今回のコロナウィルス感染症COVID-19は,商業施設やオフィスビル等の不動産賃貸業,仲介業,鑑定業などの不動産関連サービス業へも大きな影響を与えています.日本の社会が大きな転換期を迎えている中で,数年前から商業施設やオフィスビルには変化が始まっていますが,その変化を今回のCOVID-19が加速させています.5月25日に緊急事態宣言は全国で解除されましたが,不動産マーケットが回復しても店舗の長期閉店や強制的な在宅勤務の影響により,商業施設やオフィスビルの使い方は元通りには戻らず,今までとは異なる新しいステージに進むものと考えられます.
不動産マーケットへの短期的な大きなインパクト
商業施設は,緊急事態宣言が出ている間は食品,日用品の店等を除き,ほとんど閉店していました.ショッピングセンター(以下、SC)の売上は2020年4月期▲68.8%(SC販売統計調査:3月▲28.0%,2月▲3.3%)と大きな落ち込みでしたが,その中でスーパーマーケットの小売販売額は,△7~14%,ホームセンターは△4~14%と販売を伸ばしています(経済産業省 3/8-5/17の週次POSデータ統計).また,どの業種でも食品販売は好調です(上記の各数値は対前年比).
一方,オフィスビルについては,東京都心3区の大規模ビルの4月の平均募集賃料が32,368円/坪,空室率は0.42%(三幸エステート(株)調べ)と好調が続いており,COVID-19の影響はまだ見えてきていません.
これらの結果および宿泊施設,住宅のマーケットも見ますと,COVID-19感染が始まる前からの,SCの減退傾向などのマーケットトレンドも影響しているので,COVID-19のみの影響を正確に把握することは難しいのですが,概して商業施設や宿泊施設への影響は非常に大きく,オフィス,住宅のマーケットへの影響は少ないと言えます.商業施設では,実際,2,3月にはテナントの売上げの大幅減少にともなう厳しい賃料値下げ交渉が起こり,この状態が長引けば死活問題になりかねないと中小の不動産オーナーは苦慮しました.オフィスビルでは今後体力が脆弱なテナントの多いBクラスビルから賃料や空室率にCOVID-19の影響が出てくるのではないかという見方があります.
社会の大きな変化に伴う不動産の使い方の変化を加速
少子高齢化,人口減少,グローバル化,AI・ICTの発達(不動産テック),ESG・SDGs重視,気候変動による大災害の頻発などのキーワードで表すことができる,近年日本社会で起きている社会経済環境の大きな変化が,不動産業界でもこのCOVID-19の事態で加速されたと考えられます.
商業施設では,店舗に出向いて時間を使ってショッピングするという従来型のスタイルから,アマゾン,楽天などのEコマースでの通信販売へシフトが進み,実店舗を販売の場ではなく,Eコマースへの誘導の場とするような動きもありますが,これがCOVID-19の自粛期間,食料品,日用品以外の購入はEコマースで購入するしかないという事態になり,また飲食店舗が閉鎖している間に,多くの人がWEBを使った飲み会で,気楽につながって雑談することも経験しました.
オフィスビルでは,近年外資系会社を中心にオフィスに固定席をなくすフリーアドレスの動きがあり,契約,解約が容易なWE WORKなどのコワーキングスペースが街中に広がっています.在宅勤務は,働き方改革による推進の掛け声にもかかわらずあまり普及していませんでしたが,このCOVID-19による外出自粛により,私も含めて多くの人が強制的に在宅勤務を始めて,毎日の通勤時間に充てていた時間を有効に使え,疲労が少なくなるメリットを感じています.会議や授業もZoom,Teamsなどのソフトを使って行わざるを得なくなり,臨場感,コミュニケーションは劣るものの,十分成り立つことがわかりました.
このように,緊急事態宣言中の強制閉店,強制的な在宅勤務の状況が終わっても,多くの人々がそのメリット(デメリットも)知ってしまった以上,従来の実店舗だけでの購買,あるいはオフィスの固定席で決まった時間にみんなで働くという元の状態には戻らず,今後は緊急事態宣言中の極端な引きこもり状態との間の,新しい形での消費や「分散型」ワークスタイルに変化していくものと考えられます.
「実」店舗では,そこでしか得られない雰囲気,接客サービス,味とは何かを極めることが求められ,オフィスは,1か所集約型から,コワーキングスペース,在宅勤務等への分散型へ,それぞれの組織に合ったスタイルの選択が求められます.オフィス内部では,従業員が快適に働き,新商品のアイデアを出し議論できるような生産性を上げるための場,としてのマネジメントが一層重視され,また席の「ソーシャルディスタンス」の必要性から,より大きなスペースが必要というような議論も出てきています.
不動産のプロフェッショナルのサービスのあり方も変わる
不動産仲介,鑑定,コンサルティング等プロフェッショナルサービスを提供する側も,近年従来型の対面によるサービスのみから,不動産テックを用いたサービスの提供も求められ始めています.例えば,携帯での人の移動データは,COVID-19による外出自粛度を見るために駅を利用する人が何人減少したかを測る手段として利用され,一般の人にも注目を浴びました.この人の動きのデータと,個々の店舗等が持つ属性データなどを組み合わせて,これから開発する特定の店舗の売上予測や広告などの販売促進に利用されてきています.今回,不動産のプロフェッショナルサービスにおいてもWEBなどの情報技術の利用が進みましたが,変化した顧客ニーズに伴い,今後人の移動データの利用等、情報技術の利用も大きく進展すると考えられます.
以上のように,COVID-19によって,店舗やオフィスの所有者,利用者は,「対面」であること,及びWEB,在宅勤務等のメリット,デメリットを認識し,ベストの「新常態」を模索しながら,その「あり方」を再定義して,定着させていくことが求められています.不動産のプロフェッショナルサービスの提供者も,そういう顧客に寄り添って,「価値共創」できなければ生き残れない時代になったと言えます.
著者紹介
村木 信爾
大和不動産鑑定㈱エグゼクティブフェロー/明治大学専門職大学院グローバル研究科(MBS)兼任講師(元特任教授,リアルエステート分野担当).京都大学法学部卒,米国ワシントン大学MBA.不動産鑑定士,不動産カウンセラー,FRICS(英国チャータードサーベイヤーズ協会).日本不動産鑑定士協会連合会常務理事研修委員長,国土交通省等の各種委員歴任.著書:『ホテル・商業施設・物流施設の鑑定評価』(編著),『ヘルスケア施設の事業・財務・不動産評価』(共編著)等.