遠隔会議システムによる看護学実習の実施に至った経緯

札幌市立大学(以下、本学)の看護学部は,3年生の必修科目として,高齢者を理解するための専門科目「老年看護学臨地実習Ⅰ(以下,本科目)」を配置している.本科目のねらいは,「地域で生活する高齢者との交流を通して,老年期にある人の発達課題,身体的な側面,精神的な側面,社会的な側面,健康と生活上の課題について総合的に理解する」ことである.そのため過年度生は,老人福祉センター,老人クラブ,サービス付き高齢者向け住宅等へ出向き,高齢者との交流から多くを学んできた(以下,従来型).しかし,この度のコロナウィルス感染症COVID-19(以下,COVID-19)による緊急事態宣言の活動自粛下にあって,このような従来型での実習形態は,無症候の可能性がある若者と一度罹患すると重症化が懸念される高齢者という組み合わせにおいて,高齢者の身体への危険が大きいことが危惧された.また一定の人数での密な対面が予測され,「クラスター(小規模な患者の集団)」(厚生労働省)*1発生防止の観点より従来型の配置は危ぶまれると判断するに至った.

COVID-19の感染動向に伴う本科目の実施計画変更

3月中旬より,「高齢者との交流」を中心とする本科目のあり方について学内外の関係者と慎重に検討を重ねた.その結果,高齢者のもとへ出向く従来型ではなく,学内実習とすることが,高齢者と学生の双方にとって安全かつ望ましく,そのための最善策を検討するという方針を決定した.同時に,学生の登下校に関する注意事項,学内実習の会場となる体育館内の配置,大学内での過ごし方といった感染予防対策全般を含む行動指針を詳細に検討した.

しかしながら,加速する感染拡大とともに,学内実習の3「密」に対する懸念も日ごとに高まり,その後の4月16日には緊急事態宣言の発出に至り,本科目はやむなく遠隔会議システムMicrosoft ®Teamsの活用をせざるを得ない状況となった.

本科目の方法論の構築と実施

看護学部内では4月初旬に,本学情報基盤センターおよび教務委員会より,遠隔会議システムを活用する遠隔授業の方法論,データダイエットやトラフィックダイエット等のテクニックに関する研修会が開催された.その結果,本科目においては,Microsoft ®Teamsによるチャット機能,ゲストスピーカーによるライブ講義,Microsoft ®Streamを用いた高齢者からのメッセージ動画の事前配信を組み合わせて活用することとした.これらの方法論の確定においては,従来型の本科目との間に学修成果の差が生じることのないように特に留意することとした.具体的な方法としては,本科目の既修学生の許可のもとアクティビティや本科目のまとめに関する記録類の一部を閲覧すること,ゲストスピーカーのライブ講義におけるチャットの応答機能を活用すること,またゲストスピーカーや高齢者へ質問をして回答を得る機会を確保すること等,従来型のように高齢者のもとへ出向くことが叶わないことを補填できるような方法をとった.

期間を通しての学生の状況,および今後の課題

本年(2020年)1月以降のCOVID-19の感染拡大に伴い,北海道における緊急事態事態宣言(2月28日付),北海道・札幌市緊急共同宣言(4月12日付),そして緊急事態宣言(4月16日付)が次々と発令された.これらを受け,本学においても前期の授業開始日の延期や休校措置によって,学生は大きな不安を抱いて状況を受け止めていることが推察された.このような状況下の本科目の実施に際しては,開始日の2週間前よりMicrosoft ®Formsによる健康管理とメンタルヘルスの維持に向けて対応した.幸いにも学生の健康状態は概ね良好であり,学内実習に向かう不安の表出はみられたものの過度に反応する学生はいなかった.

本科目は,本学における遠隔授業の開始初日にあたり,その意味では学生も教員も一からのトライアルであったが,本科目を何とか無事に終了することができた背景として次の3点があげられる.①学生が何らかの通信機器を所持していたこと,②学生が既修の情報リテラシーを複合的に活用できたこと,③学生がこれまでに構築してきた友人・教員との信頼関係を十分に活用できたこと,である.

このような遠隔会議システムによる学内実習の全般を通して,受講に大きな支障は把握していない.しかしながら,受講中の通信が一時不良になる学生も若干名おり,これらの学生においては通信容量や通信環境が影響していた様子であった.このようなことから,今後も遠隔授業を継続していくうえでの課題としては,学生の通信容量の制限を考慮したストレスの少ない授業設計があげられる.さらに,万一の通信障害により受講に支障が生じた場合の補完策の準備が急務と考えられる.

この度,臨地に赴いての看護学実習を「行えない」という事態に直面した当初においては,実習科目の在り方そのものについて原点からの見直しを迫られた.その結果,実際に対面で高齢者と交流することはできなくても,これまでの信頼関係に基づいて実習先の人々から学びの資源の提供を受けること,また本科目を履修した過年度生の学びを共有させてもらうこととした.また,チャット機能や一部テレビ会議を活用して各プログラムのまとめとして必ずグループワークを配置すること等,本科目の元々の要素を再構成することによって,学生へ本来の実習目標の達成を目指す機会の提供が可能となったと考える.本科目の取り組みは,この世界的な危機において,既存の大学教育の在り方を超えて,遠隔会議システムという利器を活用しながら発想の転換に挑戦する機会となった.

最後に,この度のCOVID-19により亡くなられた方々とご遺族様に謹んで哀悼の意を表します.

また今現在,療養中の方々の一日も早いご回復を祈念いたします.さらに,医療の最前線でご尽力いただいている医療従事者の皆様へ心からの敬意を表します.

この度の取り組みを共に行った本科目担当教員 村松真澄先生と中田亜由美先生に感謝いたします.

著者紹介

原井 美佳

公立大学法人札幌市立大学看護学部老年看護学領域講師.
https://www.scu.ac.jp/profile/mika-harai/

貝谷 敏子

公立大学法人札幌市立大学看護学部老年看護学領域教授.
https://www.scu.ac.jp/profile/toshiko-kaitani/

おすすめの記事