緊急事態宣言の全面解除を受けて,社会は新しい日常生活 ( New Normal ) の構築に向けて緩やかに前進を始めている.コロナウィルス感染症COVID-19の感染拡大防止のための世界的な取り組みは社会・経済活動に大きな打撃を与えた一方で,これまでの経済活動が社会に与えてきた負の側面をも明らかにした.例えば,世界の各都市におけるロックダウンや外出禁止措置により,多くの都市における大気汚染を改善したことが報じられている.また,厚生労働省が日本の自殺者の減少を発表したことをうけ,一部の報道機関が「COVID-19の影響で職場や学校に行く機会が減り,悩むことが少なかったことなどが要因とみられる」と報じたことをきっかけに,ネット上ではこれまでの社会における学校や職場における対人関係ストレスについての議論が起きている.COVID-19感染拡大防止のために仕方なく新しい日常生活を押し付けられるのではなく,これを機に今までの経済活動や働き方のあり方についても見直すべきだろう.感染症や自然災害に負けない頑健で柔軟な産業構造と持続発展可能な社会を両立する仕組みの構築を目指し,個々人が多様な働き方を選択できる豊かな社会を実現する,そのような新しい日常生活を生み出していくことを社会全体で目指していくことが大切である.

日本生産性本部は,緊急事態宣言から1ヶ月後の働く人の意識現状と変化を捉える目的で実施した「第1回 働く人の意識調査」の結果を2020年5月22日に発表した*1.この調査結果の中では最近話題になっている働き方としてのテレワークについて,いわゆるホワイトカラー職種で実施率が高く,ブルーカラー職種では実施率が大幅に低下すると報告されている.また,自宅での勤務による効率アップを実感したのが約3割強であるにもかかわらず,自宅での勤務に満足を感じている方が6割弱にものぼるという結果が出ており,経済性や生産性以外の部分で満足を感じていることが読み取れる.これに関連してコロナ禍収束後もテレワークを行いたいかという調査項目では「そう思う」24.3%,「どちらかといえばそう思う」38.4%と前向きな意向が6割を超えており,すでに社会における働き方に対する意識の変化が起き始めていることが読み取れる結果となっている.

図1.テレワークに関する調査結果(日本生産性本部「第1回 働く人の意識調査」より引用)

COVID-19による社会情勢の大きな変化の中で様々な議論が進み,提言がなされていく中,著者の所属する産業技術総合研究所人間拡張研究センターもこれからの社会構築の指針の一助となることを願い,人間拡張技術を研究する立場から「拡張テレワークとその展望-ポスト・コロナ社会を⾒据え,新しい働き⽅を⽀える技術-」と題するレポートを2020年4月20日に発信した*2.このレポートではCOVID-19感染拡大が続く情勢において,主にオフィスワーク従事者を対象として急速に普及したテレワークによる働き方を,これまで「人が集まらなくては事業継続できない」業種業態へと拡大していく拡張テレワークについて報告している.テレワークの対象を広げるための要素技術や応用の方向性について論じ,現状の技術の適用で短期的に実現できる拡張テレワーク,実現に向けてさらに高度な研究開発が求められる拡張テレワーク2.0として段階的に拡張していく方針について整理し,その特長について解説している.これらはウィズコロナ,ポストコロナ時代の新しい働き方の実現のための1つの方向性を提案していると考えている.詳細については是非レポートをご一読いただきたい.

図2.拡張テレワークのイメージ図(産総研「拡張テレワークとその展望」より引用)

さて,ここまで読み進めていただいた読者の中には,コラムタイトルのニュー・ノーマルな働き方とは拡張テレワークだとこの著者は言いたいのか,と思われた方もいらっしゃるかもしれない.しかし,典型的なニュー・ノーマルな働き方とはこういうスタイルだ,というものを決めるべきではないと考えている.拡張テレワークを活用する新しい働き方は選択肢の1つでしかない.別の方法で感染リスクへの対応をしながら従来の対面による人間関係構築を重視する働き方を否定するものではなく,それも1つの選択肢となるであろう.これまでも従業員満足度の向上を通して実現される生産性向上の重要性が議論されてきたが,これに加えて接近や接触による感染リスクという新たな指標を考慮した働き方の設計・支援・評価に関する技術が必要となる.AI・ロボット技術の活用は単なる⾃動化・効率化に加えて従業員を守るためのリスク回避手段としても導入が検討されることになるであろう.人による作業がより高い付加価値を生む業務に対しては,感染リスク低減にむけて人間拡張技術の活用を進めていく.拡張テレワーク以外にも,例えば,生産性分析のために用いている人間の動線計測の技術は,業務指示を出すためのウェアラブルインタフェースを組み合わせることで,工場や倉庫といった比較的広い環境における業務中に担当者間の適切な距離を保つことができる.また,万が一近づくことがあった場合には,その履歴を残すことで感染の可能性を適切に調査する仕組みとしても活用可能である.また,VR技術を用いた接客業務の事前訓練システムは,これまで現場で行ってきたOJT期間を短縮することにより現場で人が接近する期間を減らすことができる.社会の制約状況に配慮しつつ,多様な選択肢から自らの特性に合わせて働き方を選ぶ.組織や社会がそれを当たり前として受け入れる.人・組織・社会に役⽴つことによる達成感や⾃⼰の成⻑の実感を通して得られる働きがいをより多く得ることができる働き方.それが著者の考えるニュー・ノーマルな働き方であり,そういう社会を実現する技術が今後重要になると考えている.

著者紹介

大隈 隆史

国立研究開発法人産業技術総合研究所人間拡張研究センター研究チーム長.1999年奈良先端科学技術大学院大学了.AR/VR関連技術の産業応用,サービス工学,人間拡張研究に従事.人が「はたらく」活動を支援する技術にフォーカスして研究を進める.博士(工学).

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