ以上の価値を利用者が享受できるようなサービスを提供する,超臨場(Meta-Reality)サービスという未踏領域への挑戦が必要である.すでにこの分野では,VR(仮想現実),AR(拡張現実),MR(複合現実)といった分野で技術革新が進んでいるが,まだ広範な実用化が進んでいるとは言えない.今般のコロナ危機は,期せずしてこの分野に対する期待の高さを顕在化させるものとなった.スポーツやエンターテイメント施設の利用制限が次々にかかる中で,無観客試合や無観客ライブが試みられたが,それらは,テレビ放送の延長線上にあるものでしかなかったため,イベントの代替ではあっても,それ自体が自立して料金を取れるサービスとは程遠いものであった.これらのライブイベントを,その場で受ける五感情報を再現するだけでなく,バーチャルとリアルを隙間なくつないで,五感を駆使したライブとは一味ちがう大きな感動や興奮を生み出せる技術は,サービスにまったく新しい可能性を提供する.リアルのイベントの興奮を,世界の隅々にまで料金をとって提供したり,新たな顧客接点を生み出して価値共創の形に革新をもたらしたり,コワークの新たな形態を生みだしたりする可能性をもつ.

コロナ危機は,リモートワークを一気に普及させることになったが,それは,まだ非常に単純な会議形態にしか対応しておらず,日本的な会議スタイルや,創造的な対話に適合するようなものはまだない.超臨場の世界から見ると,今回普及したものは,会議システムの出発点でしかない.コロナ危機は,「密閉」を回避するサービスに新たなフロンティアへの入口を開いてしまったことになる.

コロナ危機は,サービス産業に対して,非接触(Contactless),遠隔(Remote),超臨場(Meta-Reality)という,サービスの顧客接点の革新だけでなく,企業活動全般の課題や,社会経済システム全体の課題への対応をも要請する.引き続き,サービス産業においては,サービスイノベーションを常態としなければ生き延びていけないという現実は変化しない.サービソロジーが貢献しなければならない分野は,さらに拡大していくことになるのは間違いないのである.

著者紹介

村上 輝康(むらかみ てるやす)

産業戦略研究所代表.株式会社NTTドコモ社外取締役(~2020年6月16日).サービス学会顧問.サービス産業生産性協議会幹事・日本サービス大賞委員会委員長.情報学博士(京都大学).

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