コロナウイルス感染症COVID-19感染拡大の影響で,多くの飲食店が厳しい経営状況に置かれている.我々はレストラン,料理屋,鮨屋,バーなどの外食サービスを研究する立場から,今後のサービスのあり方を論じたい.緊急事態宣言が解除されると,今まで家に閉じ籠っていた人々が一時的には街にあふれるようになる.しかし,今後も感染の危険と付き合っていかなければならないし,また今回の体験によりサービスに関する考え方は大きく変化しており,今後,長期に渡って影響は続く.
これまで外食サービスは,店という枠組みに閉じ,提供者から客への美味しいものの提供という固定的な関係性を前提としてきた.その枠組みが部分的にでも一時的にでもなくなるということは,単に収入が減り経営が苦しいというだけではなく,自らの価値が一瞬にして消失するのではないかという恐しい体験だろう.サービスは単に提供者が提供し,客が受け取るものではない.「提供者」や「客」というカテゴリ自体も前提としないサービスの考え方が広まった.提供した「モノ」に対価を得る固定的な枠組みの中で行われるのは複数形の(数えられる)サービシーズ(services)であり,サービスとは多様な参与者が知識やスキルを持ち寄り価値を共創する「コト」という意味で,単数形(service)で考えなければならないと言われてきた.
サービスの価値は,料理の質でも,客の満足度でも,店の収入でも,星の数だけでもない.価値共創である限り,サービスの価値は,そのサービスに内包される料理人,経営者,従業員,そして客などの人々自身の価値と切り離せない.それぞれがどういう人間なのかという問いである.だからサービスは常に緊張感を伴う.サービスとは,人々が変容し新しい自己を獲得しようとする過程である.料理人はそもそも目の前の客を喜ばせ,対価を得るためだけに料理をしているのではなく,自分が投げ込まれた時代に対して自分の価値を提案し,新しい時代を作り出そうとしているのである.客はこの時代が作られる場に参加をすることで,自身が変容するという形でサービスの価値を認識する.もちろん,世界の最先端のエリート的な料理を生み出すことだけがサービスの価値ではない.サービス提供者が,それぞれの状況において唯一無二の店を作ろうとするとき,時代に応答し,新しい時代の可能性を拓いているのである.
COVID-19の感染拡大により,自分の価値は何かを考え直さざるを得ない状況となり,サービス提供者の方々は様々な工夫をしてきた.2月末ごろから,個々の飲食店が短縮営業や休業を宣言し,その多くがテイクアウトを始めた.消費者はこれを積極的に利用し店を支援する動きが広まった.これは損失を食い止め,なんとか事業を維持するという努力であると同時に,今自分が客のためにできること,社会のためにできることを考え,自分の価値を作り直す,より根源的な問いへの答えである.
単に店で提供していたものをテイクアウトにするという単純な話ではない.そもそも,仕出しやおせち料理に慣れた料理屋でない限り,テイクアウトはかなり異なる業態である.単価を抑えざるを得ず,店での売り上げのごく一部しか補えない.それでも,誰がどこでどのように食べるのかを想像しながら,少しでも生活を豊かにするように考えて提案する努力がなされている.同様に,サービス提供者からのSNSなどでの情報発信が活発化した.多くの経営者の方々はこれまで日々の仕事に追われ,また店の枠組みの中だけに集中しその必要性も感じてこなかったが,オンラインでの情報発信は枠組みを越えるひとつの試みである.安全性に関する考えや取り組みを説明することだけではなく,感染拡大を避けるためにあえて自主的に閉める店が集まりクラウドファンディングを立ち上げることや,家庭で作れる料理,スイーツ,カクテルなどのレシピを公開するなどの活動が広がっている.単なるテイクアウトや商品の宣伝ではなく,提供者自身の価値を積極的に提案し,世に問う相互行為である.
サービス提供者は,自身が提供する毎に支払いを受け金銭に交換する枠組みからも自由になりつつある.等価交換は社会的関係を負債の残らない形で一回限りで終えてしまう枠組みであり,サービスという関係性の領域においては必然的なものではない.サービスの価値と支払いの関係を創造的に多様化する仕組みを考える余地がある.SNSでレシピを公開しても直接的な収入にはならないが,それはサービスの多様な接点のひとつとして価値につながっていく.前売り券を発行すること,クラウドファンディングで返礼として将来の飲食券を発行することも,興味深いひとつの試みである.また,様々な店が医療機関に弁当を無償で提供している.それぞれの経営が苦しい時に,自分も参加して何か貢献したいという方が多いという.これらはサービスの価値とは無関係ではない.
客も変化する.今回外食ができないことで,人々はフラストレーションを溜めており,サービスの価値を痛感しているだろう.サービスとの関係を考え直す重要な機会である.金を払うから美味しいものを食べさせろという関係ではなく,客も一緒にサービスという文化を作り上げていく関係性を実感しやすいのではないだろうか.店は客が育てると言われてきた.そして客もまた,店に育てられる.サービスは文化であり,その価値を「コスパ」に還元せず,客も一緒に作り上げなければ,文化が廃れ,最終的に誰もよいものを楽しむことができなくなる.
客には,単に美味しい,安い,接客がいいという基準ではなく,サービス提供者がリスクを取ってなそうとしていることを理解し,評価することが求められる.そのためには客はサービス提供者がしようとすることを理解できる能力が必要であり,その点で客も評価される.リスクを取った斬新な料理は,食べてすぐに「美味しい」と感じる単純なものではないし,客が読み解くためには経験や知識を要する.さらに,サービス提供者は,皿の上のもの,グラスの中のものに還元されない多くの価値を考え始めている.客には見えないところで,店の細部に気を配り工夫して安全性を確保している.加えて,持続可能な食材の使用や生産者の支援,後進の育成など,コストがかかるが客に見えにくい領域でも手を抜かない努力を,積極的に評価していかなければならない.
我々サービスの研究者も変容をせまられ,その価値が問われている.我々自身が従来の枠組みを前提にした理論を議論しているのでは,このような大きな変動において何の創造性も刺激しない.学者は実践に直接役に立つ必要はなく,自分にできる仕事によって貢献するべきである.つまり物事の前提を切り崩すことで,実践に新しい可能性を提示するべきである.一方で,現実性のない抽象的な枠組みの解体では,それこそ学者が学問という枠組みの中でのおままごとになってしまう.我々は現実の中で考え抜かないといけないのであり,枠組みの解体は新しい枠組みの構築に責任を持つことを意味している.これにより,サービスに関する学が,サービスのために,サービスとなりうるだろう.
著者紹介
山内 裕
京都大学経営管理大学院准教授, UCLA Ph.D. in Management, Xerox Palo Alto Research Center研究員を経て, 2010年に経営管理大学院のサービス価値創造プログラム(現,サービス&ホスピタリティプログラム)に着任.
https://yamauchi.net
橋本 憲一
1973年より,京料理 梁山泊 主人.2018年より,京都大学経営管理大学院 博士後期課程 サービス・イノベーション&デザイン領域 在籍.